最終話 自得の旅(後編)

 フルメリンタの王都ファルジーニから馬車に揺られて西を目指して進む。

 道中、馬車の外を眺めていたのだが、戦争の爪痕のようなものは見当たらなかった。


 かつてユーレフェルトと領有権を争っていた中州から東側は、戦火に晒されなかったから当然としても、中州を越えてからも痕跡が見当たらないのだ。

 まだ日本に居た頃、俺たちは東日本大震災を経験した。


 震災当時、俺たちはまだ小学生で難しい話は理解できなかったが、繰り返しテレビで放送されていた津波の恐ろしさは心に焼き付いている。

 成長する過程で、震災からの復興の難しさ、時間が経っても災害の爪痕が残されていたのも知っている。


 新川や三森に聞いた話では、中州からコルド川までの間では、あちこちで激戦が行われていたはずだが、俺が車窓から眺めた範囲では壊れた建物も途方に暮れる人の姿も見当たらない。

 コルド川を越える手前で、休息を取った時に新川に聞いてみた。


「なぁ、この辺りでも戦争やってたんだよな?」

「あぁ、北、南、そしてこの街道に沿ってフルメリンタの軍隊が侵攻して、あちこちで戦闘が行われたはずだぞ」

「でも、全然そんな形跡とか見当たらないんだけど」

「霧風、宰相ユド・ランジャールが仕切ってるんだぞ、東西貿易の要になる街道沿いなんて、最初に復興させるに決まってんだろう」


 確かに新川の言う通り、ユドならば真っ先に街道沿いの復興を命じるだろう。

 実際、宿泊のための逗留した街は、新しい町並みに多くの人が集い、活気に満ち溢れていた。


 それでも、コルド川から東側は戦闘終結から一年近くの時間が経過しているので、復興が進んだのだろうが、セゴビア大橋を渡った後も戦争の爪痕は見当たらなかった。

 聞けば、この辺りでは実質的な戦闘は殆ど行われなかったらしい。


 橋から離れた場所では、砲撃で壊された建物もあったらしいが、それも既に取り壊したり、修復されたりした後のようだ。


「本当に戦争があったのかな?」

「うん、実感無いね」

「それだけフルメリンタの圧勝だったのでしょう」


 和美もアラセリも、俺と同様に戦争の爪痕を感じられないそうだ。

 アラセリは、ユーレフェルトの諜報部で働いていた頃に、何度もこの辺りには来ていたそうだが、その頃との違いを感じ取れないそうだ。


 新川の話によれば、フルメリンタに寝返った領地の兵士が隣りの領地との境に出向いて降伏を勧める、降伏したら同様のことが隣りの領地で行われたそうだ。

 そして殆どの領地では降伏に関する交渉は行われたものの、戦闘は行われなかったらしい。


 まぁ、銃とか大砲とか爆弾を持ってる連中と剣で戦うのは無理があると思うが、殆どの貴族が戦わずして降伏したのは王家に対する忠誠心が薄れていた証拠だろう。

 戦争の爪痕も、ユーレフェルトという国が無くなったという実感も得られずに旅を続け、王都エスクローデに到着して一変した風景を見た時に、ようやく納得させられた。


「城が……いや、丘が無い……」


 俺たちよりも、ユーレフェルトで生まれ育ったアラセリにとって、その風景は信じられないものだったようだ。

 かつて王城が建っていた丘は完全に崩されて、石材としての切り出しが行われていた。


 エスクローデには、既にフルメリンタから多くの役人が送り込まれていて、一地方都市としての行政が行われ始めているそうだ。

 到着した当日は、広報官からエスクローデの現状の説明があった。


 フルメリンタから送り込まれた行政官、治安維持部隊に加えて元三大公爵家の一角ラコルデール家が犯罪者の取り締まりを行っているそうだ。

 エスクローデの市街地では、フルメリンタが侵攻した際に住民の避難が行われ、その際には少なからず略奪行為も行われたらしい。


 ただし、行政施設は戦火を免れたそうで、住民票や土地の登記書なども無事だったそうだ。

 戦争が終結し、避難先から戻ってきた住民に対しては、身許の確認が行われた上で土地と建物は返却、被害に応じて見舞金が支払われた。


 見舞金は、崩落した王城から掘り出した財宝によって賄われたらしい。

 つまり、フルメリンタが支払っても痛くもかゆくもない金という訳だ。


 エスクローデに到着した翌日、俺たちは宿舎から王城跡地まで歩いて向かうことにした。

 途中にある市場などは、戦争だけでなくワイバーンの渡りの時にも被害を被ったが、なんとなく見覚えのある場所も残っていた。


「ユート、ここを覚えていますか?」

「あぁ、覚えているよ。アラセリと初めて外出した時に来た公園だ」


 アラセリとお揃いの色の服を着て、恋人同士を装って街をあちこち散策して歩いた後、この公園にある屋台村のような場所で麺料理を食べたのだ。

 同じ屋台かどうかまでは分からないが、今も公園の一角には多くの屋台が軒を並べて賑わっていた。


「ここで川本たちに襲われたんだよなぁ……」


 麺料理を食べて、別の屋台で買った菓子とお茶飲みながら、アラセリとのデートを楽しんでいる時に、抜き身の剣を手にした川本たちに襲われたのだ。


「沢渡が、霧風は最低のクズ野郎だが絶対に手を出すなって言って回ってたぜ」

「そうなのか?」

「あぁ、霧風に手を出すと命は無いって、松居たちが居なくなってたから、俺や三森、他の連中も話を信じてたよ」


 アラセリからは、松居たちは命までは取らないつもりだったらしいが、剣を振り回す相手には加減が難しく、結果として三人とも命を落としたと聞いている。

 三森も当時を思い出して話し始めた。


「沢渡の奴は、付き合ってた美空さんが実戦訓練で行方不明になって、その上ナニも無くなっちまったのがショックだったんだろうな、首吊って死んじまった」

「ナニが無くったって?」

「ナニはナニだよ、男のシンボル」


 俺を襲撃した後、川本と沢渡はみんなとは別の時間に水浴びをするようになっていたらしいが、偶々三森が遅れて水浴びに行った時に目撃してしまったらしい。

 川本と沢渡は、俺を襲撃した時にアラセリに手加減無しの蹴りを股間に食らい、その治療ために破裂した玉と竿を切除されてしまったそうだ。


「マジで?」

「マジマジ、誰にも言うなって言われてたけど、本人達も死んじまったからな」

「そうそう、あたしは川本がワイバーンに食われるところをモロに見ちゃって、あれはトラウマものだよ」


 ファルジーニの家を初めて訪ねて来た時にも、富井さんから川本の最期の様子を聞かされた。


「俺も一つ間違っていたら川本と同じ運命を辿るところだったからなぁ……」


 ワイバーンを討伐した時には、危うくアラセリと一緒に食われるところだった。

 そのワイバーンと死闘を繰り広げた王城は、影も形も無くなっている。


「あーっ! 和美、イシャルマン商会が残ってる!」

「えっ、本当だ! 良かったぁ……」


 イシャルマン商会は、和美たちがエステ関連の資材などを仕入れていた商会だそうだ。

 会長のイズータ氏は、和美たちが来たと知ると下にも置かない扱いで出迎えた。


 驚いたことに、イシャルマン商会では足踏みミシンの制作を行っていた。

 基本的な技術は、和美が伝えたらしい。


 まだ糸が絡んだり、切れたり、下糸と上糸のバランスが悪かったり、色々と解決すべき問題が残されているそうだが、調整が上手くいった時には直線縫いは出来ているそうだ。

 これが製品化されたら間違いなく服飾産業に革命が起こるし、ミシン自体が輸出品となるはずだ。


 その恩恵もユーレフェルトではなく、フルメリンタが手にすることになる。


「何て言うか……分かっちゃいるけど無常だねぇ」

「ホント、王位争いなんてしてないで、私達から日本の技術を聞き取って、国を発展させることに専念してれば良かったんだよ。そしたら、みんな死なずに済んだのに……」


 和美の言葉は、俺たち全員の気持ちを代弁したものだった。

 イシャルマン商会を後にした俺たちは、いよいよ王城跡地へと辿り着いた。


 辿り着いたのだが、感慨みたいな物は湧いてこなかった。

 それと言うのも、かつて麓から見上げた丘は、半分ほどの高さになってしまっている。


 王城へと上がる坂道も無くなっているし、門も城も何も無くなっていた。

 すっかり様変わりした王城の跡地を眺めていたら、無性に腹が立ってきた。


「ホント、何だったんだよ! 他人を勝手に呼び出して、使うだけ使ってポイっとか、ふざけんな!」

「お前らは滅んだけど、俺らは生き残ったぞ、ざまぁみろ!」

「よくも他人の人生を滅茶苦茶にしてくれたな! お前らを滅ぼした火薬や銃は俺が伝えたもんだ。最後は正義が勝つんだよ!」


 俺が叫ぶと、三森と新川が後に続いたが、女子の四人は複雑な表情を浮かべていた。


「多恵はいいのか?」

「なんかさ、哀れっていうか、馬鹿っていうか……罵る価値も無いかな」

「そっか、多恵がいいなら、それでいいよ」

「うん……」


 富井さんは三森に腕を絡めて、そっと頭を肩に預けた。

 一方の和美たちは、嫌な思い出もあるけど、優遇されていたという思いもあり、罵る気にはなれないらしい。


 俺も、マウローニ様やエッケルス様に世話になった。

 特にワイバーンと戦って生き残れたのは、マウローニ様の教えがあったからだ。


 王城が跡形も無くなった今、ここで過ごした日々は全てが思い出となり、やがて記憶も薄れていくのだろう。


「俺の魔法が、ちゃんとした転移魔法だったら、みんなを死なせずに済んだのかな」

「なに言ってんだ、お前が火薬のことをフルメリンタに伝えてくれたから、俺と三森は生き残れたんだぞ」

「あたしが解放されたのも、霧風のおかげだよ」

「私達三人が、この王城の崩壊に巻き込まれなかったのは、優斗がフルメリンタに行ってたからだよ」

「私がユートと出会えたのは、ユートの転移魔法が特殊だったからよ」


 口々に俺を励ましてくれる六人を救う助けになったのなら、期待はずれだった俺の転移魔法も捨てたものではないのかもしれない。


「よーし、転移!」


 俺たち全員をフルメリンタの王都ファルジーニまで転移させようとしたが、やっぱり一ミリしか動いていない。

 すかさず三森と新川に突っ込まれた。


「えっ、マジで転移させたの?」

「やっぱ移動には使えねぇな」

「うっせぇ、どうせ期待はずれだよ」


 ひとしきり笑った後で、俺たちはユーレフェルトの王城跡に別れを告げた。



*** 完 ***



 あとがき


 唐突ですが、これにて完結とさせていただきます。

 2021年12月、チートな魔法である転移魔法が、実は欠陥だったらどうなるだろう……そんな思いつきから例によって見切り発車で書き始めました。


 総文字数、約96万字、文庫本だと8冊ぐらいの分量になります。

 今になって思えば、ワイバーンを討伐してユーレフェルトを去る辺りで、綺麗にまとめておけば良かったとも思いますし、一方で書き続けてきたからこそ、新川や三森、多恵などのキャラクターを産み出せて良かったとも思っています。


 まだまだ続きを書こうと思えば書けないこともないのですが、どん底に落ちた登場人物たちが足掻いて、藻掻いて、世の中から認められて歩き出したところで終わろうと思います。

 苦労に苦労を重ねたキャラたちなので、この先も苦難に遭遇しようと乗り越えて、みんな幸せを掴んでくれるはずです。


 ただ、この性格の悪い作者に続きを書かせると、きっと鬱展開にぶっ込まれるので、そろそろ楽をさせてやりたいと思います。

 少し休憩を挟んで、また新作を書きたいと思っておりますすし、連載中の作品もございますので、お時間が許せばそちらも覗いてみて下さい。


 ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。


 篠浦 知螺

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期待はずれの転移魔法 ~移動距離たった1ミリだけど創意工夫で成り上がります~ 篠浦 知螺 @shinoura-chira

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