晩秋の東欧、湖面に映る二人の“イシュトヴァーン”

 1950年代のハンガリー、古い修道院を改築した寄宿学校で出会った二人の少年の物語。

 一人は革命でその地位も財産もを失くした貴族の末裔、イシュトヴァーン。
 もう一人は、中東ベイルートの血が濃い商人の息子アスティファヌス。
 
 出自への後ろめたさ、信教を封じ込めてスターリン体制=成人した大人の世界に迎合しようとするイシュトヴァーン。
 一方でトカイ・ワインを嗜好してピアノを奏で、禁じられている西側の文化をイシュトに教えるアスティファヌス。

 自分を強く抑制しているイシュトが、アスティファヌスにぎこちなく心を開いて関係を紡いでいく過程には、どこか微かな官能の気配があります。
 けれど互いの思いの食い違いに、あっけなく均衡を崩していく二人の関係は、その儚さゆえに却って美しいと感じました。

 “ユダの接吻”が裏切ったのは、思想か、宗教か、それとも、もっと個人的な微かな心。

 思春期に心を触れ合える仲間を探し求めて揺れる二人の少年の心理が丁寧に描き出されています。

 霧立つ湖面に浮かぶ小舟、ひっそりと匿われたマリア像、ランボーの詩集。
 東欧の雰囲気に浸って晩秋の空気を深く感じることのできる短編小説です。