エピローグ

 ホシミのお母さんがハマっていたカルト宗教──〈会津アストラル婦人会〉は、〈レイディ=セレマイト〉こと竹中たけなか明代アキヨ教祖(五十五歳・独身)が逮捕されたことで壊滅。監禁されていたホシミのお父さんは解放されました。幸い、心身への被害はほとんどありませんでした。

 事件解決後、ANNAは猪苗代町全域にヘリで記憶処理剤を散布しました。これにより町民たちは直近数日間の記憶を奪われ、報道管制やその他さまざまな情報操作で代わりの記憶を植え付けられることとなります。ここまで大掛かりな隠蔽工作がなされたのは、ナツミが市街地をくまなく逃げ回ったため、個人レベルの記憶処理では〈魔法使い〉の実在を隠しきれないと判断されたためです。


 平穏無事な日々が帰ってきて、みんなはそれぞれの生活に戻っていきました。

 表の人間は表の社会で。裏の人間は裏の社会で、交わることなく生きていくのです。

 ホシミとアカネが連絡を取り合うことも、当然のようにありませんでした。


 そうして、事件からちょうど六年の月日が経った夏の夜のこと。


「うーん……どうしたもんかなあ……」


 中学三年生になったホシミは、自室のベッドの上で唸っていました。

 英語の課題が手につかないのです。

 夏休み前の締めくくりとして、ホシミは英語で作文を書いて出す必要がありました。題材は何でも可。ルールさえ満たしていれば何を書いても構いません。

 ところがこの〈何でもいい〉というのが駄目でした。人間というのはあまりにも自由すぎると却って何もできなくなるものです。ホシミの場合、何を題材にするかが全然決まりませんでした。


「うう~どうしよ~英作文なんも分から~ん」


 提出日は明日。そして現在時刻は午後十時。

 このまま寝転がっていると寝落ちしてしまい、絶望の朝を迎えかねません。どうせうんうん言うならと、ホシミはバルコニーに出ました。

 あれから六年経っても、ホシミにはまだ星を見る習慣が残っていました。ただあの時と違ったのは、当時は〈他にやることがないから〉という暇潰しでしかなかったのに対し、今は純粋な趣味でそうしているということです。お小遣いで望遠鏡だって買いましたし、小惑星に名前をつけたこともあります。


(はーあぁ、いっそダークマターの正体の考察でも書いてみるか……? いや日本語ならまだしも英語だしなあ……辞書を引いてるうちに夜が明けちまうぜ……分量もかさみそうだし……)


 猪苗代湖に注ぎ込む天の川をぼんやり見ながら、ホシミは憂鬱そうにため息をつきました。本当に、何を書いてもいいというのは困りものです。

 そんなホシミの視線は、ある星の方へ自然と吸い寄せられていきます。天の川の西岸に輝く一等星……こと座のベガの方に。

 その星を見つめながら、ホシミはぽつりと呟きました。


「……いやいや、これも流石に書けないよね」


(短編:約束の織姫星 おしまい)

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約束の織姫星 江倉野風蘭 @soul_scrfc

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