11.
少しすると警察のパトカーがやってきました。
降りてきたのはホシミに股間をやられたあの恥ずかしいコンビで、二人はマコを取り押さえてパトカーに乗せました。
これからマコはANNAに連れて行かれ、カルトにいた間のことを
「……時に1佐、今おいくつでしたっけ?」
「二十六だけど……なんでそんなこと聞くの?」
「いえね、女児服がやけにお似合いだなと思いまして」
「もう一度金的潰してやりましょうか?」
「「ごめんなさいやめてください」」
変身を解いたナツミはANNAの二人と談笑していました。その本来の見た目は赤い髪と赤い瞳ではなく、銀髪に碧眼という正反対のものでした。
それを後ろから見ていたホシミは、とても寂しい気持ちになりました。結局アカネは……ナツミはANNAの仲間で、これから彼らと一緒に行ってしまうのです。ダチ公の証だったシュシュとサイドポニーもなくなってしまいましたし、彼女が一気に遠い存在になってしまったように思われました。
(……仕方ないよ。仕方ないんだ……)
ホシミはそう自分に言い聞かせます。
だってそうなんですから。ここでさっきの約束を持ち出して、ずっとこの猪苗代にいて、わたしのそばにいてだなんて言えるわけがありません。そんなことを言えば迷惑でしかないのです。そして、ダチ公を困らせることはそれこそ不本意でした。
(でも……さびしいものはさびしいよ。このままさよならなんてイヤだ。……だったら)
だからホシミは。
「あの、アカ……ナツミさんっ!」
「うん?」
だからホシミは、その次ぐらいのわがままを言うことにしました。
「えっと、その……さっきのすがたにへん身して、わたしといっしょに空を……とんでほしいなって……」
「いいよ」
「「ええっ!?」」
驚いたのはANNAの二人組でした。
「止してくださいよ1佐、昨晩落っこちたばっかじゃないですか」
「しかもカタギの子供なんですよ? 今度やらかしたらそれこそ取り返しがつかない!」
「大丈夫よ、さっきの戦闘でクセは掴んだもの。それに落っこちても、今度はあんたたちがいるでしょ?」
「そうは言いますがね……」
尚も食い下がる二人に、ナツミは言いました。
「アタシにダチ公のお願い叶えさせてよ。ダメ?」
「「うぐぬ……」」
「……は、博士には内緒ですよ?」
「怒られても知りませんよ俺は!」
「よしっ、ありがと♪」
二人のオーケーをもらうとナツミはホシミの方に向き直り、目をつぶっているよう言いました。
それからあの呪文を唱えて変身。ホシミがゆっくりと目を開けると、そこにはさっきまでと同じ赤髪赤目のナツミがいました。
ナツミはホシミをお姫様抱っこし、ホシミはナツミの首に腕を回してしっかりと掴まりました。
「じゃ、上がるよ?」
「うんっ」
ブースタを蒸かし、ナツミはゆっくりと高度を上げ始めました。
鳥居を、家の屋根を超えて、大きな大きな猪苗代湖が一望できるほどの高さまで。
月と星々と天の川が目の前に見えるほど高く。
「あのね、ホシミちゃん」
「なーに? ア……ナツミさん」
「あはは、アカネって呼んでよ。せっかくホシミちゃんがくれた名前なんだから」
二人きりの夜空の散歩を楽しみながら、アカネは微笑みました。
「それでね、ホシミちゃん……あたし、ホシミちゃんがそばにいてくれてホントによかったなって思ってるの」
「どうして?」
「だって記憶を失くして本当に不安だったし……でもホシミちゃんは強くて優しくて、頼りになったもの」
「わたしが強くてやさしい……?」
アカネのような魔法の力は使えないし、優しいと言ってもこれといったことはしてないのに、とホシミは思いました。まして頼りになったなんて。
ホシミが腑に落ちない様子できょとんとしていると、アカネは言いました。
「今日のお昼にさ、あのバカたれ二人組があたしのこと無理やり連れて行こうとしたでしょ? あれ結構マジで怖かったんだけど、ホシミちゃんがやっつけて助けてくれたじゃない。
それにそもそも、墜落して倒れていたあたしを助けてくれたのだってホシミちゃんだし。重かっただろうに、電動リヤカーまで使ってさ」
「それは……うん……」
「だからね、あたしはホシミちゃんと出会えてホントによかったと思ってる。じゃなきゃ、ホシミちゃんのことダチ公なんて言わないよ」
アカネにべた褒めされたようで、ホシミは段々恥ずかしくなってきました。
でもそれにもまして嬉しい気持ちがありました。もう一度、面と向かってダチ公と言ってもらえたのです。
……そして悲しいことも思い出しました。アカネのシュシュを踏みにじられたことです。折角貰ったダチ公の証だったのに。
その気持ちを見抜かれたのか、彼女も少し哀しげな表情になって天の川へ目をやります。
「しかしダチ公の証、壊されちゃったなあ……どうしよっかな」
「……そうだ、アカネさん」
「うん?」
「あの星を見て」
ホシミは思うところがあって、夜空のある一点を指しました。その指の先にあったのは夏の大三角の一つ……こと座のベガでした。
「アカネさん、ベガの近くから落っこちてきたんだよ。だから、アカネさんはベガを見たらわたしのことを思い出すの。……どう?」
「ホシミちゃんはあたしのこと思い出してくれる?」
「もちろん!」
ホシミは根拠なく言い切りました。
実際には間違いなく無理でしょう。今夜見たものは全て忘れさせられる運命にあるのですから。もちろん、アカネのことも。
そんなことは二人とも分かりきっていました。だけど。
「アカネさんが思い出してくれるなら、わたしはぜったいわすれないから」
だって、記憶があろうとなかろうと、ホシミはホシミなんですから。
なら、ホシミとアカネの絆だって。きっと二人の友情だって。
二人の心が離れることは、多分ないんです。
「だから……」
「ホシミちゃん……」
「だから、だいじょうぶ……!」
……それでもやっぱりこらえきれずに、ホシミはアカネの胸に顔を埋めました。
アカネは黙ってそれを受け入れ──しばらくしてホシミが落ち着くと、ゆっくりと高度を下げていきました。
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