10.
「「!!??」」
ホシミもマコも、その動きを見逃しませんでした。
確かに動いたのです。アカネを押しつぶしている木々の山が。
(まさか……もしかして……生きてる……?)
ホシミがそう思った途端。
よく聞き慣れた、でも少し違う声が木の下から聞こえてきました。
「ったく……人を殺すなら死体ぐらい確認なさいよ」
「こ、〈コロンゾン〉っ……!?」
「〈レイディ=セレマイト〉だかなんだか知らないけどさ……」
ぐぐ、とてっぺんの大木が持ち上がっていきます。
その下から現れたのは。
「……こんなハエ叩きで死ぬと思った?
「あ──アカネさん!!」
「フフン♪」
真っ赤な髪と真っ赤な瞳の、気の強そうな女の子。
顔のパーツは同じだけれど、アカネとは何かが違う誰かでした。
どうして急に雰囲気が変わったのか、賢いホシミにはすぐ察しがつきました。
「あ、アカネさん、記おくが……?」
「うん、全部思い出したよ。頭をぶつけたおかげでね!」
アカネはそう言うと、片手で持ち上げた大木をひょいっと側へ放り投げました。
いや、記憶を取り戻した彼女はもうただの〈アカネ〉ではありませんでした。
彼女はポケットに右手を突っ込み、朝ここで拾った黒い乾電池を引っ張り出します。彼女が〈力〉を込めるとそれは変形し、長さ四十センチほどの金属製の〈杖〉となりました。
そして足を肩幅に開き、〈杖〉を持った右腕と左腕をクロス。特撮ヒーローめいた力強い構えを取ります。
「ただまあ、記憶が戻ったからって何が変わるわけでもないから。あたしのダチ公を泣かすなら、たとえ親御さんでも容赦はしない」
「な、なんですって?」
「行くわよ──イグニッション!」
渦を巻く金色のエネルギーを身に纏い、大地と大気を震わせる彼女の名は。
「深川ナツミ──」
──エンゲージッ!!
アカネ改めナツミが〈杖〉を空に掲げて叫ぶと、眩い光があたりを照らしました。
§
光が消えた後そこにいたのは。
白い競泳水着のようなボディスーツに紅い装甲を纏った……近未来的な魔法少女とも言うべき姿のナツミでした。
金属製のブーツからは赤い炎が噴射され、ナツミの身体を浮かせています。その炎はまさに、昨晩ホシミが見た真っ赤な彗星と同じものでした。
「アカネ……さん……?」
「さて、まずはその手を放してもらおうかな」
ナツミは空中で腰を落とし、拳法のような構えを取りました。かと思うと瞬間移動じみて姿が消え、一瞬にしてマコの目の前へ踏み込んできます。
「速ッ──!?」
顎に膝蹴り、からの二段蹴り! ブースタの後押しもあって痛烈な威力を発揮し、マコはホシミの手を放して舞い上げられていきます。
さらにナツミも飛び上がって追い打ち。サッカーのボレーシュートめいた回し蹴りをマコの腹に叩き込み、魔法で塞がれた鳥居の方へ吹っ飛ばします。
マコもすかさず反撃にかかりました。何本ものツタが勢いよく伸びてナツミの身体を捕らえようとします──が、通じません。高温により先端が発火し、逆に導火線のようにマコへ向かって燃えていきます。
そして爆発……!
「ふん、呆気ない」
ナツミはその爆炎の中へゆっくりと降下していき、手刀で煙を裂きました。マコはその足元で尻もちをつき、ナツミを睨みつけています。
「あ、悪魔……〈コロンゾン〉……」
「悪魔? 違うよ、あたしは人間だもの」
「ウソよ! だってそんな、悪魔じゃなかったらなんだっていうの!?」
「はあ……まだ目が覚めないか」
戯言の止まらないマコの胸ぐらを掴み、ナツミは無理やり彼女を立たせます。
そして。
「ぶふッ!?」
その顔面に思い切り右フックを打ち込みました。
倒れ込んだマコの胸ぐらを再度掴み上げ、ナツミはマコの顔を真っ直ぐ見つめました。
「騙されてるって分からないの? 悪魔なんてものがこんな分かりやすい形で存在するとホントに思う?」
「ええそうよ、あなたが悪魔よ。私たちの仲間でもないのにそんな力が使えるんだもの。悪魔以外の何だっていうのよ!」
「あっそう、そこまで言うなら確かめてみようか。あたしがホントに悪魔かどうか」
ナツミはそのままマコを引きずり、拝殿の方へ歩いていきます。一礼して拝殿に上がると、その奥からあるものを取り出してきました。
「よく見てみなよ。ここに映っているものをさ」
「は……?」
ナツミが持ってきたそれは、御神体の円鏡でした。
氏子さんたちの手によって常にピカピカに保たれているそれが、横に並んだ二人の顔を映し出しました。
「どこに悪魔が映ってる?」
「こ、こんな邪教の道具で……」
「鏡は鏡でしょ。さあ、悪魔はどこ!?」
ナツミは鏡を持っていない方の手でマコの帽子を奪い取りました。雑に投げ捨てられたそれにドンキの値札がついたままなのを、ホシミは確かに見てしまいました。
並んで鏡を覗き込んでいる二人。二人に見えていたのは、赤い髪と瞳を持つ女の子の顔と、深いクマを作った血色の悪い女性の顔でした。
それは魔法の力を持たないホシミとも大して違わない、人間の女の顔でした。
ナツミはマコに言い聞かせます。
「本当の悪魔ってね、鏡に映らないのよ」
「…………」
「大方あんたさ、その〈レイディ=セレマイト〉とかいうのに魔法の力を見せられたんでしょ。そして魔法使いがいるぐらいだから、悪魔とかそういうのも実在してるって信じ込まされたのよ」
「…………」
「でもはっきり言っておくけど、魔法が使えたって人間は人間だから。どんな善人でも神様や仏様じゃないし、どんな悪党でも悪魔なんかじゃないの。そんな白黒はっきりした都合のいいもの、この世にないんだから」
「…………」
「もし〈コロンゾン〉なんて悪魔がいるとしたら……それは自分の家族を捨ててチープな幻想を選んでしまった、あんたの心の中にいるんじゃないの?」
ナツミがマコから手を放すと、神社の境内を塞いでいた植物の壁がボロボロと崩れ落ちました。
そしてマコは、再び大声で泣きました。けれど今度流したのは、ちゃんと血の通った人間の涙でした。
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