九 …二

 乙女が連れてきてくれたのだと、五条は察した。

 赤坂をこちらの世界へ連れ戻すことが出来たのも、赤坂の母親の呼びかけが後押ししたからこそだ。


「ああ……」


 まだ本調子とはいかないが、五条はその様子を見届けて、重い身体を無理やり動かした。

 そして、もうここに用はないと言わんばかりに、静かにその場を去ろうとする。


「待てよ、会っていかないのか?」


 乙女は五条の後ろ背に向かって問いかける。

 五条は、乙女の方へと振り返らないまま、その言葉に返事を寄こした。


「俺はいい。調べたいこともあるし……」

「調べたいこと?」


 五条の含みのある言葉に、乙女は怪訝な表情を浮かべる。


「今回の件、なにかがおかしい」


 五条の抑揚のない声に、乙女は全身がゾワッと栗立った。

 社内の木々がザワザワと騒ぎ出し、五感を刺激する。


「なにかって?」


 乙女は、顔が見えない五条の様子を伺うように、五条に質問を投げかける。

 五条は時間を置き、そして乙女の方を振り向かぬまま答えた。


「なにかが……動きだした」


 五条にしては珍しく、曖昧な返答。

 その言葉に乗せられていたのは、戸惑いと、不安、そしてぼんやりと伝わる使命感。

 五条は乙女に背を向けたまま静かに歩き出す。

 乙女は、歩き出す五条に何も言えないまま、その背を見送った。

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神域官『五条尊』~その叫びを聞く者よ~ 天りょう @tenryo0101

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