九 …一


「う……」


 身体がやけに重い。それに、外気にさらされて身体が冷えているのを感じる。

 自分の身体は倒れているのだろうか、背中に冷たい感触を感じる。

 五条はうっすらと、重い瞼を開ける。今は夜なのか、薄暗闇が目には優しかった。


「目が覚めたか?」


 聞きなじみのある声が、右頭上から聞こえる。

 五条は声のする方へ目線を向けると、乙女がこちらを覗き込むようにして見つめていた。

 乙女の服に付いた煙草の匂いと、今噛んでいるガムの香料が合わさり香って来る。

 その香りに五条は眉間に皺を寄せ、乙女に向かって言い放つ。


「……くさいです」


 乙女はにやりと笑う。確信めいたその行動に、五条はうんざりだ、という表情を浮かべた。


「君が嫌いな香りをまとっていた方が、早くお目覚めになるかと思ってね」


 そう言って、乙女はよっこらしょ、と腰を上げる。

 五条も横になっていた自身の身体を起こし、周囲を観察する。

 先程まで目を閉じていたおかげで、夜目が効きやすい。

 ふと、自身の少し離れたところで、人が集まっているのが目に映った。


「彼、ちゃんと帰ってこれたね」


 乙女はポツリと、五条に言った。

 そこに居たのは、先程まで共に精神世界を彷徨っていた赤坂と、車いすに座っている四十代ほどの女性。そして、その車いすの後ろでは、二十代後半くらいの女性が、車いすに乗っている女性の背中を優しくさすっていた。

 車いすに座っている女性は、赤坂の母親だろう。そして、その後ろの女性の方は、付き添いの介護士だろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る