ライブハウスの怪

@aikawa_kennosuke

ライブハウスの怪

俺は学生時代、池袋のライブハウスでアルバイトをしていた。 




ライブハウスと言ってもそんなに大きい所じゃない。


キャパもせいぜい100人くらいで、学生のサークルや部活みたいな団体での使用がほとんどだった。




そのライブハウスのオーナーの知り合いだった大学の先輩に誘われてバイトを始めたんだけど、仕事内容も楽だし、いろんな人と知り合えるから、結構楽しくバイト生活を送ってたんだ。




高校時代に軽音部だったのもあって、機材のセッティングやステージ作りはすぐに覚えた。


ライブ中の音響調整とかはさすがやらせてもらえなかったけど、ドリンク作りとか入場受付とかいろいろやらせてもらってたんだ。








あの日もたしか学生の団体が入ってて、遅くまでライブをやってた。


客もはけて、片付けを始められたのは夜の10時くらいだったかな。




俺は楽屋の片付けと掃除を頼まれてたから、1人でせっせと箒をかけたりゴミを拾ったりしてたんだ。


楽屋つっても5、6畳くらいの狭いところで、ライブ告知のポスターとかバンド名が書かれたシールが壁に何枚も貼られてて、それを薄暗い照明が照らしてる陰気臭い場所だった。




その楽屋に散乱してたゴミを拾うのに気を取られてて、壁に立てかけてた箒を倒してしまったんだ。


だるいなーと思いながら、箒を拾って立て掛け直そうとしゃがんだんだ。




するとさ、変な気配がしたんだよ。




真っ直ぐどこかを見つめてても、視界の端に入ったものとかって、なんとなく認識できるじゃん?


そんな感じでさ、その時の自分の視界の端っこに、何かが見えたんだよ。


けど、直接そっちを見ることができなかったんだ。


横目でも分かってしまったから。


それが人の足だってことに。




バイト仲間でも、ライブをやってた学生や客とも思えなかった。


真っ直ぐこちらを向くようにして立っていたその2本の足は、明らかに子どものものだってことが分かったから。


多分5歳くらいだと思った。それくらい小さいってことは認識できたんだ。




勝手に入ってきた子どもかもしれない。


けど、なんとなく分かってしまうんだよな。


その子はこの世のものではないってことが。




しばらくそうしてしゃがんだまま動けなかった。


金縛りじゃないと思う。


ただ恐怖で、身がすくんで動けなかったんだろうな。




すると、突然その足が動いた。


まるで、何かを見つめていた子どもがそれに飽きて、また何かを探そうとするように、横を向いて駆けていったんだ。




その直後、俺は思いきって体を起こした。


そして、楽屋全体を見渡した。


やはり、自分以外は誰もいなかった。


楽屋には大きい鏡があるんだけど、それに写った自分とがらんとした楽屋を見て、自分だけしかいなかったという感がより強くなった。




ゾッとした俺は、気がつくと他のスタッフがいるステージの方へ走っていた。




俺も相当顔色が悪かったのか、ステージにいた先輩が声をかけてくれた。




「どした?なんかあったのか?」




「先輩、俺さっき楽屋にいたんですけど、変なの見ちゃって…。」




みたいな感じでさっき楽屋で起こったことを話したんだ。


その時の先輩は一瞬変な顔をしてた。


怪訝な、というか、考え込むような感じだった。




そして、


「疲れてるんじゃないか?気のせいだろ。」


とだけ言って、先輩は片付けの続きをはじめた。




もう夜遅かったし、作業を遅らせたくもなかったから、怖いのを我慢して俺も楽屋の片付けに戻った。


けど、その日はそれ以降特に何も起こらなかった。






都心部のライブハウスはイベント頻度も高いから、毎日毎日入れ代わり立ち代わりって感じで、慌ただしくライブに追われて行った。


楽屋での1件以来、おかしなことはなかったから、あの子どものこともすっかり忘れていったんだ。






あれは梅雨明けの蒸し暑い日だったな。


いつもより大きいイベントがあったんだ。


そこそこ有名になってきているインディーズバンドのライブで、俺のライブハウスバイト史上一番盛り上がってたんじゃないかな。




バンドメンバーの楽屋への案内とかも俺が担当したんだけど、めっちゃ気さくな人たちでさ。短い時間ですぐに仲良くなったよ。




機材の搬入とリハーサルが終わって、客の入りを待っていた時だった。


メンバーの一人が言ったんだよ。




「そういや、あの子はお手伝いさん? オーナーさんのお子さんとか?」




なんのことか分からないから、他のメンバーも俺も頭の上に疑問符を浮かべていた。




「いやいやいたじゃん!ステージの下手の袖にさ、小さい男の子が! 見たの俺だけ?」




そのメンバーの一人はたしかに見たと言って、他のメンバーが見ていないというのが信じられないという感じだった。




俺はその時、なんとなく分かった。


あの楽屋で見た子どもがまた現れたんだ、って。


けど何も言い出せなかった。


まあ、ライブの直前で変なこと言って士気を下げるのもよくないじゃん?


だから詳しく聴いて自分の恐怖に共感してほしいのを、ぐっとこらえてた。




そうこうしてるうちに客入りが始まって、あっという間に満員。


キャパオーバーしてて、ライブハウス内は客でパンパンだった。




俺はその日、ライブ中のビデオ撮影を担当してた。


撮影つっても固定カメラでちゃんと動画が撮れてるか確認してるだけだったから、ライブハウスの後方でカメラとパソコンを見ながら座ってるだけだった。




すごい盛り上がりだったよ。


熱狂的なファンが多いらしくて、ステージに近い前方の方なんかステージに飛び込むんじゃないかってくらい身を乗り出してた。




MCを何度か挟んみながら10曲くらい演って、一回メンバーがステージからはけてアンコールするくだりが始まった。


アンコールに応えてステージに帰って来るバンドメンバーたち。


その後の、その日最後のMCの最中に事は起こった。






ボーカルが話していると、観客がざわざわと騒ぎ始めたんだ。


バンドメンバーも何が起こってるか分からないってふうに首を傾げて顔を見合わせてた。




で、客席からこんな声が聞こえてくるんだよ。




「子どもがいる!」




「誰?あの子」




「見て、ステージの左の方!」






俺は思わず、カメラで撮影している動画が映るパソコン画面を覗いた。


そして、ゾッとした。




いるんだよ。


その男の子が。




客側から見てステージの左側、つまり下手端にある大きなスピーカーの横に、半分身を隠すようにしてじっとこちらを見つめている男の子が映ってるんだ。


けど、直接ステージの方を見ても何も見えない。




そのうち客席の騒ぎが大きくなって、ステージの下手を指さしたり、悲鳴があがったりするようにまでなった。




SE(音響)席にいた先輩たちも何が何だか分からないって感じだったから、俺が急いで事態を伝え、パソコンに映ったステージを見せたんだ。




全員絶句してた。


いるはずのない男の子の姿がはっきりと映っていたから。




突然、キーーーーーンって音が響いた。


いわゆるハウリングだ。


急いで音響の調整をしようとするんだけど、それがなかなか収まらないんだよ。




やむなくスピーカーをオフにして対応したんだが、今度は突然照明が落ちたんだ。こちらでは何も操作していないのに。




一度消えた照明は全く復旧せず、会場は真っ暗な状態が続いた。


先輩たちもあたふたして、どうしたもんかとテンパってた。




そのうち、客席で大きな悲鳴があがった。


それを皮切りに、客が入場口になだれ込んできた。




あっという間だった。


いくつかの甲高い悲鳴と喧騒とともに、ほとんどの客が出ていってしまったんだ。




バンドメンバーも唖然としてた。


残ってくれている客も何人かはいたが、照明も音響も復旧せず、とてもじゃないけどライブを続けられる状況じゃなかった。




結局ライブはそのまま中断。


思わぬ事態に、皆呆然としてた。




後日、そのバンドにはライブハウス使用料を返金して、謝罪したんだ。まあその後は二度と使ってくれなかったんだけど。




こんなにはっきりと心霊現象が起こったんだからスタッフ内でも不安な声が相次いでな。オーナーに訊いてみたんだよ。過去にここで何かあったんじゃないかって。


オーナーはこんなことを言ってた。








実は俺も詳しいことは知らない。


前の所有者から数年前に引き継いだばかりだからな。


ただ、前の所有者が言ってたんだ。


“ステージの横断幕の後ろにある壁、あとは楽屋のロッカーの裏だったかな。お札が貼ってあったんだよ。それも1枚じゃない。何枚も、何十枚も、おびただしい数のお札が。”


ってな。今はもうないと思う。


その人の時に全部剥がして改装してしまったからな。








オーナーが言ってたお札の話が今回の話に関係があるかどうか、定かじゃない。


けど、先輩たちも言ってたんだよ。


このライブハウスは幽霊が出るって噂があるって。


小さな男の子を見たって人が、辞めてったスタッフにもいたって。




そんな幽霊話を先輩スタッフたちとしながら、楽屋であの日のライブの動画を見てる時、俺は思ったよ。




もうこのバイト辞めようって。




パソコン画面に映った、ステージの左端に佇んでいるその男の子はじっと何かを見つめていた。




気づいたんだよ俺。




あの子が見つめていたのは、観客でもバンドメンバーでも他のスタッフでもなかった。




カメラのすぐ右側に座ってた俺だったっていうことに。






俺はゾッとして楽屋を見回した。




楽屋の鏡越しに、あの子の虚ろな目を見た気がしたから。

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