めでたし、めでたし
破壊神ゼルベクトの脅威は、多くの人に知られないままに消え去った。
その名前も、恐ろしさも。何も知らないまま、人々はいつも通りの生活を過ごしている。
だから、モンスターの中で語られるその名を誰も知りはしない。
キコリ。死王のキコリ。
恐ろしきドラゴン。死を撒き破壊を生み出す、誰よりも破壊に長けたもの。
キコリ、優しいキコリ。
悲しきドラゴン。誰かのために戦って、失い続けて。最後は、自分自身すら失った。
人間がその姿を、声を、心を知らずとも。全てのドラゴンは知っている。全てのモンスターは知っている。今の世界を、誰が守ったのかを。
10年、100年、1000年。どれだけ時が過ぎても、忘れはしない。この話が、語り継がれる限りは。
そんな歌が、今日も何処かで流れている。人間とモンスターの関係は、今でもあまり変わってはいない。デモンの問題が未だ解決しておらず、それは世界の歪みが解決しても直らない問題であるようだ。
ドラゴンたちは、それぞれの場所へと戻っていった。彼等は世界の守護者。いつまでもひとところに集まっているわけにもいかない、ということのようだ。
キコリの家は、そのまま残されている。ドドは引っ越してアイアースも何処かに消えたが、オルフェがその場所を守っているからだ。
もっとも、そのオルフェも不在がちではあるのだが。それでも、その家は残されるだろう。誰もが、キコリのことを覚えているから。
「……」
青い空、白い雲。青々とした草の生えた草原。そんな場所の空に、亀裂が入って。1人の少年が落ちてくる。
「いってえ……エルヴァンテ様、実は結構雑だよな……」
大神の名を呟きながら草原に突っ伏しているその少年は、どうにも不思議な少年だった。
まず、その身体から感じる魔力が妙に大きい。人間のような姿をしているが、どうやらそうではないように見える。
見る者が見れば少年の魔法の才能の大きさに着目しただろう。大魔導士と呼ばれる存在にでもなれるような、そんな才能すら感じる。
勿論、ドラゴンと呼ばれるような存在には届かないだろう……流石にそこまでのものではない。
まるで生まれ変わったばかりとでもいうかのように全てが真新しいその少年は、何者であるのか?
「ねえ」
「え?」
少年の上に影が差して。見上げた少年は、そこにいた少女の姿に「あっ」と声をあげる。
それは嬉しそうであり、バツが悪そうであり……そして、何を最初に言えばいいか迷うような顔だった。
けれど、それでも少年はその場にしっかりと立ち上がって。怒っているような、喜んでいるような、泣きそうな……そんな少女の顔を見つめる。そこには、確かに愛おしむ色が宿っていて。
「ただいま、オルフェ」
「お帰り、キコリ。随分違ってるけど……何があったの?」
「色々あってさ……『同じ』になって戻ってきた。神様から、ご褒美だってさ」
そう、少年は生まれ変わった。輪廻の流れに入る前に、大神エルヴァンテにその魂を確保され、今度はゼルベクトに関する全ては洗い流された。消えた記憶を拾い集め、「キコリ」という少年の魂を再構築して……「妖精王キコリ」は生まれた。
キコリが選んだ少女と、共に歩めるように。もう、離れることのないように。
それは、キコリという少年のこれまでに報いるような……確かな、祝福だった。
「帰りましょ、あたしたちの家に」
「ああ、帰ろう。それと……オルフェ」
「ん? なによ」
「愛してる。俺は、君さえ居てくれたら……それでいいんだ」
「あたしも愛してる。でも、それじゃ不満よ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。今まで不幸だった分、全部取り返すくらいアンタが幸せじゃないと。それがあたしの願いよ」
オルフェが笑って、キコリが笑う。それは、キコリという少年の終わりと始まり。
悪魔憑きと呼ばれた少年は……こうして、幸せになったのだ。
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本日より新連載「バンゾクエスト」開始します。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667251998034
本作にお付き合いいただきましてありがとうございました!
キコリの異世界譚 天野ハザマ @amanohazama
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