300人に恋した小泉

浅瀬

第1話




 300人に一目惚れしてきた小泉が、今、車に跳ねられようとしていた。


 店長目当てに働き始めたカフェに向かう途中のことだった。

 急いでいて、2車線の右側だけ確認して道路を渡ろうとしたのだ。

 左側で急ブレーキの音がした。


 はっとした小泉は音のした方へ顔を向け、そのまま動けなくなってしまった。


 恐怖ではない。

 運転席の男の顔があまりにタイプ過ぎたのだ。

 男の踏んだブレーキも到底間に合いそうになかった。

 車は迫り、驚愕した表情の運転手と目が合って、ときめきに小泉の鼓動が跳ねた。続けて車に当たった小泉の体が舞い上がる。


 気がつくと、小泉は白い階段の途中に立っていた。

 目の前には美しい青年の姿をした天使がいて、何やら優しげにささやいてくる。

「……迎えにあがりましたよ」


 しかし天使のささやきは小泉には響かない。

 天使の放つ圧倒的華やかさときらびやかな後光に、気圧されていた。


 世のイケメンが意識してか無意識かで放射している華だとかオーラとかいうものを浴びると、小泉は固まってしまう。


 小泉の好みは塩顔、人畜無害顔なのであり、イケメンでは逃げたくなってしまうのだった。


「無理」


 思わず後ろに下がった小泉は、階段を踏み外していた。


「ああっ」


 ……このまま地獄に落ちるのかな……


 覚悟して目を開けたとき、そこは病室だった。


……よかった、戻ってこられた。わたし生きてる……


 ほっとして、小泉は、ベッド脇に立つ家族を見上げた。それから視線が、家族の向こうに立つ医者の方へすべり、釘付けになる。

 鼓動が、とぅんく、と跳ねた。


   


       おわり

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300人に恋した小泉 浅瀬 @umiwominiiku

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