幼馴染は鈍感で
烏川 ハル
幼馴染は鈍感で
「あっくん、今日も一緒に帰ろう!」
放課後。
敦弘のクラスに入っていくと、いくつかの冷やかしの目がこちらを向いた。視線だけでなく声に出す者もいる。
「またヨメが来てるぞ」
「羨ましいぜ、幼馴染のいるやつが」
「今日はバレンタインだからな」
彼のクラスでは、私は敦弘の『嫁』あつかいだ。彼の耳にも聞こえているはずだが、鈍感な敦弘は誤解している。愛称の『よめ』だと思っているのだ。
私の名前は「清芽」と書いて「きよめ」と読む。ただし「きよめ」では母親の「清美(きよみ)」と紛らわしいので、昔から「よめちゃん」とか「よめ」とか呼ばれてきた。
でも、親しくない男の子たちが私を愛称で呼ぶわけないのに!
なんで敦弘はわかってくれないのだろう!
「もう二月も半ばってことは、そろそろ今年最後の実力テストか……」
「実力テストは日頃の蓄積。付け焼き刃の勉強じゃダメだよ、あっくん」
駅前の商店街を抜けて住宅街へと続く道を、二人で並んで歩く。彼の部活がない日の、いつもの下校風景だ。
私と敦弘は小学校も中学校も高校も一緒で、母親同士が昔からの仲良し。家も近所なので、家族ぐるみの付き合いだ。
「そうだけどさ。でも勉強って、一人だと難しいだろ?」
前々から敦弘は、一人で机に向かうと勉強以外のことをしてしまう、とよく言っている。それで定期テスト前は、私の部屋で二人で勉強する習慣になっていた。
実力テストは定期テストとは違うから、私としては、改まってテスト勉強の予定はなかったが……。
敦弘と一緒ならば話は別だ。しかも今日はバレンタイン、いつどうやってチョコを渡すか悩んでいたけれど、部屋で二人きりになれたら、いくらでも機会はある!
「じゃあ、今日から一緒に勉強しようか」
「そう言ってもらえると助かる」
嬉しい返事だ。顔では何気ないふうを装いながら、心の中で私はガッツポーズした。
かつては「よめちゃんのお嫁さんになる!」と言っていた敦弘。『嫁』と『夫』の区別もつかないほど小さい頃の話であり、当時は家族公認のカップルみたいだったが、いつのまにかそんな空気は消えてしまった。
今では単なる仲良しの幼馴染だ。親友と言えば聞こえはいいが、異性として意識されていないのでは、と心配になるくらい。
私としては、小さい頃よりむしろ今の方が敦弘を好きなのに!
いくらアプローチしても気づかない彼を振り向かせるには、バレンタインは絶好の機会。今年こそ何とかするつもりで、手作りチョコを用意してあって……。
「勉強してると、なんだか口寂しくなるよなあ」
伸びをしながら敦弘が呟いたのは、私の部屋でノートを広げてから、三十分くらい経過した頃だ。
「脳の働きには糖分が必要で、甘いものが不足すると集中力が切れるのよ」
この流れならば、糖分補給という名目で手作りチョコを渡せそうだ。私は自分の鞄に手を伸ばしたが……。
「そういう理屈なのか。一応こんなもの持ってきたけど、一緒に食べるか?」
敦弘に先を越されてしまった。彼の鞄から出てきたのは、綺麗にラッピングされた薄い小箱。形状から考えてチョコレートだ。
なんてデリカシーのない男! 女の子と二人きりの時に、他の女からのバレンタインチョコを持ち出すなんて!
少しムッとして、つい嫌味を口にしてしまう。
「ふーん。あっくん、案外モテるんだね。誰からのプレゼントかしら?」
「違うぞ、ちゃんと自分で買ったぞ」
「はあ? 自分で?」
「さっき言っただろ。よめと食べるつもりで用意した、って」
意味がわからない。
私が困惑を顔に浮かべると、彼は照れ臭そうに笑った。
「毎年毎年よめからチョコもらうの、なんだか悪い気がしてさ。ほら、バレンタインのチョコって、愛の告白っぽい意味あるだろ? でも俺たちの関係って、それとは違うから……」
顔には出さないよう努力したけれど、泣き喚きたい気持ちだった。
やっぱり敦弘は私のこと、女の子として見ていないんだ!
ここまで言われたら、もう一緒にいるのも辛い。目も耳も閉じたいくらいだが、彼の言葉は聞き流せなかった。
「……いっそのこと、アメリカ式のバレンタインはどうだろう、って思ってさ。あっちじゃ男が渡す側で、しかも既に付き合ってる同士で渡すって話じゃないか。その方が俺たちに相応しいだろ?」
強烈な違和感のある言葉。つい聞き返してしまう。
「既に付き合ってる、って……。どういう意味?」
「おいおい、何を今さら……。小さい頃俺が『よめちゃんと結婚する!』って言ったら、お前『うん!』って言っただろ。あれから俺たち、別れてないよな?」
ああ、敦弘はそういう認識だったのか。
ならば恋愛のドキドキがない関係も、熟年夫婦みたいな距離感だったのか。
どうやら鈍感な幼馴染は私の方だったらしい。
(「幼馴染は鈍感で」完)
幼馴染は鈍感で 烏川 ハル @haru_karasugawa
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