エピローグ*2月のスノードロップ



 「はい。 空の分」


 永瀬は、空にイヤリングを手渡した。

 それを受け取る空の手は、微かに震えていた。


「怖い?」


 永瀬に言われて、ドキリとした。


「ううん。 これでようやく、お姉ちゃんの復讐が終わる」 


 言葉にしてようやく実感が湧いたのか、涙で視界が霞んだ。

 そんな空を、永瀬は優しく頭を撫でた。 まるで小さい頃のように────。


「なあ、空」

「ん?」


 手を繋いで屋上に寝転がりながら、永瀬は話し始めた。


「まだ話してなかったことがあるんだ。 琴音が俺に最期に残した言葉」

「お姉ちゃんが……」

「琴音が引き籠って、イヤリングを作り始めた時、こう言われたんだ。 『スノードロップって知ってる? ヨーロッパに咲く 小さな白い花なの。 日本だと『待雪草マツユキソウ』って呼ばれてるんだけど、その名前の通り、雪が溶けるのを待ちながら咲く花なの。 春先に咲くから、「春を告げる花」って言われてるんですって。 とっても素敵で、あなたにピッタリね』────って」

「じゃあ、イヤリングのデザインって、夜之君をモチーフにしてるの?」

「何も知らなかったあの時は、純粋に嬉しかった。 けど、全てを知ってから、スノードロップについて調べたんだ。 あの花は、恋人に贈る花ではあるが、遅咲きのスノードロップの花言葉は『あなたの死を望みます』」

「え?」


 背筋が、ぞわりとした。


「琴音がイヤリングを使って死んだのは、全てが完成した2月7日。 スノードロップが咲くには遅いんだよ」

「そんな……」

「だから俺には、琴音に恨まれる理由が明確にある」

「……」

「でも、空は違う」

「……え?」

「琴音は、空を本当に恨んでいたのか? だとしたら、なぜ最期まで空を可愛がっていた?」

「それは────」

「唯一の家族だからだ。 だから俺は、琴音の大切な家族を、死なせたくない」

「夜之君?」


 すると永瀬は、空が持っていたイヤリングを奪い取った。


「だめ!」


 止めようとしたが、遅かった。

 永瀬は、奪い取ったイヤリングを自身の左耳につけた。 それと同時に、永瀬は、まるで糸が切れた操り人形のようにパタリと動かなくなった。


「夜之君! 待って! 置いて行かないで!」


 すぐさま空は、永瀬の手に握られていたもう1つのイヤリングを取り、自身の右耳に当てた。

 だが、手が震えて上手くつけられない。


「私だって……私だって、信じられないよ……。 琴音お姉ちゃんが、私を殺したいほど憎んでいたなんて……。 でも、イヤリングは9個残ってた。 事件の関係者に当てはめていけば、残りは私と夜之君の分だって……言ったじゃない……」


 死への恐怖。

 でも、これをつければ、痛みも苦しみもなく死ねる。 楽になれる────。


「……そっか、」


 私は、楽になりたかったんだ。

 唯一の家族である琴音が死んで、自分も一緒に死にたかったんだ。

 いつまでも、一緒にいたかった。

 もしかしたら、琴音も同じ想いだったのかもしれない。


「これは、私への復讐じゃない。 お姉ちゃんは、早く私に来てほしいんだ」


 そう言い聞かせれば、怖くなかった。

 現実から目を背け、自分が死ぬ理由をはっきりとさせることができた。


「いっぱい待たせてごめんね、お姉ちゃん。 いま、いくからね」


 空は、はぐれてしまわないよう、再び永瀬の手を強く握った。






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2月のスノードロップ ましろ毛糸 @Nxxxn

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