36*Complete



 遠くで、パトカーのサイレンが聞こえた。


 倒れていた身体をゆっくりと起こす。

 右耳に手をやると、そこにはイヤリングがついていた。


「……不思議ちゃんに感謝だな」


 黒木は、右耳に被せていたシリコン製のカバーごとイヤリングを外した。


 精巧に作られた“偽物の耳”は、来栖から受け取った品だった。

 この屋上へ来る前に、箱の中身を確認して、来栖が黒木にこれを渡した理由が分かった。


 ────俺も復讐の対象だ。


 イヤリングの効果は不明瞭な点が多いが、直接皮膚に触れなければ死にはしないだろう、という来栖の見立て通りだ。

 意識は失ったが、大した推理をするものだ。


 黒木はふと、永瀬と空のことを思い出した。

 辺りを見渡すと、少し離れた所に、人らしき影が横たわっていた。


 心臓が一瞬止まったかと思った。


 その影は、永瀬と空だった。

 2人手を繋ぎながら、安らかな顔で眠っているように見える。

 だが、彼らの耳には、それぞれスノードロップのイヤリングがつけられていた。


「ヨル……ヨル……!」


 黒木は、慌てて永瀬に駆け寄り、上体を抱き締めた。

 既に身体は冷たくなっており、そこに生命の温かさは一切感じられなかった。


 黒木は、空の身体も引き寄せ、2人を力いっぱい抱き締めた。


「おい、お前ら……」


 ピクリとも動かない彼らを見て、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。


 先程永瀬が持っていた3つのピアス。

 黒木に使った1つを除いた残り2つは、永瀬と空自身のために残されたものだった。


「なぜ、生きようとしない……。 復讐が何だ? そんなもの無視すればよかったんだ! 彼女のための償いになるとでも思ったら大間違いだ! 生きて、生き続けて罪を償え!」


 黒木の瞳から零れた涙が、永瀬の頬に落ちた。

 それはまるで、永瀬自身が涙を流しているようだった。













 捜査本部で黒木の無事を聞き、来栖はほっと胸をなでおろした。

 すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、ポケットの中のスマホが着信を知らせた。


 私用の方のスマホだった。


 来栖は、会議室から出て、人通りの少ない廊下を進んだ。

 その時には電話は切れていたが、折り返しかけ直すと、すぐに繋がった。


<相変わらずお節介が過ぎるわね>


 中年の女性の声だが、はっきりとした若々しい口調だった。


<皆川家のことを知る部外者を生かしてしまった……。 これは失態と言えるんじゃないかしら?>

「そんなことありませんよ。 黒木刑事は、正義感は人一倍ありますが、何だかんだ組織というものに従順です。 実際に、琴音の事件の時だって、独自に捜査を続けることだってできたのに、それをしませんでした」

<……まあいいわ。 あなたがそこまで言うなら、大丈夫なのでしょうね>

「信頼していただけて光栄です」

<それより、茜は無事なのよね?>

「はい。 捜査本部に上がっている情報によると、意識は回復したそうです。 ……全身に重度の火傷を負ってしまいましたが」

<皮膚の移植手術くらいなら、イギリスこちらでやった方がいいでしょう。 すぐに出国の手続きを進めてちょうだい>

「それはあなたがやってください。 私にはまだ仕事が残っていますから」

<夜之と空の遺体処理と、今回の捜査記録の抹消ね……。 確かに大仕事が残っているようだから、その点は配慮してあげるわ>

「ありがとうございます」

<あとであなたの出国の手配もしておいてあげるわ>

「あ、その必要はありません」

<……ん?>

「私はこれからもこの国に残ります。 姉さんが眠っている国ですから」

<……相変わらず琴音が大好きなのね。 勝手にしなさい>


 そう言って、電話は一方的に切られた。


 相変わらず人遣いが荒い。 そんなだから、裏切られるのに────。







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