35*真相



 気がつくと黒木は、琴音の日記を読むことに夢中になっていた。


 1人の少女の重苦しい過去。 そして、2つの殺人の記録。

 あまりにも多くのことを抱え過ぎている。


 だが、日記を読み進めていくと、ある時からパタリと何も書かれなくなっていた。


「……これは?」


 永瀬に白紙のページを見せると、彼は苦い顔をした。


「その頃から、琴音は精神的に非常に不安定になっていきました。 だから、日記はそこで終わりです」

「『血族の本能』とやらが関係しているのか?」

「ご名答。 皆川家は、代々その血に『死の呪い』が宿っていました」

「呪いだと?」

「信じられないかもしれませんが、事実です。 その証拠に、たくさんの人が死んできたじゃないですか」

「……あのイヤリングか」


 日記に書かれていたことから推測すると、恐らくあのイヤリングには、皆川家の血が混じっている。

 呪われた血の混じった装飾品を身につけることで、死ぬようになっているのだろう。


「じゃあ、あのイヤリングは、皆川琴音が作ったものなのか?」

「そうです。 今回の突然死事件は、琴音の復讐代行です」

「待て。 そもそも彼女は、なぜ警察関係者やかつての同級生たちを恨んでいたんだ?」

「琴音が大学へ進学した後、ある事件が起きました」

「俺たちが担当した暴行事件か……」

「あの事件には、皆川家の血が大きく関わっています」

「どういうことだ?」

「そもそも琴音の母親が、狂気的な人間だったのはなぜか? それは皆川家の血の影響です。 皆川家の血筋の者は、年を重ねるごとに血を絶やすまいと生存本能が活発になり、獣のようになるのです」

「獣?」

「見境なく子孫を残そうと行動に移すのです」

「なっ……」


 呪いの血────死の作用といい、とても同じ人間とは思えない。


「まさか、皆川琴音の暴行事件は────」

「発端は、吉岡麻美が面白半分に菅原駿太を引き合わせたことです。 そして、琴音は血の本能に抗うことができなかった……」


 何ということだ────。


 すると、これまで黙っていた空が、小さく声を上げた。


「お姉ちゃんは、妊娠してたの」

「! あの事件の子供ってことか?」

「そう。 そのことが、お姉ちゃんをさらに苦しめた。 毎日泣いて、叫んで、自暴自棄になっていた。 でもお姉ちゃんは、赤ちゃんを産もうとしていた」

「けれど、身近な産科医の見習いに適当にあしらわれ、とうとう耐え切れなくなってしまったんですよ」

「日記に出てきた『エリちゃん』────1人目の被害者の藤澤絵里奈か」


 これで全てが繋がった。

 琴音は、自身の血筋を嫌う反面、自分をさらに苦しめた人たちを恨んでいた。

 自分を嵌めた親友、恩師、役に立たない警察、そして自分自身────。 もしかしたら、お腹の子供への憎悪もあったのかもしれない。


 当時、黒木たちを捜査から外した理由も、何となく分かった。

 恐らく、警察内部に、皆川家と繋がりのある関係者がいたのだろう。 血の効力について公にしないために、事件ごと揉み消そうとしたのだろう。


 だが、まだ分からないことがある。


「お前らは、どうしたんだ?」


 黒木の問いかけに、その場の空気がピンッと張りつめたような気がした。


「お前らは、彼女の一番そばにいておきながら、何もしなかったのか?」

「何もできなかったんですよ。 事件に関係なく、琴音は既に狂っていましたから」

「それでも支えるのが恋人や家族ってもんじゃないのか? 大切な人が苦しんで、誰かへの復讐心で狂っているのを、助けられなかったのか?」

「あんたに言われなくても分かってるよ!」


 永瀬は、これまで聞いたことがないくらいに取り乱し、叫んだ。


「……怖くなったんだ。 どんどん人が変わっていく琴音にも、何もできない自分にも……。 だから琴音は、イヤリングを作ったんだ」


 そう弱々しく言う永瀬の手には、スノードロップのイヤリングが3つあった。


「琴音は、俺たちのことも恨んでいた。 当然だ。 一番そばにいておきながら、支えることができなかった……。 でもこれでようやく終わる……」


 永瀬は、拳銃を構え直した。 嫌な予感がする。


「おい、ヨル……」

「黒木さん、あなたとはここでお別れです。 これでようやく、琴音の復讐が終わる」


 永瀬は、イヤリングのうちの1つを、黒木の右耳に持っていった。


 その瞬間、意識がプツリと切れた。







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