後編
『魔族や神族、そして人間族。全ての種族に対して、今が1番、均衡が保たれている』
どこか遠くを眺めるように、魔王がぽつぽつと話し出した。
『それぞれの種族の長が話し合い、このような形に収まった。魔族は負の感情、神族は正の感情を人間族から受け取る事によって、生き長らえる。そして人間族は寿命が短い。それ故に感情が豊かなのだろう。だが、感情を散らす事によって同族で争う事もある、哀しくも愛おしい存在だ』
魔王から見た人間の印象が意外なもので、驚きしかなかった。でもそれ以上に気になる事があったから、ぼくは尋ねた。
『種族の長が話し合ってって、人間の王様も知ってるって事だよね?』
『そうだ。平和な世の中であればあるこそ、同族の争いが起こりやすいと、昔の人間族の王が嘆いてな。だから提案したのだ。『魔族が人を脅かし、神族が奇跡を起こし助ける』と』
『なんでそんな提案したの?』
神族はまだしも、あえて憎まれ役を買って出た魔族の考えが理解できなくて、首を傾げた。
『先程も話したが、人間族の感情が必要だからだ。放っておいたら人間族の数がどんどん減り続けると危惧し、そのように契約を交わした。人間族が忌むべき存在へ負の感情を向け、その脅威が過ぎ去れば感謝の念を神族へ向ける。うまく循環しているだろう?』
うまく、なのかな?
どうにも納得できなくて、ぼくはつい、意見を伝えた。
『でもさ、それじゃ魔族は、その為だけに倒されてるの?』
ぼくの言葉にぽかんとした顔を向けたと思ったら、魔王が優しく笑った。
『勇者は心優しいのだな。けれど心配は無用だ。人間族にけしかけているのは、人間族の負の感情から創り上げた魔物だ。魂などはない』
『え? そんな事してるの?』
『魔族とて永遠の命があるわけではない。わざわざ同族の命を散らす事などしない』
『じゃあさ、もしかして、魔物が強くなる原因って、ぼく達のせい?』
その言葉に、魔王は困り顔で首を横に振った。
『誰のせいでもない。こればかりは仕方のない事だ。あまりに強い負の感情から創り出せば、やはり凶悪な魔物が生まれる。その場合はこちらで対処するが、大抵は倒せる実力のある人間族のそばに放つがな』
そんな事まで配慮されていた事に、なんとも言えない気持ちになる。
『それって本当に、ぼく達の為になるのかな? ようはさ、ぼく達人間は、自分の感情と戦うのが1番なんじゃないの?』
『どうしてそう思う?』
『感情自体に良いも悪いもないと思うんだけど、使い方次第で良くも悪くもなるんだよ、きっと。だからさ、自分の負の感情の対処を知らないまま、それを魔族のせいにし続けるって、自分で解決してるわけじゃないよね? こんな事言いたくないけど、もし、魔族がいなくなっちゃったら、その時ぼく達人間は、本当に滅んでしまうんじゃないかな』
不思議そうにぼくを見ていた魔王が、ようやく話しかけてくれた。
『では、勇者に問おう。どのようにするのが最善だと思う?』
『それは――』
***
この世界には、無敗の魔王が存在していた。
その魔王と唯一渡り合った勇者の存在によって、世界に平和が訪れた。
全ての種族がお互いの存在を認め合う新時代に、魔王と勇者は友として世界を旅していたと、史実が残されている。
『全ての人の中に答えがある』としながらも、勇者が魔王に伝えた考えは、今でも多くの人の心を動かしている。
魔王の問いに答えた勇者の名前はアレン。
心優しき真の勇者として、語り継がれるものである。
ぼくが勇者になれたのは、みんなのおかげです。 ソラノ ヒナ @soranohina
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