中編
『ぼくの生まれは辺境の、名前もない村なんだ。だからね、この世界の情報がものすごーく、遅れて入ってくる。むしろ、あの村だけ別世界だと思ってくれていいぐらい、時が止まっているような感じだった』
『そんな村に勇者一行となる逸材が生まれ落ちたとは、神の悪戯もいいところだな』
楽しそうに戦うみなを見ながらお茶をすすり、魔王が呆れ顔になった。その理由にぼくも納得しながら、苦笑いする。
でもその顔が、すぐにまた興味津々にぼくを見てきたから、続きを話した。
『そんな村で、悪者をやっつける物語の勇者に憧れ続けた。それでよく、みんなで勇者ごっこしてたんだ。それでさ、物語の中の魔法、試しに唱えてみたんだ。そしたら、できちゃって。ぼく、本当に勇者になれるって、この時に勘違いしたんだ。そこからぼくは必死で修行に励んだ』
『それは本当に勘違いなのか?』
ぼくは無言で頷くと、先程から大技を繰り出している魔道士を指さす。
『彼女、実はさ、魔王と一緒で詠唱しなくても魔法が使える。詠唱する方がかっこいいって理由から、詠唱してるだけ』
『面白い娘だな』
次に、魔王城を壊してしまう勢いで拳を叩きつける拳闘士を指さす。
『彼もさ、無詠唱なんだけど、言葉にした方が気合いが入るからって、詠唱してる』
『おぉ、2人も……、いや、まさか』
あごに手を当てしげしげと眺めていた魔王と目が合い、ぼくは頷き、すぐ近くにいる護法士を指さす。
『そう。彼もなんだ』
『なんと。人離れした者達の集まりだったか』
思わず笑ったけど、ぼくは真相を頭に浮かべた。
『ずっとね、勇者になりたいぼくの行動に合わせて、攻撃・強化・防御の魔法を使い続けてくれたんだ』
『いつ、それに気付いた?』
『勇者になる為に修行を始めた頃からだから、結構最初からわかってたんだ。夜はちゃんと休んで! って言われてたんだけど、やっぱり使ってみたくなってさ。そしたら何にも反応がなくて、あれ? って思って。何度も何度もやったけど一緒で。だからね、次の日、試したんだ』
『何をしたのだ?』
今思い出しても悲しい気持ちになるけれど、それでもぼくの夢を叶えようとしてくれた幼なじみ達への感謝が勝る。
『呪文を言い終わる頃に言葉を止めただけ』
『それはどんな結果になったのだ?』
『魔法がね、発動した。それに慌てながら、『アレンも無詠唱が使えるのかもしれないわね!』って、言われてさ。あぁ、そうだったんだって、はっきりわかったんだ』
『あの娘、うっかり口を滑らせたのだな』
魔王が優しく微笑み、ぼくも同じように笑う。
『うん。アレンもなんて言われたら、彼女は使えるって言ってるようなものだからね。そうやってぼくの手助けをしてくれてたんだなって、気付けたんだ。でもこの時のぼくはそんな彼女へ、ちょっとだけ、意地悪をしたんだ』
『ふふ。どのような事をしたのだ?』
なんとなく予想がついているように笑い声をもらした魔王へ、ぼくも笑いながら伝える。
『みんなの前で無詠唱を使う素振りを見せたんだ。でも魔法は発動しなかった。当たり前だよね、ぼくがどんな魔法を使いたいかわからないんだから。それをわざと残念がりながら、『無詠唱を使える人が羨ましいよ』って言ったんだ。そうしたらね、3人とも慌て出して。嘘だろ……、みんな使えるのかって、その時にわかったんだ』
幼なじみ達の焦った顔を思い出して、ぼくは思わず吹き出した。
『勇者も愛されているのだな』
『そうだね。だからずっと気付かないふりをしたまま、ここまで来たんだ。みんなの願いがぼくを勇者にする事だって、わかってたから。まさか魔王もぼくと同じような立場だとは思わなかったけどね』
同時にお茶を飲み干し、手元のカップを魔王が魔法で片付けてくれる。
穏やかな時の流れを感じるが、目の前ではまだまだ戦いが繰り広げられていて、なんだかおかしな気分になる。
でも魔王との会話が楽しくて、今度はぼくから質問した。
『魔王が攻撃魔法を使えないなんて、人間はみんな知らないよ?』
『知られないよう、私の側近達が努力しているからな』
『でも最初の重圧がすごくて、弱そうには思えなかったけど……』
『そういった類いの魔法を使っただけだ。だから私も勇者と同じく、剣を極めた。だがみな、『魔王様がいなくなれば魔族の終焉が訪れる』と騒ぎ、戦いに参加すらさせてもらえず、ずっと出番なしだ』
魔王は肩をすくめ、それでも穏やかな眼差しで側近達を見つめる。
『あのさ、魔族ってもっとこう、荒々しいのかと思ってたけど、魔王の話を聞けば聞くほど、みんな良い人に思えるんだ。だからさ、本当はぼく達が戦う必要って、ないんじゃないのかな?』
魔物達の悪さをどうにかしてくれれば争う理由なんてどこにもないと、ぼくは思った。それなのに、魔王が首を横に振るから、悲しい気持ちになった。
『これはな、どの種族も長らえる為に必要な事なのだ』
そう語る魔王の顔は揺るぎない決意に満ちていて、ぼくは何も言えなくなった。
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