第11話:マヒューという存在


「マヒュー君……どうしてここに? 君のターゲットは別だよね? あ、もしかしてもう殺して、封筒開けてその指示に従った結果かな? 私はまだ開けてないんだよね。ちょっと待ってね」


 私はにこやかにそう言って、ポーチに入っていた封筒を取り出した。


「ふざけんなよアリス……お前……ターゲットを殺したのか?」

「ミレイユさんのこと? 彼女なら……死んだよ」

「……躊躇いはなかったのかよ。悪かったって気持ちはないのかよ!」


 なぜだろう。なぜマヒューは、そんなどうでもいいことを聞いてくるのだろうか。


「ないよ?」

「……くそ! お前も……アイギスも狂ってやがる!」


 封筒の中には何やら書かれた複数の紙と鍵が入っていた。だけど、鍵は少し不完全な形をしている。


 紙の表紙に素早く目を通していった。


「ああ……そういうことか。マヒュー君……


 紙にはこう書かれていた。


『任務ご苦労様。これで君は晴れてアイギス所属の暗殺者だ。後日、アイギスへの正規アクセスルート及び鍵を送ろう。


 そして――ターゲットを殺すことを躊躇い、我々との約束事すらも守れなかった君へ。君は致命的に暗殺者に向いていない。だが、そんな事にも気付かず、アイギスに入ろうとしたその愚かな行為には代償が必要だ。


 君が殺し損ねたターゲットは、我々がきっちりと始末する。もちろん……そこに。せいぜい逃げたまえ。


 だが我々にも慈悲はある。この封筒に入っている鍵は、今回の場合は二本集めることで、一つの鍵となる。つまり、君と同時に試験を受けている相手がもう一つの鍵を持っている。それを相手から奪い、鍵を完成させたまえ。


 そうすれば、君は合格扱いとなるし、両者のターゲットも死ぬこともない。――どうするかは君次第だ。幸運を祈る』


 そして、その後ろにはマヒューのターゲットについての資料が添付されていた。それはトマスという名の少年で、ロッソファミリーのボスの弟のようだ。おそらく、マヒューにとっては身内になるのだろう。


「なるほどね。どうしてもターゲットを殺せない場合は……同じ受験者から鍵を奪うことで合格できるんだ」

「俺は……俺は……お前を殺してでも鍵を奪う! そうすればトマスも俺も、この孤児院の婆さんも死なずに済む! だからお前が暗殺する前にと思ってきたのに……クソ! 手遅れだった! あの豚みたいなバケモノもお前かアイギスの仕業なんだろ!?」


 マヒューが泣きながら叫ぶ。その短銃の銃身は震えており、とても当たるとは思えない。


「ねえマヒュー君。君はこのトマス君を殺したくないから……私を殺すの? それは矛盾していないの?」

「それは……」

「おかしいよね。身内を殺したくないから、見知らぬ女の子を殺すなんて」

「お前は……悪だろ」

「その善悪はマヒュー君の決めつけだよ。人はね、それを――傲慢って呼ぶ」

「うるせえよ! 俺はロッソファミリーのマヒューだ! ファミリーって言葉の意味が分からねえのか!? 家族だぞ!? 孤児だった俺を拾ってくれたマリーさんの弟を殺すなんて出来るわけがない!」


 なるほど。マヒュー君は孤児だったのか。だから、赤の他人であっても孤児院の院長であるミレイユさんも救いたかったのかもしれない。


「……知らないよそんなの。多分そのトマス君は、君が知らないだけで、アイギスにターゲットとして指定されるほどの……ナニカを犯しているよ。ミレイユさんのようにね」

「うるせえ……うるせえ! もういい!」


 マヒュー君が震えながら発砲。弾丸が飛んでくるが、この距離でかつ撃ってくる方向が分かれば避けるのは容易い。


 更に震えていたせいで、弾丸は斜め下へと飛んでいく。これでは避けるまでもなく当たらない。


 はずだった。


「あ……れ」


 金属音と共に右足に激痛。 私は思わず屋根の上へと倒れてしまう。


 身体に力が入らない。右足の痛みからして、どうやら弾丸が命中したようだ。


 傷口を見ると、さっきの戦闘でアサシンドレスが破れていたのか、生足が剥き出しになっていてそこから血が出ていた。前には、さっき殺したオークの金属片が落ちていた。そこに銃弾の当たった痕が残っている。


 まさか……跳弾……した?


 そんな馬鹿な。


 たまたま外れた弾が、たまたま落ちていた金属片に跳弾して、たまたまアサシンドレスが破れていた足に当たるなんて……それはあまりに……


「はあ……はあ……! 鍵を……寄こせ! そしたら命までは奪わねえ!」


 それと、なぜか身体が鉛になったかのように重くなって動かない。


 もしかしたら……さっき使った獣化の反動かもしれない。


 それを全て含めて、やっぱりマヒュー君は――


「タイミング、ほんと最悪だね君……いてて……」

「鍵……貰っていく。これで俺もアイギスの暗殺者だ。俺には暗殺者にならないといけない理由があるんだ。だから……クソみたいな組織だろうが利用してやる!」


 マヒュー君が、私の封筒から鍵を奪うと、自分の鍵と組み合わせて一本の鍵にしていく。


 そして背を向けた。


「殺さ……ないの?」

「俺は無意味な殺しはやらねえと……お前らやアイギスを見て、決めたんだ。俺はお前らとは違う!」


 背中を向けたままマヒューが吼えた。それが彼の決意なのだろう。


「……そう。ありがとう」

「うるせえ……うるせえよ」

「泣き虫だね、マヒュー君は」


 その私の言葉に、マヒュー君は答えず、去っていった。


「ふう……これ、私どうなるんだろう」


 仰向けになって夜空を見つめる。身体は動かないし、右足はめちゃくちゃ痛い。


「もちろん……合格よ」


 そんな声が響く。


「だってターゲットは死んだのだから。まあ厳密には巻き込まれて死んだのだけど、まあ一緒よ」


 倒れている私の顔を、ベアトリクスの綺麗な顔が覗き込んだ。


 なぜ、ここにいるの? なんてことは聞かない。きっとどこかでアダムさんと一緒に見守ってくれていたのだろう。


「ビーチェ……」

「お疲れ様。色々あったけども……帰りましょう」

「うん。ちょっと疲れた」

「そうね。アダム、運ぶわよ」

「かしこまりました」


 そうして私はアダムさんに背負ってもらい、にわかに騒がしくなった孤児院から脱出した。考える事は山ほどあったけども――私はすぐに眠りへと落ちてしまった。



 こうしてアイギスの二次試験は――私とマヒュー、それぞれが合格となって終わったのだった。

 

 私の暗殺者としての日々が――本格的に始まろうとしていた。

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