第12話:アイギス・アーカイブ


 アイギス本部――受付ロビー


 あの孤児院での戦いから一カ月。

 私はひたすらアイギスから来る暗殺依頼をこなしていた。

 

「お疲れ様です! 相変わらず仕事が早いですし手際も見事ですね!」


 私とマヒュー君の担当受付嬢であるシャーロットが笑顔でそう話しながら、依頼報酬と交換することが出来る特殊な刻印が入ったカードを受け取る。


「これで、アリス様は晴れてCランクです! Eランクからこれだけの短時間でCまで上がる人は異例ですよ!」

「シャーロットさん、確かCランクになったら、色々と施設が開放されるんですよね?」

「ええ、仰る通りです! Cランクからは、アーカイブ閲覧及び装備官と訓練場の利用が可能です」

「早速アーカイブを見たいんですけど」

「それでは、〝鍵〟をアップグレード致します」


 私は鍵――文字通り鍵の形をしているが、小指の爪よりも小さな歯車が複雑に絡み合っている――をシャーロットさんに渡した。


 彼女はそれを背後にある何やら巨大な機械へと差し込むと、レバーやらボタンを弄っていく。


 ……あれ、触らせてほしいなあ!


「はい、鍵に、資料室及び訓練場へのアクセスできるように刻印を付与しました。アーカイブを閲覧出来る資料室は右手の階段の上、訓練場は左手の階段の下となっております。装備官は訓練場にいますので、てきとうに声を掛けていただいて結構ですよ」

「ありがとうございます、シャーロットさん」

「はい。それでは、またのご利用お待ちしております」


 綺麗なお辞儀をするシャーロットさんに私は笑顔を向けると、アーカイブを見るべく、資料室へと向かう。


 私が、ベアトリクスの勧めもあって、Cランクまで駆け足で駆け上がったのには理由があった。


 ベアトリクスとの会話を思い出す。


『……Cランク以降の暗殺者のみに閲覧できるデータベースがアイギスにはあるのよ。あれを使えば、出回ってない情報も知ることが出来るわ。そこに、〝下弦の豚騎士団〟についての情報があるかも』

『ランク?』

『アイギスに所属する暗殺者はランク付けされるのよ。それによって依頼される暗殺任務の難易度や報酬が変わってくるわ。最初は一律でEランクからだけど、依頼をこなしていくと自動的にランクが上がっていくわ。さらに仕事の仕方で評価も変わるからね。高評価の方がランクが上がりやすい』

『うーん。とにかく、ターゲットを殺せば良いんでしょ?』

『それだけじゃないわ。如何に素早く、静かにターゲットを殺し……。暗殺者は、殺人鬼ではないのよ。誰これ構わず殺せば良いというものではないの。スマートにやりなさい』

『分かった!』


 という感じで、やっていたら一ヶ月でCランクだ。


 私は階段を上がりきると、横にある、資料室とそっけなく書かれたプレートのついた扉の鍵穴へと鍵を差し込んだ。


 ぷしゅー、という魔蒸が噴き出す音と歯車が回る音と共に、ドアがひとりでに開いていく。


「おお、機械扉だ」


 ゆっくりと開いていくドアの中に入ると、その奥には思ったよりも広い空間が広がっていた。資料室というより図書館と呼ぶに相応しい場所だが、扉から先にはカウンターしかなく、肝心の本棚には行けないようになっている。何より、天井近くまでそびえる本棚は、絶対に上の方とか手が届かないと思う。


「いらっしゃい。おや? 君は……ふふふ、噂のバニーちゃんじゃないか」


 そう私に声を掛けたのは、カウンターの内側に座って本を読んでいた、柔和な笑みを浮かべる金髪の青年だった。銀縁眼鏡が良く似合っていて、なるほど、ここの管理者なのだろうと推測できる。


「えっと、調べたいことがあるのですけど」

「でしょうね。ああ、僕はここを任せているスコットだ。よろしくね」

「あの、その前に……さっきの〝噂のバニーちゃん〟って何のことです?」


 子兎バニーという言葉は、私にとって心がザワつく響きをはらんでいる。


「ん? ああ、君は知らないのか。君のあだ名のことだよ。コードネームや二つ名と言い換えてもいい。僕の知る限り、Aランク暗殺者になる奴はみんな、新人の頃からそういう名前が付けられる傾向があるね」

「えっと、どういうあだ名なんです?」


 私がそう聞くと、スコットさんが眼鏡の奥で目を細めた。


「君は知らないだろうけど……このロンドの裏社会では君の噂で持ちきりだよ。〝月下の刎ね兎ムーン・ストライド〟……〝首狩り兎ヘッドチョップラビット〟……エトセトラエトセトラ。君、首を落とすのが好きみたいだね?」

「それが効率良かっただけです」

「まあいいさ。その中でも、僕が一番気に入っているのがこれだ。……ゆえについた名が――〝致命の兎ヴォーパルバニー〟」

「ヴォーパル……バニー」

「良い響きだろ? 寓話に出てくるおぞましい怪物の首を刎ねた剣から取られているんだろうけどね。誰が言い出したか分からないが、中々に洒落が効いている」


 ヴォーパルバニー……うん、それだと嫌な感じがしない。


「さて、無駄話が過ぎるな。それで、君はこの智恵の果実に何を求める?」


 スコットさんの言葉に、私は頷いた。〝下弦の豚騎士団〟について調べる為にここにやってきた私だが、口から出たのは別の言葉だった。


「……について……教えてください」

「――仰せのままに」

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