第13話:共同任務


「ふむ……なるほど。しかし、元暗殺者の方はともかく、ベアトリクスという名前だけでは流石に誰のことやら……」


 私の言葉に、スコットさんが顎を撫でた。当然返ってくるだろうことは予測していた。


「ベイルグレイヴィアの〝落星邸ステラ・ハウス〟に住む……ベアトリクスです」

「ほお……なるほど。住所を王立地理院のアーカイブから見てみようか」


 私が住所を伝えると、スコットさんが横にあった機械についている鍵盤へと打ち込んだ。すると魔蒸が噴き上がり歯車が回ると、機械がひとりでに動き、本棚へと向かっていく。その上部からアームが伸びていき、高いところにある分厚い本を器用に抜き取ると、再び戻ってきた。


「おお……!」


 なるほど、だから本棚が高くても大丈夫なのか!


 スコットさんが機械から本を取ると、それをパラパラとめくっていく。


「ふむふむ……おや?」


 スコットさんが意味深な声を発して、ジッと私を見つめてくる。


「うーん。住所、本当に先ほどので間違ってないかい?」

「あ、はい」

「ふうむ。それはそれは……

「何がです?」


 私がそう聞くも、スコットさんは暫く無言のまま本へと目線を落とし、そして本をパタンと閉じた。


「このアーカイブによれば……その住所は空き地になっている」

「へ!? いやでも私、そこで寝泊まりしてますし」

「だがねえ……王立地理院の情報に間違いはないはずだよ。特にお膝元のベイルグレイヴィアならば特に」


 確かに、ベアトリクスに怪しい部分がある。だけど、あの邸宅が存在しないことになっているなんて信じられない。


 となると……可能性があるとすれば。


「意図的にここの情報が消されたのでは? 彼女には元アイギス所属の暗殺者が仕えています。彼が書き換えた可能性は?」

「ありえない……と言いたいところだが、ないとは言えない。だがね、ここの情報は常に最新になるように定期的にアップデートしているのさ。だから――仮にここのデータを僕に分からずに改ざんできたとしても、しばらくすればすぐに上書きされる。その彼がいつまでここにいたかは知らないけど……少なくとも、このデータは最新だ」

「うーん……」

「一つ、可能性がある」

「へ?」


 スコットさんはそう言うと、目をスッと細めた。


「――そもそものが……改ざんされている場合だ」

「……なるほど。大本がそもそも間違っていれば、いくら上書きしても……間違っているままってことですね」

「その通り。だがね、そっちの方がよっぽど厄介だ。王立地理院は〝頂城〟内にあり、その情報を管理しているのは全て――だ」

「それって……」

「さて……そこから先は僕にも分からないさ。だけど、面白い符号がある」

「符号?」

「先ほど、君はその存在しないはずの邸宅をこう呼んだろ? 〝落星邸ステラ・ハウス〟、と」

「ええ、はい」


 それがどうしたんだろうか。


「ふふふ……君もアルビオン国民なら当然知っていると思うが、我が国では敬愛する女王陛下のことを、月に例えることが多いだろ? 偉大なる……夜の女王と」

「ええ、聞いた事があります」


 私の両親はその仕事の性質状、あまり愛国者という感じではなかった。だけど、私もそれぐらいのことは知っている。


「それに比べたら、あまり知られてない例えがもう一つあってね」

「例え?」

「ああ。女王は月に例えれるのだけど、実は、次期女王候補……つまりをとある物に例えることがある」


 この国で王女と言えば、今の女王陛下の娘であるスカーレット王女のことだろう。


「月ほどの存在感と明かりはなくても……必ず夜にあるもの――そう、つまり〝星〟さ」

「……星」

「ふふふ……〝落星邸ステラ・ハウス〟つまり落ちた星の邸宅とは……さて何を意味するのやら」



☆☆☆



 結局、何も分からないことが分かった私は、ロビーへと戻った。


 あの後、スコットさんにアダムさんの事や〝下弦の豚騎士団〟についても聞いたけど、元であろうとアイギスに所属していた者の情報は全て非公開らしい。


 そして、肝心の〝下弦の豚騎士団〟に至っては、〝すぐに分かるよ。今はこれしか言えない〟


 と意味深なことを言うだけだった。スコットさんってそういうとこあるよね。


 そんなこんなで、少し気落ちした私の背に声が掛かる。


「ちっ、しけた面してるな――アリス」


 その声に私が振り返ると、そこには――マヒュー君が立っていた。


 その雰囲気は、一カ月前とは大違いだ。


 なんというか随分と暗殺者らしくなっていた。私がその足音に気付かないぐらいには。顔付きもいくらか精悍になっていて、あの頃にあった甘さは見えない。


 沢山、人を殺してきたのが分かる。


 私と同じだ。


「あ、マヒュー君」

「……俺もCランクなったぞ。アイギスめ、こき使いやがって」

「凄いね……私、結構頑張ったのに」

「……運が良かったんだよ。色々とな」

「そうなんだ。それで? どうしたの。そっちから声を掛けるなんて」


 いつもは顔を合わせても、舌打ちをしてそのまま通り過ぎるだけなのに。


 しかしマヒュー君はそれに答えず、カウンターへと顎をしゃくった。


「アリス様、マヒュー様もこちらへ」


 シャーロットさんに呼ばれて行くと、彼女はいつもよりも固い笑顔を浮かべた。


「マヒュー様に既にお伝えしていますが、さきほど、お二人に緊急依頼が出されました」

「緊急依頼?」

「はい。真に残念ながら、我がアイギス所属の暗殺者に違反者が現れました。違反者とその協力者を共々……殺していただきます。依頼の緊急性、重要性を加味して、Cランク以上の者限定になり、かつ共同任務となります。現在すぐに動けるのが……たまたま今日Cランクに昇格したお二人だったのです」

「なるほど……つまり、マヒュー君と協力してそいつらを暗殺すればいいんだね?」

「その通りです」

「俺は独りでいいと言ったんだがな」

「実力は分かっておりますが……今回はこれまでの依頼とは違います。違反者はとある裏組織と繋がっていることが判明しました。おそらく、今はその組織の拠点に隠れているでしょう。これを、裏組織ごと……していただきたいのです。ターゲットおよびそれに協力する者、こちらを妨害する者――全て殺してください」


 シャーロットさんが笑顔でサラッとそんなことを言う。


「かはは……確かに今までとは違うな。ターゲット以外は殺しては駄目なんじゃなかったのか?」

「今回は違います。これは言わば――見せしめになります。全員……殺してください。息の根を止めてください。アイギスに刃向かう者は全て……そうあるべきなのです」

「分かったよシャーロットさん。それでその裏組織ってのは?」


 私は……半ば予感しながらそう聞いた。


「――〝下弦の豚騎士団〟です」


 私は、運が良いと思った。


 まさか……向こうからアイギスに喧嘩を売ってくれるなんて。


「その依頼、受けます」

「俺独りで十分だと思うんだがな……足を引っ張るなよ」

「そっちがね」


 こうして――私とマヒュー君の共同任務が始まったのだった。

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霧の都のヴォーパルバニー ~暗殺者一家の娘というだけで貴族に殺された私、うさ耳獣人に転生し最強に。ワケあり令嬢と共に暗殺者ギルドの依頼をこなしていたらS級暗殺者になったので、首を洗って待ってろ白豚共~ 虎戸リア @kcmoon1125

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