第4話:暗殺者ギルドに行こう!
私は両親の仕事……暗殺者という家業に、何の違和感も持たなかった。地下室にナイフや銃といった武器が転がっており、良く分からない道具や機器を父さんが作成しているのを、いつも見守っていた。
どうすれば人を効率良く殺せるかということを追求する母さんは格好良いなと思ったし、人を殺すことがいけないことだと分かったのはずっと後のことだ。
初等学校に行っても馴染めなかった私は早々に行くのを諦め、代わりに両親の教育の下、暗殺者として育てられた。
それは――私達にとっては何もおかしいことではなかった。
だけど身体が成長するにつれ、私の貧弱具合、病弱具合は悪化した。満足にナイフも持てず、銃なんて撃った日には肩を脱臼してしまう。
最初は悲しそうな表情を浮かべていた両親だったが、それでも私には優しかった。だから、私の出来る精一杯のことをやった。
「優しい両親だったのね」
広いベッドで、なぜか私とベアトリクスは身体を寄り添い合って、天井を見つめながらお喋りしていた。
「うん。だから、せめて知識だけでもと、私は必死に勉強したよ。銃は撃てないけど、撃ち方やメンテナンスの仕方は分かるし刃物をどう刺せば人体に有効かも分かる。でもね、それは全部、頭の中でだけ」
「でも今は違うわ。貴女にはその知識や技術を――使える肉体を手に入れた」
「そうだね」
「それを無駄にしない為にも……貴女は暗殺者になるべきよ。貴女が最後のハーグリーヴなのだから。きっと貴女の両親もそう言うわ」
「うん……」
父さんも母さんも死んだ。不思議と悲しさはない。いつか、死んでしまうのだろうなあとぼんやりと思っていたからかもしれない。
二人は良くこんな言葉を口にしていた。それはハーグリーヴ家の家訓で最初に教えられるものだった。
【ハーグリーヴ家、家訓】
〝人を殺すという行為には必ず、殺されるかもしれないという危険性が内包されている〟
誰も殺したこともない私は、じゃあなぜ殺されたのだろう。それが理不尽で、悔しくて、苛立つ。
「どうすれば、暗殺者になれるんだろ」
そんな私の呟きに、ベアトリクスが答える、
「簡単よ――暗殺者ギルドに所属すればいい」
「暗殺者……ギルド?」
なにそれ。
そもそも暗殺者なんてものは世間にとっては嫌われ者や犯罪者、狂人と同義だ。そんな者達がギルドを作っているなんてにわかに信じがたい。
「混沌とした一昔前ならまだしも、法も整備された現代で、暗殺者を野放しにしておく方が危険でしょ? だから暗殺者を管理し、依頼を一元化し、サポートする組織が必要だったの。そうして秘密裏に出来たのが暗殺者ギルド――通称〝
「……なんだか良く分からないけど、そんな組織作っちゃったらロンド警視庁が黙っていないのでは?」
「存在は知っているでしょうが、黙認よ。アイギスにはルールがあるの。ルールを破った暗殺者は粛正される。警察からすればクズがクズ同士で殺し合ってくれて大いに結構、ただし重要人物の殺しについての情報を寄こせってスタンスなのよ」
「じゃあ、私の両親も所属していたのかな?」
「ふふふ……当たり前じゃない。あんたの両親は……
ベアトリクスがまるで自分のことのように両親のことを誇るのがなんだか不思議だった。
「ギルドに入るメリットは沢山あるし、入らずに人を殺せば、ただの殺人犯として警察とアイギスの両方から追われるわ。それにアイギスのネットワークを使えば……きっと〝
ベアトリクスの説明をなんとなく聞きながら、私は両親について考えていた。
私はそういえば、あの二人について……仕事のこと以外は何も知らない。育ててもらって色々と教わったけど……全部暗殺者に関することだ。
アイギスに入れば……少しは両親のことが分かるかもしれない。
「私、そのアイギスに入るよ」
「そう。明日、行くと良いわ。所属するには条件があるのだけど……アリスなら問題ないわ」
「うん」
「さあ、寝ましょう。明日は忙しいわよ」
「そうだね。おやすみ、ビーチェ」
「おやすみ、アリス」
そうして私とベアトリクスは手を繋いだまま眠ったのだった。
☆☆☆
ロンド、
「それでは、ご武運を」
「ありがとうアダムさん。ビーチェにもよろしく伝えておいてください」
私は、アダムさんの操る馬車(この人はどうやらなんでも出来るらしい)から、雑踏へと降りたった。そこは
魔蒸を利用した〝蒸機〟を作る蒸機職人や鍛冶屋、その他職人の工房が立ち並び、ネジやバネから自動車まで揃うと言われるここ、ワークスショップは、私にとっても馴染みのある場所だ。
工房の前には商人達が、簡易の店を建てており、声を張り上げている。
「さあ、見ていってくれ! ウィレム社最新鋭の〝蒸機銃〟だ! 専用魔蒸弾を使えば獅子すらも一撃だ!」
「これで君も、〝スチームジャック〟になれる! 魔蒸靴でさあ、無限の空へ!」
工房の煙突から、陽光で虹色に光る魔蒸が立ち昇っており、独特の臭いが漂っている。私はこの喧騒や臭いが決して嫌いではなかった。
「えっと……」
私はベアトリクスから貰った手書きの地図を見ながら、通りを進む。この辺りは比較的治安が良いので、さして警戒しなくてもいい。
ちなみに、私の頭上にはウサギ耳は揺れていないし、お尻に尻尾はない。これは今朝ベアトリクスに教えてもらったのだけど、私に起こった〝魂の獣化〟という現象は、その獣化具合をある程度自分でコントロールできるらしい。試しに念じてみたら、耳と尻尾が引っ込んだ。
〝ただしその分、力は弱まるから、隠しながらの戦闘は難しいわよ〟
とのことらしいけど、別に誰かを殺すわけではないので、問題ないだろう。五感が少しぼやけたような感じになるが、まあ許容範囲内だ。
「……ここかな?」
ワークスショップのメインストリートを真っ直ぐいった途中で路地を曲がった先には、古ぼけた建物が建っていた。
「〝
そう扉の上に書かれたその建物の脇には小さなチケット売り場があり、中で暇そうにしている老人が、サンドイッチをぱくついていた。
「あ、あの」
「……学生は三ペニー銅貨だ」
老人が私を見るなり、ぶっきらぼうにそう言い放った。
「博物館なのにお金取るの!?」
この国では博物館や美術館は全て無料なはずだ。私も暇さえあればそういう場所に出向いていたので良く知っている。
「ここは私立博物館だからだよ。払えないなら帰りな」
シッシッと猫を払うかのように手を振る老人を見て、私は手書きの地図に書かれた文言を口にした。
「えっと……〝アテナさんは元気ですか〟」
「……ああ」
老人は頷くと、一枚の銀貨を私へと渡した。それはいわゆる、一イリング銀貨ではなく、女神らしきレリーフの彫られた見たこともない銀貨だった。
「えっと?」
「……〝ジャン・ポール・バチュータ〟によろしくな」
老人はそれだけ言うと、私に興味を失ったとばかりにサンドイッチを再び食べ始めた。私は首を傾げながら、その博物館の中へと足を踏み入れたのだった。
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