第6話:アイギス

「トリス……てめえ! お前も暗殺者だったか!」

「まだギルドに入ってないから暗殺者じゃないけど?」

「屁理屈言ってんじゃねえよ! 俺に嘘をつきやがって……ぶっ殺すぞ!」


 激怒するマヒューを見て、さて私はどうしようかと悩んだ。ここで戦ってもいいけども……なんかそれで私までテストに不合格になりそうな予感がする。


 ギルドに所属しない者の殺しを嫌うアイギスのいわば玄関先で人を殺すのは絶対にまずい。


「死ね!!」


 見え見えの動きでダガーを突き出してくるマヒューと同時に、妙に反響した声が響いた。


「博物館内では私闘禁止です。武器を納めてください」


 それリフトについている伝声管からの声だった。


「知るかああああああ!!」

「えっと……自己防衛はセーフ?」


 私の声に、伝声管が答える。


「殺さなければ許可します」

「あ、そっか。殺さなければいいのか」

「おらああああああああ!!」


 突っ込んでくるマヒューの刺突をひょいと避けると私はそのまま腕を掴み、リフトへと投げ飛ばした。耳と尻尾が出てしまっているが、仕方ない。マヒューをリフトの床へと倒すと、そのまま腕の関節を極めて、彼の上にのしかかる。


「痛い痛い! 離せクソ女! おい!」


 マヒューが悪態をつくと同時に、本棚が閉まり、リフトがガクンと揺れると下降しはじめた。


「うーん……勢い余って連れてきちゃったけど……怒られるかな?」

「腕を放せ! 折れる折れる!」

「折っても良いんだけど?」

「くそ……覚えておけよ! 絶対にあとで殺す!」

「はいはい」


 そうしてしばらく下降し続けたのちに、チン、という軽い音と共に停止。目の前の扉が機械音と蒸気の噴き出す音と共に開いていく。私は念の為耳と尻尾を引っ込めた。マヒューは多分、必死過ぎて耳の存在に気付いていなかったし。


「……おお!」


 その先には――まるでホテルのロビーのような空間が広がっていた。そして扉のすぐ前で、まるでホテルマンのような格好をした青年がこちらへと笑顔を向けている。


「ようこそ……アイギスへ。第一試験は両名とも合格としましょう。ちなみに上もそうですが、このロビーも武器や銃の使用は基本的に禁じられておりますので、気を付けてくださいね」


 そう言って青年は慇懃にお辞儀をしたのだった。


「あ、こんにちは。私はアリスです……ただのアリスです。武器は持ってきてませんので大丈夫です」

「アリス様。ようこそいらっしゃいました。私は、アイギスの案内人のジャックです。そして、貴方は?」


 相変わらず私に乗られたままのマヒューがホテルマンの青年――ジャックさんを睨み付けた。


「俺はロッソファミリーのマヒューだぞ! さっさとこのクソ女をどけろ! すぐにぶっ殺してやる!」


 私はひょいとマヒューの上からどいて、そのロビーへと足を踏み入れた。ソファで、様々な年齢層の多種多様な人種が思い思いの方法で寛いでおり、見るからに強者そうな集団がロビーの奥にある受付へと向かっていた。


 天井は高いが、魔蒸灯が明るいおかげか、まるで地下とは思えない。


「トリス! てめえ!」


 後ろでマヒューが吼えている。


「トリスじゃなくて、アリスだよ。見知らぬ相手に本名を名乗るのは止めたほうがいいよ、マヒュー君」

「っ! て、てめえ! 殺す!! ロッソファミリー舐めるなよ!!」


 マヒューが銃を抜いた気配がする。だけど、私は背を向けたままだ。


 なぜなら――


「――こいつ本当に試験に合格したのか?」

「馬鹿はさっさと殺すに限るが」

「……見ていて頭痛がしてくる」

「俺はこういう馬鹿、嫌いじゃないがな」


 マヒューは先ほどまで寛いでいたはずの男達によって、頭には二丁の短銃が突きつけられており、喉元には細く鋭いサーベルが、心臓には短剣が向けられていたからだ。


 その動きの速さ、静かさは私かそれ以上だ。


「あ……いや……俺……」


 マヒューが思わず短銃を床へと落としてしまう。

 

「マヒュー様。もう一度忠告致しますが……ここアイギス内での身勝手な私闘及び殺しは厳禁です。次は――警告ではすみませんよ?」


 ジャックさんが短剣を戻すと静かにそう言って、私の横へと並んだ。マヒューを囲んでいた男達も何事もなかったかのように去っていく。


「貴女は大変優秀なようですね、アリス様。それなりの知性と機転、そして力をお持ちだ」

「ありがとう。それで、第一と言うぐらいだから、第二の試験があるのでしょ?」

仰る通りイグザクトリィ。――あちらへどうぞ、ご案内いたします」


 私は、ジャックさんの指差す方向――受付へと歩いて行く。


「ちっ……アリス……覚えておけよ」


 マヒューが床に落とした短銃を懐にしまうと、後ろについてくる。


「……なぜ彼も合格なのか不思議そうですね」


 ジャックさんがイジワルそうにそう私に言葉を投げた。


「別に……」

「タイミングの悪いところでいつもやってくるな、と思いませんでしたか? ハサンの絵画を見つけた時、リフトを見つけた時」

「そうね」

「それはつまり……無自覚で彼は行くべき場所に気付いて向かっているということです。そもそも、貴女が今日この時間に来なければ、彼もまたここまで辿り着けなかったでしょう。つまり、彼はとても。これもまた……才能です」

「偶然じゃないの?」

「運や勘もまた……暗殺者には必要な要素ですから」

「……〝最後に頼るのは運と勘〟ってやつね」


 私がそう答えると、ジャックさんが嬉しそうに声を弾ませた。


素晴らしいラヴリィ。ハーグリーヴの家訓ですな。知っているとは流石ですアリス様」

「……まあね」


 そうして私とマヒューが受付に辿り付くと、ジャックさんが無言で去っていく。

 

 代わりに、カウンターの向こうにに立つ制服を着た受付嬢が笑顔を私達に向けた。


「アリス様、マヒュー様。ようこそアイギスへ! 私が貴方達の担当受付嬢となりますシャーロットです。では、早速ですが――第二試験を言い渡します。これに合格すれば晴れてお二人はアイギス所属の暗殺者となりますので、どうか頑張ってください!」


 受付嬢――シャーロットさんがにこやかに笑って、白黒写真を二枚、私とマヒューにそれぞれ手渡した。私の方は、笑顔が素敵な老婦人が、マヒューの方は可愛らしい少年が映っている。


「こちらがです。期限は今より三日。三日後の深夜零時までにターゲットを暗殺できなかった場合は不合格です。暗殺出来次第、この封筒を空けてください。それにその後の指示が書かれていますが……暗殺成功するまでは空けないでくださいね」

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