第9話:時計仕掛けのオーク


「くそ、まさかあのババアの刺客か!?」


 何かを勘違いしたのか、豚仮面が蒸機銃を構えた。私は沈むように低姿勢になると、左右の手の〝ハンプティ・ダンプティ〟を構えて疾走。


「死ね!」


 豚仮面が蒸機銃をぶっ放す。それは古いタイプで反動も強いが、その分威力は高く、弾速も早い。あの巨体であれば反動もさして気にならないのだろう。


 だけど、そんなもの――来ると分かっていれば当たらない。


 この狭い廊下で銃で狙う場所は限られてくる。奴の予測を上回る動き――つまり……


「は?」


 真上から強襲する私の左右のダガーに彼は反応できない。


 殺さないように両腕を斬り落とすつもりだったが――甲高い金属音が鳴り響き、火花が暗い廊下を一瞬明るくした。


「っ! 」


 私は豚仮面が振るう蒸機銃を避けるためにバックステップ。彼のスーツの袖の切れ目から、歪んだ金属のパイプと歯車が覗いている。


「馬鹿が! この蒸機鎧をダガー如きで斬れるわけがない!」


 豚仮面がスーツを無理矢理破くと、下から、歯車とパイプが重なった全身鎧が出てきた。背中の排気管から高濃度の魔蒸が吹きだしている。


 残念ながら急所は全て分厚い金属で覆われており、ダガーで狙えそうにない。


「めんどくさいなあ!」

「小娘が!」


 豚仮面が叫ぶと同時に加速する。その速さ自体はさほどだが、問題はその巨体にあった。狭い廊下では、避けるには上を通るしかない。


 そしてそれを待っていると言わんばかりに銃を向けていた。


「死ね!」


 すぐそばにまで迫った豚仮面に対して、私がやったことはシンプルだ。魔蒸を脚甲と背中に集中させて真っ直ぐ突撃。


「俺と真っ向勝負とは良い度胸だ!」


 巨体が迫るが、私はその速度と勢いを乗せたまま、渾身の力で右手の黒いダガーをその鎧へと突き立てる。


 同時に集中させていた魔蒸を解放し一気にブーストしながら、トリガーを連打。銃声が連続で響き渡り、その衝撃と私の膂力によって――


「……馬鹿な」


 豚仮面の突撃は止まり、大口径の魔蒸弾と自らの勢いも合わさって――


「俺の……蒸機鎧が」


 ダガーを突き刺した胴体部分がバキリという鈍い音と主に割れた。


「まだこっちの分があるんだよ!」

「や、止めろオオオ!!」


 私は振りかぶった左手の白いダガーをその割れ目へと突き刺すと同時にトリガーを引いた。


「あがっ!」


 魔蒸弾で腹をぶち抜かれた豚仮面が膝をついた。


 私はくるりと回ると、垂直に蹴りを放つ。男の仮面だけを蹴り飛ばして、くるくると宙を舞う仮面をぱしりと掴んだ。


「もっかい聞くね? 貴方の組織とボスのことを話しなさい。この仮面を被った貴族のことよ」

「お前は……なにもんだ……なんでボスを……」


 私はナイフを振るうと、男の片耳が斬り飛ばされた。


「次は鼻を斬るよ。ほんとうの豚さんになりたいの?」

「まってくれ……頼む! 殺さないでくれ! 嫌だ……死にたくない……死にたくない! 俺は……!!」

「話せば命は取らないよ。貴方、脂肪のおかげでさほど傷は深くなさそうだし」

「ほ、本当か? そういえばあまり痛くない!」


 嘘だ。男は間違いなく致命傷を喰らっている。痛くないのは過度の興奮状態だからだろう。


「話して」

「お、俺は……〝下弦の豚騎士団〟の下級騎士で……ボスの趣味の為に少女を色んな孤児院から集めるのが仕事なんだ! だから今日もここに来たんだ! ここのババアは強欲でな、金欲しさに平気で子供を売るゲスなんだ!」

「そう。でも貴方も同罪よね」

「ち、違う! 俺は何もしてない!」


 私は男の耳元へと顔を近付けると囁いた。


「でも貴方から……子供の血の臭いがするわ。それはね、洗っても取れないんだよ?」

「ち、ちがう! あれはほんのお遊びで!」

「ボスの名前は? どこにいる? 答えなさい!」


 苛立つ私がダガーを男の首へと向けた。怒りで視界が真っ赤に染まっていく。


「あああ! 知らねえよ! ボスについては機密事項なんだよ!」

「じゃあ、誰なら知っている!?」

「それは……」


 男がゆっくりと院長室へと振り向いたその瞬間。私はようやく自分が全く冷静でないことに気付いた。


「あっ」


 私の横にあった男の頭が銃声と共に――弾け飛んだ。


 廊下の奥にある院長室の開いたドアの向こうに、ミレイユさんが立っており、手にはライフル型の蒸機銃が握られていた。


 その目には、怯えが見えた。


「し、死になさい!」


 私は男の死体を蹴って、壁際へと回避。すぐ顔の横を魔蒸の尾を引くライフル弾が通っていく。


 怯えていながら、あの腕前。ミレイユさんはどうやら狙撃の名手のようだ。


「アイギスの資料……全然役に立たないじゃない!」


 私は再び迫る弾を避ける為に壁を蹴って加速。窓から外へと出る。


 あの狭い廊下で、しかもターゲットと距離が離れすぎている以上、ライフル相手にあそこに留まるのは不利だ。


「まさか、こんなところで……あいつらの情報が得られるなんて!」


 私は男から奪った仮面を腰のベルトの間に挟みつつ、魔蒸を前方に放って反転、壁際へと戻る。更に壁面を蹴って、院長室の窓へと近付くと同時に、窓のガラスを叩き割った。


「ひっ!?」


 ミレイユさんの声を聞きながら室内に侵入。私は大きなデスクを乗り越えて、ドアを閉めてライフル銃をこちらへと向けようとする彼女へと接近する。床を蹴りながら魔蒸を噴射して超加速。


「え、速――」


 ミレイユさんが何かを言い切る前に、私はダガーを跳ね上げ、ライフル銃を切断。さらにミレイユさんに足払いを掛けて転倒させる。


 素早く組み伏せ上に乗ると、その細く、シワの刻まれた首へとダガーを滑らせた。


「私の質問に対する答え以外を話せば殺す。抵抗しても殺す」


 ミレイユさんが私の言葉に、コクコクと頷いた。その目は恐怖に染まっている。


「豚騎士団とやらのボスについてだ。名前と所在地を答えろ。お前がそれを知っているのは分かっている」


 しかし、ミレイユさんは首を横に振るばかりだ。


「……あと一度しか聞かない。豚騎士団のボスについて知っていることを全て吐け」

「い、言えないわ……言ったら死ぬよりも酷い目に合うのだから」

「じゃあ死になさ――え?」


 私は、ダガー動かそうとして……それを止めてしまった。


 なんだあれ。ありえない。絶対にありえない。


 廊下から……音が聞こえる。鼓動が聞こえる。


 廊下にはもう誰もいないはずだった。


 それが、こちらへと猛スピードで向かってきていた。


「っ!!」


 私はミレイユさんの上から離れると同時に、デスクの上へと着地しダガーを構えた。その瞬間――あの分厚かったドアが黒い何かによって破砕された。


 ミレイユさんが絶望の声を上げる。 


「ああ……獣が……獣がやってく――」


 ドアを破ったそれが、巨大な足でミレイユさんの頭を押し潰した。


「オオオオオオオオオオオオ!!」


 雄叫びを上げるそれを端的に表現するなら――半分時計仕掛けのだった。だが、豚と呼ぶには、あまりに凶暴で醜い姿だ。御伽噺フェアリーテイルで出てくる、豚鬼――オークと呼ぶ方がしっくりと来る見た目だ。


 その顔は半分以上が潰れており、その代わりに金属や歯車が顔を形成していた。その黒く変色した身体は脂肪と筋肉の塊で、両手両足には金属が融合しており、蹄の代わりとなる歯車がギチギチと嫌な音を鳴らしながら回転している。右手はあの古いタイプの蒸機銃と一体化しており、まるで槍のように手の先から飛びでている。


 その胴体部分は見覚えのある蒸機鎧が埋め込まれており、背中から突き出た肋骨らしき骨から高濃度の魔蒸を吹き出している。


「まさか……さっきの?」


 さっき、頭をミレイユさんに撃ち抜かれたあの男なのか? 


 どう考えても、あの男は死んだ。だけどオークの身体を構成する金属部や武器を見る限り、間違いない。


 つまり彼が何らかの理由で復活して、金属と融合した醜い豚の姿になったということか。


「ブモオオオオ!! コロスコロスコロス!!!」


 オークが魔蒸を吹き出しながら叫ぶと同時に、私へと突撃してくる。


 その動きは、生前の男の動きとは比にならないぐらい、速く、そして重かった。左腕の一振りで、デスクがまるで紙切れのように千切れ、床が破壊される。


 それはまさに獣の膂力と呼ぶに相応しい一撃だった。


「まさか……まさか……」


 覚えがある。私は知っている。


 一度、確実に死んだのに生き返って……しかも獣になったという、まるでありえない現象。


 それを確か、ベアトリクスはこう呼んでいた。


 ――〝魂の獣化〟、と。


☆☆☆

【作者よりお知らせ】


ハイファン新作投稿しました! 保存スキルを使いこなす主人公とピーキー性能な魔女のコンビによる店舗経営物です! よろしければご一読を


ハズレスキル【保存】しか使えない俺が始めた道具屋だが、Aランクパーティから追放された威力絶大/詠唱時間三日なピーキー魔女と組んだら大繁盛した件

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