第2話 解決編
「失踪した時の状況は?」
消耗しきった西島が答える。
「ショッピングモールで買い物をしていたんです。カートを片付けるために一瞬だけ、目を離したら、いなくなっていて……」
「君も警察関係者なら分かると思うが……」
私が西島に対して「君」などと言えるのは、これまでの事件解決を経て何度か顔を合わせたことがあるからであり、なおかつ何度か食事をしたことがあるからであり、酔っ払い、気が大きくなった西島と、「風紀の取り締まりだ」と称してラブホテルの前で未成年の不純異性交遊がないかを取り締まるべく待ち伏せをするだなんていう、意味不明というか狂気の沙汰というか、真正面から正気を疑うような戯れごとに興じた過去があるから、である。
「目を離してから失踪までにかかった時間を教えてほしい」
「正確なところは分かりませんが、おおよそ一分くらい……」
「一分って結構長いぞ」
「分かりません。四十秒くらいだと信じたい。たかだかカートを片付ける間のことだったんです」
「まぁ、普通なら三十秒くらいで済むな。そこから一香ちゃんの行方を確認しに行くのに十秒くらいかかったとして、四十秒というのは妥当なラインだろう」
「そんな短時間での誘拐なんて……」
「……可能なことくらい君も理解しているはずだ」
西島は黙る。まったく日本の公務員は。自分が被害者になった途端プロ意識の欠片も持てなくなるのか。こういう時のための知識だろう。今活かさないでいつ活かすんだ。『96時間』のリーアム・ニーソンくらいの気概を見せたらどうだ。
頭を抱える西島。私は確認をする。
「警視庁として来ているのか……」
「個人で来ている」
「警察はこのことは……」
「認知している」
「じゃあ警察の手に委ねた方がいいことくらい君も……」
「知っている。だが何もしないではいられないんだ! 俺にはあの子しかいない!」
立ち上がる西島。その椅子はかつて永場が座っていた席である。
永場。変態女刑事。「ブリーフ殺人事件」では私に啖呵を切ったやり手の女だが後にSM系ハプニングバーに通っていたことが私の手によって明らかになり、以来それとなく脅して……脅迫すると犯罪になってしまうので、「どうなりそうか分かるね?」と穏やかに諭し……個人的に「壁に埋め込ませてもらっている」女である。壁は私が私の自宅にそれらしいものをDIYして用意した。毎週日曜日。私は永場の尻を犯している。永場が生理の時は上半身だけを露出させるタイプの壁尻にして口や鼻を犯している。そろそろ飽きてきたが捨てるのは手間だしもったいない。
まぁ、あんなオナホ豚女のことはどうでもいい。西島だ。この哀れな西島。
話を聞いた。どうやら西島はつい最近妻と別れたらしく、長い裁判の末親権を何とか獲得したということ。今年の四月から娘と二人、都内のマンションで慎ましく暮らしていたこと。最近……直近一カ月ほど……元妻とよりを戻しつつあること。色々聞いた。そのほとんどがどうでもいい情報だったしこんな話を聞いているくらいなら使い古した永場のケツに指を突っ込んでいた方が楽しいくらいだったが、しかしまぁ、友人なので聞いてやった。
まず、私が指摘したことは二つ。
一つ。
「失踪児童の共通項を探れ」
二つ。
「ネット上の些細な情報でも探れ」
それから、それら二つに共通した五つのポイントを提示した。
西島は頷く。
「や、やってみる……」
「……みる?」私は睨む。西島は唇をキュッと結び、強い目線を投げてくる。
「やる。やり抜く」
西島は去っていった。私はカップラーメンにインスタントコーヒーという昼食を済ませた。
私が本件で着目したのは以下だ。
一、児童たちが怪しむことなくついて行っている。そう、まるで「その人について行くのが当たり前だ」と思っているかのように。
二、「楽園」と書かれたシャツ。日本人が着ているのだとしたら絶望的なセンスの持ち主である。
三、児童たちが一人になるタイミングを知っているような状況下での犯行。
四、身代金を要求しない。
一説によると、誘拐事件の被害者が無事でいられる時間は「九十六時間」らしい。逆に言えばこの時間内に決着しなかった誘拐はほぼ確実に「悲惨な」結果に終わる。本件は既にいくつもの事件が「九十六時間」を過ぎている。
五つ目の注目ポイントを加えよう。
各地でこれだけの被害状況が出ていながら、ご家族があまり公式に動きたがらない、というものだ。
例えば単なる失踪だとすれば……実際本件はかなりの件数が起こるまで失踪だと認識されていたのだが……、家族がポスターを作るなり、SNSで呼びかけをするなり何なりしたはずだ。しかし私が本件について調べた限りではそのようなことは一切ない。異なことである。
果たして翌日。西島が髭を剃った姿でやってきた。
傍に誘拐されたという、一香ちゃんを連れて。
*
西島の元妻、梅田遥香が逮捕されたのは西島が初めに憔悴しきって私の元にやってきた、僅か十時間後のことだった。
警察として、親として、徹底的な執念を見せた西島が私の提示した着目点について調査。着替えはもちろん食事もせず糞尿も垂れ流さんばかりの勢いで調査を進めた西島が辿り着いた、「失踪児童の共通項」および「ネット上の些細な情報」。それが以下だった。
まず、失踪児童はどれもある裁判沙汰に巻き込まれていた。ある子は父に、ある子は母に、ある子は祖父母に、ある子はその他親戚……例えば移民してきた外国人……に、親権を巡る裁判に巻き込まれていたのである。
次に、ネット上の情報を漁った結果、「親権を獲得できそうにないけれどどうしても我が子が欲しい」人間が集まるグループが日本各地に点在していたことを確認。簡単な誘拐の方法、誘拐後の身の隠し方、子供の隠し方、誘拐しやすいタイミングなどの情報を共有していることが明らかになった。
このグループについてさらに調べていくと、本件で確認されている失踪児童の関係者を確認できた。その上現在進行形で複数児童の誘拐計画が持ち上がっていたため、警察は当該グループの関係者を全て現行犯逮捕。証拠不十分の人間も数名いたが余罪がある人間も多く、日本各地で「善良そうな」親御さんが逮捕されるという、ある種の社会現象が起きた次第である。一部には帰化したばかりの外国人などもおり、「楽園」と書かれた絶妙にダサいシャツは漢字に憧れを持つ人間が着ていたシャツだった。どうやら親権問題は「日本国籍ではない」あるいは「純日本人ではなさそう」な条件下では不利になる傾向にあるらしく、そういう人たちの温床にもなっているのが本グループだった。
梅田遥香はそんな「誘拐グループ」に所属していた母親の一人だった。
経済的事由、及び育児態度などを理由に親権を剥奪された彼女はそれでも一香ちゃんに執着。彷徨っている間にSNS上で問題のグループに接触。一香ちゃん誘拐計画を練り、そのためだけに西島に近寄り、よりを戻すふりをして一香ちゃんの情報を聞き出し、一香ちゃんに個人的に連絡すると……西島家には家族用のタブレットがあり、一香ちゃんがアクセスできる連絡先があった。梅田遥香は一香ちゃんに「待ち合わせ場所」を教えた後、一香ちゃんに当該メッセージを削除するよう指示までしていた……「待ち合わせ」当日に一香ちゃんと合流。「お父さんとお話しするからね」と言い聞かせながら拉致。その後隣県の実家にて面倒を見ていた、という次第だそうである。
西島から誘拐の連絡があった時も梅田遥香は徹底的に無視。お前はもう用済みだと言わんばかりの態度をとっていたがそのことが逆に西島にインスピレーションを与え……不審だと思ったらしい……「失踪した児童で親権問題の関与した児童」を探したところ、確認できる限り全件が引っ掛かったのでもしや、と思い……。
これが本件解決の次第である。
「女は、駄目ですね」
私の研究室。
西島は一香ちゃんを抱えながら笑った。
手土産にGRANNY SMITH APPLE PIE & COFFEE 「ダッチ クランブル」を持って来ていた。アップルパイである。
「もう完全に、女性不信になってしまいそうで」
「分かりますよ。実に」
私が生涯で信頼した女性はただ二人である。
永場? あんなのはただのオナホ豚だ。家畜に劣る。
母親?
姉妹?
最悪だあんな生き物は。私に生理用品を洗わせるような連中だった。とっくの昔に縁を切っている。
私が愛した女性。
今は何をしているか分からない。
ただその二人の幸せを祈りながら。
私は西島に微笑みかける。
「碌なもんじゃないでしょう」
西島が照れたように微笑む。
「本当ですね」
私が西島の新たな性癖を開拓してしまわないか。
それだけが心配である。
了
楽園誘拐事件 飯田太朗 @taroIda
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