第32話

「だから野上さんは何度もさあやさんに呼びかけていたんですね」

「そうです。ですからなぜ何かを感じたのなら、一度でも諸星さんの手を取らなかったのかと。それが本当に残念です。それ以前に我々に助けを求めていたら、結果は違ったものになっていたでしょう」

「そう、なにかやらかしたから、頼れなくなったと言ってましたが」

「やらかしたのは事実です。でもあの程度のこと、私は少しも気にしていませんでした。しかし野上さんは必要以上に気にしてしまった。彼女は真面目過ぎたんですね。野上さんが声をかけてくれるのを待っていたんですが、私のほうから声をかけるべきでした。本当に悔やんでも悔やみきれません」

まあやが言った。

「滝田さんのせいじゃないです。ただ間が悪かっただけです。誰のせいでもないんです」

「ありがとう。そう言ってもらえると、少しは救われたような気がする」

その後、みんな黙り込んでしまった。

そこに尼僧が口を開いた。

「その話は言いっこなしです。とにかく除霊は成功しました。あとはさあやちゃんをともらってあげましょう」

「そうしましょう」

「それがいい」

「手厚くともらいましょう」

少しだけ、空気が和んだ。


帰りも滝田の車で送ってもらった。

滝田は相変わらず話しかけてきたが、諸星も三回目なので、少しは返すようになった。

しかし諸星はその間、ずっと同じことを考えていた。

もう会えないのだろうか。

もう一度滝田さんに会いたい、と。


次の日、普通に仕事に出た。

上司は「体調不良ぐらいで休むなんて」と仕事もせずにずっとぐちぐち言っていた。

諸星は「体調不良なら休むのが当然だろう」と仮病にもかかわらず、ツッコミを入れ続けていた。

上司のぐちぐちは止まらない。「

忙しいのに」だの「仕事が山積みなのに」だの、周りに聞こえるような大きな声でずっと小言を言っていた。

諸星だけでなく、周りの同僚もそれにうんざりしているようだ。

諸星は、人の悪口を言っている暇があったら仕事しろ、と心の中で何度も言っていた。

すると諸星の携帯が鳴った。

見れば滝田からだった。

「もしもし」

「ああ、諸星さん。昨日は本当にありがとう」

「いえいえ。ところでどうしました?」

「突然で申し訳ないんですが、諸星さんに大事な話があるんです。諸星さんにお願いしたいことがあって」

「なんですか」

「今の仕事が諸星さんにとってどれ程大事なのかがわからないんですが、今はそれを無視してお願いします。今の仕事を辞めて、うちの寺で働いてくれませんか」

「えっ、私がですか」

「そう。諸星さんなら人格、能力ともに申し分ないです。私の寺は私一人しかいなくて。だから前々から誰か手伝ってくれないかと思っていたんです。もし諸星さんが来てくれるなら、それなりの給料は払いますから、ぜひお願いしたいんですが。考えてみてくれませんか。もとろん返事は今すぐでなくて、充分考えてからでもいいんですが」

「行きます。喜んで」

諸星は思わず大きな声で言った。

上司はもちろんのこと、周りの同僚も一斉に諸星を見た。

滝田が言った。

「ありがとう。そんなにあっさりと引き受けてくれるとは思わなかったんで、正直びっくりしているが。でも本当に嬉しい。では引継ぎがあると思うけど、なるべく早く来てほしい」

「行きます。今すぐに」

「えっ?」

「待っていてくださいね」

諸星は電話を切った。

上司はしばらくぽかんとしていたが、やがて前にも増して大きな声でぐちぐち言い出した。

諸星は両手を上げると、その手で思いっきり机を叩いた。

――痛っ!

痛かった。

だがそのおかげで思ったよりも大きな音が出た。

上司のぐちぐちが止まった。

諸星は立ち上がり、上司のもとに向かうと言った。

「私、この会社、今すぐに辞めます。今までお世話になりました」

上司は目を見開いて諸星を見ているだけで、何も言わなかった。

諸星は机に戻って急いで私物をかき集めると、そのまま外に出た。

そして思いっきりガッツポーズをした・。


       終

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さまよう首 ツヨシ @kunkunkonkon

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