戦火の駅
口羽龍
戦火の駅
浩一はこの春から社会人になったばかりの22歳。大学に進学した時にこの街にやってきた。もうこの街に来て4年の月日がたった。すっかりこの街に慣れ親しんだ。友達もたくさんできた。何もかもが幸せな日々だった。そして、今秋から社会人になった。社会人になってもたくさんの友達を作りたい。夢と希望を膨らませていた。
今日は社会人になって最初の週末だ。浩一は職場の最寄りの駅の近くにある居酒屋で飲んだ帰りだった。ジョッキ3杯を飲んで、ほろ酔い状態だった。明日は就職して初めての週末。何をしようか考えていた。
浩一は平井駅にやってきた。駅にはまだ客がいたが、とても少なかった。職場に向かう時に降り立った時と全然違っていた。あの時は降りて職場や学校に向かう人々でごった返していた。しかし今の時間帯はとても静かだ。
「あと3分で下り最終電車が参ります。お乗り遅れの無いようご注意ください」
駅員のアナウンスが聞こえた。乗り遅れたら自宅に帰れない。浩一はアナウンスで酔いが覚めた。それを聞いて浩一はホームに急いだ。
「まもなく、下りの最終電車が参ります。お乗り遅れの無いようご注意ください」
下りの最終電車がやってきた。最終電車は普通電車だった。
浩一は最終電車に乗った。乗っている人々はまばらだった。車内は静かで、電車のコンプレッサーの音がよく聞こえた。車内には若い男女はあまりおらず、中年の男女がちらほらいるぐらいだった。浩一の乗った車両には1人の中年の男性がいた。中年の男性は泥酔状態で、足を広げて眠っていた。
「扉が閉まります。ご注意ください」
扉が閉まり、最終電車はゆっくりとホームを後にした。最終電車が去ると、ホームは照明が落とされ、暗くなった。
駅を出て次の駅に向かっている途中、ホームに立つ人の姿が見えた。その男は戦時中の人が来ているような服を着ていて、名札を付けていた。
浩一は驚いた。そこに人がいると思っていなかった。
「そこに駅ってあったかな?」
浩一は首をかしげた。次の駅まではまだ距離があるのに、どうしてこんなところで人が待っているんだろう。
浩一はその様子をスマートフォンで撮影した。浩一はすぐに撮影した写真を見た。するとそこには、何人もの人がホームにいた。
浩一は首をかしげた。あの時は1人しかいなかったのに。どうしてこんなにいるんだろう。
更に浩一はあることに気づいた。屋根から駅名標が垂れ下がっていたからだ。よく見ると、『橋井平』と書かれていた。
約10分後、最終電車は自宅の最寄り駅に着いた。浩一はあのホームのことを考えていた。あのホームって、何だろう?明日は休みだから調べてみよう。明日、浩一はそのホームのあった辺りを散策することにした。
翌日、浩一は職場の最寄り駅の前の駅、南平井で降りた。浩一は昨日のことが気になってその駅の周辺を歩こうと思っていた。
「確か、この辺りだったな」
すると、高架下に古びた建物があった。使われなくなってもう半世紀以上が経っていると思われる。その上には、ホームらしきものがあった。
その時浩一は、昨日のホームのことを思い出した。確か、このホームだった。浩一は酔っていたが、昨日のことはよく覚えていた。
浩一は中に入った。立ち入り禁止のバリケードはなく、簡単に入ることができた。
浩一は建物の1階を見渡した。1階には切符売り場とラッチの跡があった。1階は薄暗く、煤だらけだった。何年も掃除されていないみたいだ。
「この建物、あのホームの駅舎だったのかな?」
ラッチの先には階段があった。この先にホームがあると思われる。
「これは!」
浩一が天井を見ると、時刻表があった。埃ですすけてはっきりと見えないものの、通勤に使っている私鉄の時刻表だった。よく見ると、昭和20年のだった。横文字は右から書かれていた。
「ここって、駅だったんだ。でも、どうしてなくなったんだろう」
その時、大きな足音が聞こえた。浩一は振り向いた。すると、軍隊の幽霊が行進していた。ここから出征して、戦死した兵隊の幽霊と思われる。
「な、何だ?」
浩一は驚いた。幽霊が出ると思っていなかった。浩一は震えた。肝試しなんてしたことがなかった。幽霊は大の苦手だった。
突然、サイレンが鳴った。それと共に、焼夷弾が落ちるような音がした。そして、何人もの幽霊がやってきた。幽霊は悲鳴を上げ、子供の幽霊は泣いていた。
「うわー!」
浩一は悲鳴を上げた。早くこの建物から逃げないと呪われる。もしくは殺される。
浩一は全速力で逃げた。何なんだあの建物は。何なんだあの幽霊は。だったら昨日あのホームで見たのは幽霊だったんかな?浩一は昨日の出来事におびえていた。
浩一は駅の外に逃げた。浩一は冷や汗をかいていた。全速力で走って息切れしていた。
浩一が顔を上げると、そこには男がいた。その男はカメラを持っていた。どうやらその廃駅を取っているようだ。
「すいません、何をしているんですか?」
「見ての通り、写真を撮ってるんですよ」
男は笑顔を見せた。その駅の写真を撮るのが楽しそうな様子だ。
「どうして?」
浩一は信じられなかった。幽霊が出るこの廃駅をどうして撮っているんだろう。こんなの撮ったら幽霊が写真に写るじゃないか。
「私、鉄オタでして、この廃駅を撮りにきたんです」
その男は鉄オタで、その中でも電車や駅舎などの写真を撮るのが好きな、いわゆる『撮り鉄』だった。その男はこの廃駅を撮りに来ていた。
「そうですか。私、昨日この駅の中で幽霊を見たんですよ」
浩一は今さっき見た幽霊のことを話した。浩一はホームで見た幽霊のことや、駅で見た幽霊のことを思い出していた。
「そうですか。ここは平井橋という駅だったところで、昭和20年に廃駅になったんですよ」
撮り鉄の男はその駅舎のことを知っていた。雑誌やインターネットでそのことを聞いて、実際に行って、生で見たいと思っていた。
「そうだったんですね。だから、時刻表が昭和20年のままだったんですね」
浩一は時刻表のことを思い出していた。あの時刻表が昭和20年のままだったのは、その年で廃駅になったからだと初めてわかった。
「この駅、太平洋戦争でこの街に空襲があった時に、多くの人々が避難してきたんですね。でも、そこにも火の手が回って、そこに避難していた人々はみんな死んだんです。平井橋駅はその翌日から休止、翌年に廃駅になったんですって」
撮り鉄の男がこの駅で起こった惨事について語った時、浩一の背筋が凍った。
あの時聞いたのは空襲警報で、あの幽霊は駅に逃げた人々の幽霊だったんだと。だとすると、あの幽霊は平井橋駅に逃げたが、そこにも火の手が回り焼死した人々の幽霊だ。そして、あの軍隊は、この駅から出征して死んだ兵隊の幽霊なんだ。
「そうか、その駅でこんなことがあったんだ」
浩一は小学校の頃、夏休みの登校日や夏の国語の授業で戦争のことについて学んだことがあった。しかし、この日本にはまだまだあまり知られていない戦争の悲劇があるんだ。
浩一と撮り鉄の男は手を合わせ、彼らの冥福を祈った。この駅で起こった悲劇を思い浮かべながら。南無阿弥陀仏。
戦火の駅 口羽龍 @ryo_kuchiba
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