うそついたら はりせんぼん のます



ついに主がいなくなり静まり返った家の中、正一は乾いた笑いを上げ、時折そう口ずさみながら、鬼頭家の当主のものであった麻の着物で返り血を拭い取ると、その手で箪笥を開けては閉めを繰り返し、中身を引っ掻き回していた。


夢中で盗みを働こうとする正一は、背後にゆらりと立ち上がる影に気付く様子は無い。畳を踏みしめる音がすぐ背後に迫ったとき、漸く気付いて振り返った正一が見たのは、やや形の崩れた綿帽子を被った影である。


それは先ほど胸を突いて殺したはずの文子だった。


刺し方が甘かったかと、慌てて床に捨て置いた短刀を手に、再び止めを刺そうと踏み込んだ。


しかし、差し込む月明かりの下で正一がみたのは、美しい娘の顔とは似ても似つかぬ鬼の顔だった。


怒りと恨みと悲しみを募らせて鬼と化した文子ふみこは、その様相に愕然としている正一の喉笛に喰らいつき、千本の針のように鋭い爪でずるりと顔面の皮を剥ぎ、拳固のように固い牙で頭を砕いた。



哀れな男の断末魔は、山の木々に吸収され、町へ届くことは無い。



静かな部屋の中、にちゃにちゃと血肉を啜る音だけが響いていた。最後の食事を味わうように、人間として生きた全てを思い返すように。心なしか上品な仕草を残した一人の鬼女が、かつて愛した男を貪っていた。

 


「…正一さん。約束したではないですか。幸せにしてくださるのではなかったのですか。嘘を付く人間は嫌いだと申したではありませんか。何故、約束を破ってしまわれたのですか」



か細い声が鬼の喉から零れ出る。


答える声はない。



力をすっかり失った肢体したいは血溜まりの中、ぴくりとも動かない。暫く鬼はじっと男を見下ろしていたが、ふっと影が動いて男の腕を掴み上げた。がりっと嫌な音が響き、そのまま男の小指は食い千切られた。



「ゆびきった」


少ししわがれた唄の一節の後は暫く、

小さな嗚咽が部屋に響き続けた。

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ゆびきり 伊月 杏 @izuki916

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