そう、約束をしていたのに。

どうしてこうなってしまったのでしょう。



はじめは、何が起こったのか分かりませんでした。僅かの時間のはずなのに、目に映る景色はゆっくりと流れ、その声は頭を打ち鳴らすように反響して聞こえました。


黒ずんだしゅに染まる座敷の真ん中で、正一さんは笑っておりました。笑って、こちらを見ておりました。


畳の上には散らばった紅白の御膳と、酒瓶と、折り重なるようにして息絶えているお父様とお母様の姿がありました。二人を粗末に足蹴あしげにしてどかすと、外から煌々と照る満月を背負った正一さんは、掠れた声で私の名を呼びました。



そして、生まれて初めての猛りの声をあげた私のことなどものともせず、微笑んだままで右手に握ったやいばを、既にお父様とお母様の血で濡れているその切っ先を、まっすぐに私の胸に突き立てたのです。


これまで鬼頭家が代々受け継いできた美しい白無垢が、そこからじわじわと赤く濡れていく様を見つめながら、私は自分の愚かさに漸く気付きました。



はじめからそのつもりだったのだ、と。



目当ては気に入った女でも暖かな家庭でもなく鬼頭の財産だけだったのです。神社によく訪れていたのも、もしかしたら下見のつもりだったのかもしれません。私も、お父様もお母様も、正一さんの巧妙な演技にだまされていただけだったのです。本物の愛とはこのことなのだと、勝手に自惚れていたのは私だけでございました。なんと滑稽こっけいなことでしょうか。



つい先程まで、共に山に沈む夕陽を眺めて、この家に来れて良かったと、しみじみと語る正一さんの横顔はとても晴れやかだったのに。


あれも、それも、全て、嘘だったのです。



滅多に呑まない酒を呑み、上機嫌だったお父様は、真正面から心の臓をひと突きに。事態に気付き、動かなくなったお父様に泣き縋ったお母様は、着物を掴んで組み伏せられ背後からうなじを真一文字に切り裂かれました。哀れな獣のような声をあげて命ついえるお母様。


その様子を、私は何が何だか分からないまま、上座から見つめることしかできませんでした。恐怖で身体が動かなくなってしまったのです。ですが駆け寄るまでもなく、私もこの男の手によって両親のもとへ送られることとなるようです。



突き刺さったままの刃の先が、痛くて、熱くて、苦しくて、悲しくて。私たちを裏切り、幸せと未来を奪った正一さんが許せなくて。そして同時に、冨だけを求めてこれほどまでの演技を成し遂げた正一さんが哀れで仕方ありませんでした。


冨を得て何とするつもりなのでしょう。農村の貧しい父母に持ち帰るつもりなのでしょうか。いえ、もしかしたら、その話も嘘だったのかもしれません。


薄れゆく意識の中、正一さんが一言、好きだと囁くのが聞こえた気がしました。私は、嘘をつく人間が嫌いでした。胡散臭い微笑みが霞み、このまなこに好いた男の顔を焼き付けたまま、私は人間のせいを終えたのです。

 


 

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