第8話 詐欺師にアップルパイを

「いやー。メッセージくれて助かった! 頼みたいことあったんだが、こっちから連絡するのも気が引けて……監視の目も、冷たかったし?」


 私をカウンターに誘導しながら、彼は肩をすくめて残りの二人に視線を送った。私は緊張しながら席につく。


「今日の今日で来てもらえるなんて、タイミングもよかった!」

「……なんのタイミングですか?」

「うるさい二人の目の前で交渉ができる。信用無いんだよな」


 はぁ、と男の人が息をつく。


許勢こせさん、こいつの口先に騙されないように。なんの交渉か知らないが、よく考えて」

「えっ」


 なんで、名前?

 ぎょっとして男の人をまじまじと見てみるけれど、上手く思い出せない。大学の関係者でもなさそう。

 雰囲気を察したのか、彼は名刺を取り出した。


「みなと南署……あっ! うちに来た!」


 え? 私服で刑事がいるって、何? 張り込み、とか?

 彼女も警察関係者なのかと、振り返ってみる。ええと、あれ? 彼女も見覚えがあるような?


「私が帰った後で、粗相したんでしょ? ごめんなさいね。まさか見ず知らずの人のお菓子に手を出すとは思わなかったの……」


 お菓子……


「あっ!」


 喫茶店で、東雲さんを置いて出て行った人!

 彼女も慣れた様子で名刺を取り出す。

 カノープス出版、編集、記者……と、いうことは、やっぱり、やっぱり?!


「東雲さんって、『西雲にしぐも そら』なんですか!?」


 鞄の中の最新刊の著者名を立ち上がって叫ぶと、東雲さんは照れたように笑った。力が抜けて、すとんと椅子の上に身体が落ちる。いや、でも、待って。まだ上手く繋がらない。


「ど、どうして刑事さんが? 何かの捜査、とかですか?」


 おそるおそる尋ねる私に、彼は笑った。


「いや。今日は非番なんだ。休み。俺たちは、いとこ同士なんだよ」


 母親が三姉妹だから、苗字がバラバラなのだそうだ。


「私は業界が一緒だからお目付け役を任されてるんだけど、ちょっと目を離すとトラブルを持ってくるから、こうして妙なことを始めると見張りにね……あの日だって、もう一歩で児童買春だって訴えられそうになってて」


 思い出したのか、彼女は片手で頭を抱え込んだ。


「児童買春?」

「誤解だって。女子高生の偽らざる姿を知りたくてだなぁ。手は出してないって」

「そうね。向こうが嘘だって認めてくれたから良かったものの」


 女子高生の取材? そういえば、二度目に会った時、普段の生活もあれこれ聞かれた。あれは、取材も兼ねてたのか!


「その説教の直後に卒業間近の女子高生に声かけてるとか、普通ないから!」

「だって、俺のファンがくず男に酷い振られ方してるんだぞ? 元気づけたくもなるだろう?」


 ファン? そうだ。東雲さんは私がミステリ好きだって知ってた。


「どうして、ファンだって……」

「ん? テリちゃん、彼が待ち合わせによく遅れるから、本読んでたじゃないか。俺、あの店の常連だから、あの男が別の日に別の子と待ち合わせしてたのも知ってるんだよな。自分の本読まれてたら、わかるし、途中から彼氏が時間通りに来ると、ちょっと迷惑そうな顔してたのも知ってる。彼氏より、俺の本の方が読みたいんだなーって……」


 にやにやと笑った東雲さんに、左右から手のひらが飛んだ。


「お前じゃなくてお前の作品が、ってとこをちゃんと自覚しろよ」

「ひでぇ! 刑事が暴力ふるっていいのかよ!」

「暴力じゃないわ。愛の鞭よ」


 二人ともマジ顔なので妙にシュールだ。私が突っ込むタイミングも外してしまった。小さく深呼吸して、頭の中を整理する。


「……それで、頼みって何ですか?」


 その一言に、立ち上がっていた二人もまた腰を下ろした。


「それがさ、次をせっつかれてるんだけど」


 女性に指を差しながら、東雲さんは肩をすくめる。


「どうにもうまく纏まらないんだよな。テリちゃんのアップルパイ、ちょっとだったけど、あのあと面白いぐらいに色々浮かんでさ。チョコじゃ甘すぎるし、クリームは脂っぽい。いい糖分補給だったんじゃないかと思って。また作ってくれないかな、なんて」

「……しますか?」


 ぎょっとして、彼は両手を振る。


「バカ言え! アレは抜きだ! 新刊、買ってくれたんだろ? サインするからさ。な? しばらく俺はこのカフェのオーナーだから、適当に届けてくれればいいからさ。ほら、飲み物もサービスするし!」


 そう言って、彼は名刺を差し出した。


 カフェ『Sky』 東雲 航路


 裏返してみる。そこにはやっぱり日付が記されていた。今度は8/5~9/30だ。


「詐欺師は」

「詐欺師?」


 刑事さんと女性は怪訝そうな顔で声をそろえた。


「あれはもう廃業だ」


 東雲さんのニッと笑ってウィンクする様子に、そうだろうかと半眼になった。

 実は、あれが本業なんじゃないのかと。

 とりあえず、私は鞄から買った新刊を取り出して彼に渡す。アップルパイは……もう少し話を聞いてから決めよう。

 表紙裏に書かれたサインの横には、いびつなアップルパイの絵が添えられていた。




#詐欺師にアップルパイを おわり#

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

詐欺師にアップルパイを ながる @nagal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説