第7話 謎解きにスパイスを
結局、何が情報交換だったのかわからぬまま喫茶店を後にして、彼とはそれっきり。
彼女のことは事故死だと小さなニュースになった。
志保から回ってきた話では、ようやく捕まえそうになった幸せを取りこぼした悲恋物語になっていた。なんとも微妙な気分だ。彼女は一晩中アップルパイを作っていて、どうしてもうまく焼けず、寝不足だったのではないかという話も聞いた。それで拒否されちゃったら、まあ確かに悲しいよね。私にも、少しは責任がある、のかなぁ。
どうにしても、真実は彼女しか知らない。
もやもやしたまま大学生になり、初めての夏休みを迎える頃、好みの作家の最新刊を手に入れた。帯には「新境地!」なんて言葉が躍っていて、期待値が高い。
我慢できずに、近場のカフェに入り込んで読み始めてしまった。
『蜜毒は林檎に潜む』というタイトルのそれを読み始めてすぐ、私は既視感に襲われた。
え。ちょっと待って? 似てない?
人物配置、小道具。まだ冒頭だけど、え。ナニコレ。
仕事が無くて、行きつけの喫茶店で、つけでコーヒーを飲ませてもらっている自称探偵。近くのテーブルでの痴話げんかを聞くとはなしに聞いていて、それは別れ話に発展する。執拗に勧められるアップルパイ。別れを切り出した彼氏が立ち去った後、気になって振り向くと、彼女の方は思いつめた表情でそのアップルパイを見つめていた――
変な動悸に襲われながら読み進めると、事件の詳細も動機も結末も違いはするけれど、トウマと別れたあの時のことがちょいちょい重なる。純粋な謎解きよりもそっちの方にばかり気が行ってしまって、全然楽しめなかった!
極めつけは、巻末の後書きに「協力してくれたテリちゃんに感謝を」と入っていたこと。
私はあれ以来一度も使わなかったアドレスに、本の写真と共にメッセージを送る。
――どういうこと!?
氷もだいぶ溶けたアイスティーを飲んでしまっても返信が来なくて、諦め気味に腰を上げた。
下剤入りアップルパイの件はチャラになっているはずなので、返事が来なくても仕方がないとは思う。名刺の電話番号も頭を掠めたけど、アレが本物かも今も使われているかもわからないし、そこまで強く問い詰めるのも……ファンとしてはしたくない。詐欺師のおじさんになら、詰め寄れるのだけど。
支払いを終え、外に出たところで通知音が鳴った。
画面には地図情報だけ。
来いってこと?
考える――こともなく、その場で私はUターンした。
# # #
示された場所には小さなビルが建っていて、その一階が小さなカフェだった。ただし、窓にはブラインドが下ろされていて、ドアにはcloseの札がかかっている。上の階には会社がいくつか入っているようだ。
しばらくうろうろと行ったり来たりして、ブラインドの隙間から覗けないかと窓に顔を寄せたり、ドアの上の小窓から覗こうと背伸びしてみたりしたのだけど、中はよく見えなかった。通行人の視線もあってちょっと恥ずかしい。絶対ここだという確証もないし、やっぱり帰ろうかと息を吐いた。
ぐずぐずと迷っているうちに、不意に目の前のドアが開いた。内側から伸びた手に手を引かれる。つんのめるようにして中に入れば、忍び笑いと数人の人影が目に入った。
私の手を引いたのはTシャツにジーンズのラフな格好をした男の人。どことなく見覚えがあるような。
カウンターに座ってこちらを振り返っているのは女の人で、そのカウンターの向こうにいるのが東雲さんだった。長い前髪はハーフアップにされている。
「よう。久しぶり」
あれ? なんか、まずい状況なんだろうか。後ろでドアの閉まる音に鍵をかける音が重なる。陽気な挨拶にも上手く状況が飲み込めなくて、私はつばを飲み込んだ。
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