第6話 強がる心に復讐を

「推測も交えてあの日のことを順に整理すると、こうだ」


 彼は私の様子など気にも留めず、メモ代わりのノートの切れ端にフローチャートのようなものを書き込みながら、楽しそうに話を進める。


「午前九時前、有名店の開店前に彼女……A子としようか。A子は並ぶ。十時にはアップルパイを手に入れて待ち合わせ場所に向かった。十時半、彼と合流してどこかに腰を落ち着ける。その時、彼にアップルパイを差し出すが、彼は食べなかった。それが元か、違うことでか、彼らは小さな喧嘩をして予定より早く別れることになった。不機嫌なまま、ウィンドウショッピングで時間を潰し、ファミレスで昼食を食べる。夕方にはまた彼に会う約束になっていた」


 箇条書きの情報の塊から矢印が下に伸びる。書きなぐりなので字は綺麗とは言えないが、思わず目が行ってしまう。一番下の長い矢印の中央に「?」マークを丸で囲んで、それをペン先がトントンと叩いた。


「彼女はスマホを見ながら歩いていた。ずっとそうだったのか、その時取り出したのかはわからない。階段手前で端に寄り、少し立ち止まっていた。歩き出した次の瞬間、ふらついた彼女は手すりに強かに頭をぶつけて、そのまま階段を転げ落ちて行った。目撃者は多いようだが、ほとんどが通りすがり。すぐ横のエスカレーターは下りで、彼女を振り返る人はいなかった。監視カメラでは、彼女がバランスを崩したのがギリギリ画面の端に入っているくらい。現場の見える売店の売り子さんも接客中で、気付いたのはA子が頭をぶつけた音が響いてからだった」


 現場の状況を簡易なイラストを添えて説明されるので、思わず身を乗り出して聞き入ってしまう。


「さて、君ならこれは事故だと思うか。事件だと思うか」

「……え」


 淀みない説明に身を任せていたので、こちらに話を振られて少しだけ戸惑う。メモから彼に視線を向ければ、期待のこもった瞳が出迎えた。


「えーと……第一印象は事故、ですかね」

「ふむふむ。じゃあ、彼の動向を入れよう。A子と別れた彼はこれまた不機嫌なままファーストフードで腹ごしらえする。午後に待ち合わせた相手はいつものように彼を出迎え、浮気など疑ってもいないようだった。そこで手作りだというアップルパイを目の前に差し出され、会うたびに差し出されるそれにうんざりしていた彼は、とうとう彼女……B子に別れを告げる。あっちもこっちもイライラして、こちらも時間より早く外へ出ることになった。しかし彼はその足でA子に会いに行くこともしていないし、連絡もしていない。気晴らしをして、わざと少し遅れて行こうと思ったらしい」


 トウマならあり得るな、と思ってしまうところが驚きだ。どこまでが推測なのだろう?


「B子は突然の別れに混乱したまま街に出る。あてもなくふらついているうちに、実は以前からそうじゃないかと疑っていたA子が、めかしこんでアップルパイの袋を下げてスマホを覗き込んでいる姿を目撃する。待ち合わせだ、と直感して――」

「え。ちょっと待ってください。私がやったって言いたいんですか!?」


 東雲さんはにやりと笑った。


「時間的には間に合うなって話だ。君は彼をちょっと最後に困らせるくらいで、別れを受け入れようとしていたし、浮気相手の女性に恨みがあるようでもない。俺と話してた時間を考えたら、ギリギリだし……まあ、警察が行ったのは、だからってとこもあると思うぞ。下剤の話はしてなくてよかったな。過激な人間だと思われなくて」


 ひぃっ、と私は自分の腕をさすった。


「へ、変な恩を売るつもりですか?! 勝手に食べたのは、そっちですからね! それに! ニュースにもなってないのに、どうしてそんなに詳しいこと分かるんです? 警察ってそんなこと教えてくれるんですか?」

「警察は言わないさ。昨日、あちこち聞きに行ってみた。推測も交えてって言ってるだろ? テリちゃん、ミステリ好きそうだから、それ風にしたら気も紛れるかなって」

「え? なんで?! そうだとしても、犯人にされるのは、ちょっと!」

「そう! そこでだ」


 彼はここからは完全にフィクションだと前置きしてから、トウマ――彼氏――が真犯人で、元カノB子を犯人に仕立て上げる構図をフローチャートに加えていく。彼の性格でやりそうなこと、女子高生の友達関係、質問を受けてどんどん変わるシナリオに魅せられる。

 不謹慎だと頭の片隅で判っていながら、結局Aランチが冷めてしまうくらい、私はトウマ犯人説を楽しんでしまったのだった。




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