4話 羞恥心
金曜日に全テスト日程が終了した。
中間テストが終わり、開放感を感じると思われたが…開放感とは違う、心の底に引っかかる何かを感じる。テストはもう終わってしまった。振り返ってもどうにもできない。
なのに何度も頭によぎるのは数学のテストだ。普段だったら一番点数の高い教科である。しかし、七瀬さんが最後まで解けたという発言がどうにも僕の心の中で色褪せずに残り続けている。
そして、時間は確実に進んで行き月曜日が訪れる。
うちの学校は基本的にすべての教科のテストがテスト終了翌日の1限で一斉に返却される。教科によっては採点地獄となる先生に同情すら感じるが…今回はいつもとは違う。
「それでは英語から順に返して行って。個人成績表を返して、最後にクラス内の総合順位を後ろに貼るから。じゃあ、阿部から順に前に」
緊張感というべきなのか鼓動がわずかに早くなっていることを実感する。
僕は席から立ち、解答用紙をもらいに行く。
「次、小川」
11枚のテストと個人成績表を先生から渡される。
まだ見ない、自分の席に戻るまではまだ見ない。
僕はテストではなく、教科ごとの偏差値や順位、点数など諸々が記載されている個人成績表を見る。
順位は…。
…6位か。自己ベストではないが普段よりは高めだ。流石にこの順位なら七瀬が多少優秀でも勝てるだろう。いや、それこそが驕りだと学んだばかりではないか。
クラス内順位が貼られるまで、教科ごとの点数でも見ておくか。
心配していた数学も96点だった。最後の解ききれなかった問題以外満点なのに加え部分点がもらえたのがデカかった。これで学年2位だから、一人だけ満点がいるようだ。
「それではクラス内の総合順位を貼りだすぞ」
先生がB1の紙を持って教室の後ろへ進む。先生の姿を僕を含めクラスの全員が視線で追跡している。
どうだ?七瀬さんに勝てているのか?どうだ、どうだ、どうだ?
◆
今日は月曜日だ。毎週月曜に七瀬さんとの約束で自習室で毎週会う約束をしている。
自習室の扉を開けると七瀬は先に座って教科書を読んでいた。
「あ、凪君」
七瀬さんはほんの少しだけ馬鹿にするような、意地悪そうな笑みを顔に浮かべる。僕は一瞬目を合わせるがすぐに逸らしてしまう。
「先週の勝負私の勝ちってことでいいよね?」
総合順位は僕が6位クラス内2位、七瀬さんが5位クラス内1位であり、総合点数はわずか3点差しかなかった。1100分の3点差という超接戦となったのだ。
「…まあ、そういうことになるな」
「なに、そのすっきりしてない感じ」
「別にそんなことにないけど」
「あー、悔しいんだ?勝つ気満々だったもんね」
七瀬さんはそのように推察する。しかし、それは合っているようで少し違った。
「悔しさもあるのかもしれないけれど…なんというか…むず痒いようなすごく恥ずかしいんだ」
僕はゆっくり拙くても、確実に今の感情を表現する。
「失礼だけど、僕は七瀬さんは成績がそんなに良くないと思ってた。それこそバレー部で忙しそうだったし…」
「…うん」
「悪く言えば下に見ていたのに負けたことも恥ずかしい」
「うん」
「でも」
「でも?」
「テストに負けたこと以上に人を無意識に下に見ていた自分が恥ずかしい。もし、他の人が僕と同じことをやっていたら僕はその人を嗤ってしまうかもしれない」
七瀬さんは席を立ちあがり僕の目の前まで歩いてくる。
「それはもしかしたら、羞恥心かな?」
「かもな」
「あれ、凪君頬が少し赤いよ?本当に恥ずかしさ感じてるんだ」
僕は指摘されると顔を隠すように後ろを向いた。
「僕の顔には表情がほとんど出ないはずだけど…また、オーラってやつ?」
「うーん、今回はしっかり表情に出てたよ」
僕は何も言い返せずにしばらくの間黙ることしかできない。
「まあまあ、凪君も座ろうよ」
そういって、七瀬さんはさっきまで座っていた席に戻る。
「いやー、やっと感情を教えるっていう約束を一つ果たせた気がするよ」
「…」
「凪君が成長してくれて私は嬉しいよ」
僕は扉の前から一歩も動けずにいた。
「七瀬さんは数学のテストは何点だったの?」
聞くつもりなんて無かった。しかし、その言葉は完全に僕の心の底から漏れ出てしまったものであった。
「あー、数学?実は満点だったんだよね。すごいでしょ」
やっぱり…数学の学年1位は七瀬さんだったのか。得意科目で負けたのなら、どうしようもない。
「謙遜しながら言ったりとかしないんだな」
「今はそうしない方が良いかなって」
「そうか…」
七瀬さんは教科書をめくるのを止め、僕の心を、感情をそっと撫でるかのように見つめる。そして、ほんの少しの沈黙から七瀬さんは口を開いた。
「次の感情はどうしよっか」
「…」
「焦りとかにしておく?」
「今は勘弁してくれ」
「どうして?」
「羞恥心がまだ…終わってない」
そう言うと七瀬さんはクスっと少しだけ笑う。
「そっかそっか、ごめんね。じっくりとその感情を噛みしめてね」
「言われなくてもな、今日はもう帰る」
「うん……凪君!」
僕はドアノブに手をかけたが振り返る。
「なに?」
「君をロボットなんて揶揄する人もいるかもしれないけど、今の君は誰よりも人間らしいと思うよ」
僕は何も言わずに静かに扉を開ける。そのときの手のひらはいつもよりも少しだけ多く汗をかいていた。
◆
僕は家に帰る前に一度教室に寄る。
教室の後ろに大きく貼りだされているクラスの順位表をもう一度眺める。クラス2位…決して悪い結果ではない。ただ、そんなことは問題ではない。僕と七瀬さんの差は数字以上に大きな差があることは感覚として分かる。
この3点差。このたった3点差は得体の知れない何かを僕の目の前に突き付けてくる。
僕が驕ってさえ無ければ、数学の最後の問題を解いてギリギリ勝てた。
たった一つの感情の有無で人の実力というのは変わってしまうのか。それとも、感情を含めて人の実力というのだろうか。まだ分からない。
ただ、たった一つだけ言えることがある。
こんな感情できることならもう二度と味わいたくない。
ロボットな僕と君~感情が無い君に 糸毛糸 @atena214
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