おしまい

 おやおや、こんな短期間に二人目の客人とはね。今度は誰だい? ああ、また国の役人かい。お仲間ならもうここにはいないよ。どうやら闇に気に入られて、閉じ込められちまったようだね。


 闇とはなにかって? そりゃ人間誰しもが胸の内に持っている、一番強力で魅惑的な世界のことさ。では誰もが自分の欲望のままに生きているのさ。そうとも。真面目に仕事をしなくても、人に親切にしなくても、誰かに嫉妬しても、相手に危害を加えても。己がそれでいいと思った道なら進むことができる。もちろん茨の道だがね。欲望に忠実になるなんて、案外真面目に生きるより難しいものさ。大体向こうにいっちまったやつは、向こうの住人に飲まれて存在ごと消えちまうよ。

 仲間を助けにいく? 正気とは思えないね。向こうの魅力に抗うには、相当な自制心を持たなきゃまず無理だよ。なにを差し置いても、自分という人間はこうだと強く信じる思いがないと。自分がない人間こそ、向こうにとっちゃ好都合だからね。そういう人間は真っ先に飲み込まれてあっという間にお陀仏さね。

 おまえさんの仲間は今、向こうに魅入られているのさ。自分もすっかり、あの世界の住人だと思い込んじまってる。こっちに戻るのは厳しいだろうねぇ。たとえ戻ってこられても、意識まで一緒に戻るかはわからんよ。今まで向こうから戻ってきて正常だった人間を、わたしゃ一人も見たことがないからね。おまえさん、それでも仲間を助けにいくってのかい? そうか、そこまで言うならとめないよ。せいぜい自分が何者なのか、きちんと覚えておくんだね。


 ああ、ほら。闇がこっちへやってきた。おまえさん、覚悟はできてるかい? 向こうにはお情けや手助けなんてものはないからね。全部自分で切り抜けないといけないよ。

 だけどわたしからひとつ、まじないの言葉を授けてやろう。お仲間には伝えそびれちまった、特別なまじないさ。もしおまえさんが向こうの世界から抜け出して、こちらに戻りたいと思った時に、唱えるといい。


 めでたしめでたし。

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闇の童話世界─ダークメルヒェンストーリー─ うさぎのしっぽ @sippo-usagino

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