町の色・人々の色・はじまりの色

 日が落ちた、午後七時前。宇野月うのづきまちの商店街を歩いて行くはじめ櫻子さくらこ。暗くなるにはまだ早く、山並みだけが先に夜になっていた。空との境がほんのり見える。商店街の通りのあかりはすでにともされ、大勢の歩く人たちと、はじめ櫻子さくらこを明るく照らす。

(なあ、櫻子さくらこ

 ヒソヒソと耳打ちする。

「なあに? はじめ!」

 嬉しすぎてニコニコにっこりはっきり! 返事をする。

(しーっ! シーッ! 声が大きい)

 ヒソヒソヒソ。

(お願いがあるんだ)

「? 私にできることならいわよ?」

櫻子さくらこって呼ぶの、二人っきりの時だけにしてくれい! お願い!!)

 ヒソヒソ!

 両手を合わせ、お辞儀をして頼み込むはじめ。そーっと顔を上げて、櫻子さくらこをみる。

 思ったとおり、むくれている。

「今さら、なにを……」

「おう、おい森神社もりじんじゃの息子。楽しそうだね。櫻子さくらこちゃんとデートか?」

「あら、引っ越してきた櫻子さくらこさん。この町には慣れた? 楽しそうね。もうはじめちゃんと仲良くなったのね」

「おおう、デートか? はじめ。越してきた櫻子さくらこちゃんをもう口説いたのか? おっちゃんだけに言ってみ? ん? 言ってみ? みんなには黙っとくから」

「あらあら。たしか櫻子さくらこちゃんね、はじめちゃんと二人だけでお散歩? あらー。まー羨ましいわ〜。私も旦那と、ここを歩いた小さい頃を思い出すわ〜」

 あちらこちらから声がかかる。はじめの予感がちょっと当たった。二人の顔が広いわけでは無くて、この町が狭すぎるのだ。櫻子さくらこの顔だけでなく、その名まで知れわったている。

下手なことをした日にゃ、おじんネットワークとおばんネットワークが町を駆け巡るだろう。

 あることとか、ないことか、ないこととかないこととかないことととと……。

 そして次の日には……。

(……。Iアイ knowノウ.(分かった))

 ヒソ……。

 ちょっと顔を青くしてうなずく櫻子さくらこ。冷や汗がタラタラたらり。噂の恐怖を今、知る。


 はじめの右手は櫻子さくらこの手を握ろうと、プラプラ。櫻子さくらこの左手もプラプラ。寄せては返し、返しては寄せる二人のプラプラ。繋ぎたい、でもできない。The おじん・おばんネットワーク、怖るべし! The は必要か知らんけど。

 二人は仕方なくて、ずっと黙って歩く。ま、いっか。その顔はニコニコを通りこしてニヤニヤ。幸せいっぱい。もう一緒に歩くだけで楽しいから、い。

 しばらくして櫻子さくらこが小声で、

「ねえ、はじめ

「なに?」

紫豪しごうは、どうして反乱なんかしたの? 兄弟だったなら分かる?」

 櫻子さくらこは思い出さなかったみたいだ。はじめはゆっくり語る。

「……。紫豪しごうは強くなりすぎたんだ。でも、まだまだ、もっともっと強くなりたがった。いろいろと」

「そこで〝易姓革命えきせいかくめい〟さ」

Revolutionレボリューション !! (革命 !! )〝易姓革命えきせいかくめい〟、聞いたことある」

「おれは知らなかったよん。思い出して分かった」

「室町時代、おれが緋成あかなだった頃は地震とか台風、洪水、飢饉の連続だったんだ。戦争もあったよ」

「で、こんなに悪い事が起きるのは、偉い人がダメだから。つまり、天が、〝コイツはふさわしくないから偉い人を変えろ〟って言ってる事と同じだ。という迷信があったんだ」

易姓革命えきせいかくめい〟とは古代の中国で起こった、王朝交代・または王の交代を正当化する考え方。

 徳を失くした王に天が見切りをつけた時、その地を災害災難が襲う。人々の間に混乱が始まり、戦乱が始まる。新たにふさわしい者がその地を平和にせよ、革命を起こせ、と。

紫豪しごうは、それを利用したんだ。自分こそが神にふさわしい。神の上に立って世の中を平和にするってね」

 実際に、室町時代は南北朝に別れ、もめていた。そこに地震・台風・疫病。二十八年間も続く享徳きょうとくらん。さらに地震・台風・干ばつ・飢饉、応仁おうにんらんで京都は焼け野原に。数えあげたらキリが無い。

「天、って。神様と同じことよね? 神様が見切りをつける役なのに、なんで紫豪しごうが神様の上に立とうと考えたの?」

「こじつけだよ。野望を叶えるチャンスと考えたんじゃないかな。神さえしずめられない混乱を、オレなら出来る。ってさ」

「それに櫻子さくらこ、じゃなかった金色こんじきオオカミを自分のものにしようとした」

「え? え? でもはじめと私は、ええと。緋成あかなと私いやいや、あれ? 私の名? 金色こんじきオオカミの呼び名は……」

「決まった名は無かったんだよ。なんでそうなのか、おれも思い出せないんだ。金色こんじき太陽たいように例えてあかつきひめとか、色そのままの山吹やまぶきひめとも呼ばれてた」

「そうなんだ。緋成あかなはなんて呼んでたの?」

あかつきひめ

緋成あかなあかつきひめは婚約してたわよね」

「うん。確か、紫豪しごうのそんな考えは偉い神様たちにバレて、強くダメって反対された。相当こっぴどくね」

「横恋慕ってやつかあ」

「それも含めて、自分が偉くなればいと考えたわけで、〝易姓革命えきせいかくめい〟の出番。他人たにんからしたら単純でくだらない話しだろ?」

「それから?」

「生きながら怨念おんねんになっちった。神様たちと恋敵こいがたき緋成あかなだけじゃ足りなくて、あかつきひめうらんだ。あかつきひめはぜんぜん振り向かなかったから。ここ大事」

「あらぁ。あかつきひめ緋成あかな一筋だったから、可愛さ余って憎さ百倍ってわけね」

「最初に言った、強くなりすぎたから……。偉くなれる、なんでも手に入るって思い上がったんだな。実際、神様に勝ったし」

「野心か……。弟もうらんじゃうなんて、なんか悲しいわね」

怨念おんねんは気づかないまま大きくなるからね。おれも、そうなっただろ」

櫻子さくらこ

「の、おかげで戻ってこられたけど」

「その名は大きい声で呼んで欲しいのにいい」

「ハハハ」

「ふふ。もう、そんなことは忘れて楽しく帰りましょ?」

 二人は人々を、町をながめながら歩く。

 商店街は賑わっている。居酒屋・カフェ・屋台・お惣菜屋・スーパーとか。町の人、観光客、いろんな人とすれ違う。

高校の制服を着た女子生徒たちはスイーツを手にはしゃいでる。部活帰りかな。がんばった自分たちにご褒美かも。スーツ姿の女の人は仕事帰りか。ゴールデンウィークなのにお疲れ様です。腕を組んでデートしているカップル。あんな風に二人で歩きたい。夫婦二人と子供二人の家族もいる。食事に行く途中? 下の子がお父さんと嬉しそうに話していた。

赤ちゃんを抱っこした若い夫婦は、写真を撮りながら三人で今のこの時間を楽しんでる。きっと、赤ちゃんが大きくなったら今日の思い出を話すんだろう。青い顔をして急ぎ足で歩く男の人は体調が悪そうだ。スーパーの袋を下げた若い女の人。一人暮らしかな? 


 怪我けがをしているわかおとこ。観光客なのか、この町では見ない顔だ。うつむいて歩く姿が大変そう。身体からだを休めに来ているのかも。

 よくある光景、いつもの平和な日常。


 はじめ櫻子さくらこは、同時どうじまった。

 まちおとが、まる。ひとこえが、えた。そうかんじる二人ふたり

 同時どうじかえった。

 二人の視線の先には最後にすれ違った、怪我けがわかおとこまるまった背中が弱々よわよわしい。両腕りょううで包帯ほうたいいてズボンのすそからも包帯ほうたいが。松葉杖をついてさびしそうに歩いて行ったおとこ

 そしてすれ違う前にチラッと見えた、あたま包帯ほうたい

 確か、それは〝かお右半分みぎはんぶん〟も覆っていた……。

 商店街を行き交う人たちの波の中に埋もれて、怪我けがわかおとこは見えなくなっていた。


 櫻子さくらこの前髪が軽くれる。はじめの目が、淡く緋色ひいろに光る。

 そのおとこからは絶望ぜつぼうが見えた。しかしそれよりも二人は、ちいさい、くすぶっているちいさなあの〝怨念おんねん〟が見えてしまった。

 紫色むらさきいろから目をそらすことができないはじめ櫻子さくらこ


 櫻子さくらこは右手ではじめのシャツのすそをつかむ。

 はじめの左手は、その手を包む。

 握り返す櫻子さくらこ。強く握るはじめ

 はじめ櫻子さくらこの中に、また、緋色ひいろ日緋色ひひいろが燃えはじめる。

 それは、新たな〝はじまりのいろ〟——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SUN KID 青い目の陰陽児 左近ピロタカ @sakonpirotaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ