夕焼け色の、あまちゅっぱい二人--再び

 はじめの後ろの空気が、圧力が強い。重い。〝ゴゴごごゴゴごご〟な音が聞こえてきそうだ。

「はーじーめー。まーだー終わってないわよおおお」

 ゴゴごごゴゴごご。

 愛の劇場が始まる。Soソウ, It'sイッツ Showショウ timeタイム !! (さあ、それではショウタイム !! )

「いやん。土御門つちみかどちゃんたら、目が怖いー」

 ふざけて言ってみても彼女には効かなかった。おびえるはじめ

 櫻子さくらこの涙目がコワイ。スンスン鳴く赤い鼻が、恐怖をあおる。有無を言わせない強さではじめにせまる。

「言ってないわよおおおお。はじめの口から聞かなきゃ、私は終われないいいい」

「? 何を言ってるんだ櫻子さくらこちゃんは。はじめが何かやらかしたのかな?」

 洸壱こういち咲子さくこまもるに聞く。

「やらかした」

 とまもる

「した。ず〜っと、自分からハシゴ外しちゃってんの」

 と咲子さくこ

「? なんぞその例え。もしかしてもしかすると、ヘタレなはじめが原因?」

 洸壱こういちが再び聞く。

「おじさん優勝。まあ見ててよ。生暖なまあたたかい目で見護みまもりましょう」

 まもるが返した。

「さあ! 信じてほしけりゃ言いなさい!」

 櫻子さくらこはじめにズズズイッと詰め寄る。

「ま、待て。みんながいる! ソレって何て公開プレイ?」

 ズズズズッと後ずさりのはじめ

 ズズズイッ。

「はぐらかすじゃない。いっつも、逃げるじゃない!」

 ズズズズッ。

「お、落ち着いて話し合おう。話せば分かる。〝愛があれば〟、人は分かり合えるはずだ!」

 咲子さくこが顔に手を当て、うつむく。

 まもるは目を閉じ、空を仰ぐ。

 まなぶは首を横に振る。

 三人が今、思ったことは同じ。声を揃えて、

OHオーウ……。矛盾」

 はじめの、やっていることと今、言ったことが違う。

 咲子さくこが、やれやれといった表情で。

はじめちゃん、自分でサイを投げちゃった……」

 ハシゴといい、サイといい、いつの間にか自分で自分を追い込む。はじめは、ごまかすつもりが自分から〝愛〟を持ち出してしまった。もう、後ろは振り返れない。明日へ向かってGOゴー

 ズズズーイッ!

「だーかーらー! その愛を出せって言ってんのよ!! お父さんと! お母さんと! カモカモ先生に! 証人になってもらうわ !! 」

 ズズズズーッ!

「だから、土御門つちみかどの父さん母さんじゃねえし! あっ」

「しまった! おれとしたことがあああ」

 遅えよ、気づくのが……。前に出れば後ろに下がる。延々と続きそうだ。このままでは終わるのは真夜中か?

「こりゃ」

 ペシンとはじめの頭をはたく壱恵よしえ

「いい加減にしなさい二人とも。らちが明かないじゃないの」

 詳しいことはカモカモ先生から聞いていた。

「ごめんなさい櫻子さくらこちゃん、こんなヘッタレで。このヘッタレは、おばさんがおなかを痛めて産んだ、正真正銘しょうしんしょうめいのおばさんのヘッタレ、いえ、子よ。まったく誰に似たんだか、このへっタレは」

 ギロッと洸壱こういちを睨む壱恵よしえ洸壱こういちの目が宇宙遊泳を始めた。瞳がジタバタ泳ぐ。二人の間で、過去に似たようなことがあったのかも。

 しっかしヘッタレの連呼。聞いてるこっちがはじめのこと、かわいそうになってきた。

「な、なんとかあいだを取ることはできないのかい? 櫻子さくらこちゃん」

 宇宙遊泳の目で、おそるおそる聞く洸壱こういち。声がふるえてんぞ。壱恵かずえが怖いのか? 愛に間を取るってできるのか?

 櫻子さくらこは不満顔だ。しばらく考えて、

「じゃ、櫻子さくらこって呼んでよ」

 ピンチが去って、またピーンチ。どうする、はじめ。汗がダラダラだ。

 はじめの頭の中はグルんグルん。このまま櫻子さくらこと呼べばい。が、ずっと呼ばなけりゃならない。ゴールデンウィーク明けの五年一組のクラスで、彼女を名で呼べば、その事はあっという間に町の中へ。町の人に何を言われるか。

 彼はそう予感してしまう。

 はじめはどうしても言えない。だって咲子さくこまもるを始め、六人全員の目がジ〜〜っとはじめ櫻子さくらこを見ているから。特にはじめにはみんなからの期待が込められていた。やっとやっと言ってみる。

「さ・さ・さ……」

「何よ! ちゃんと櫻子さくらこって呼びなさいよ! 男のくせに!! このチキン野郎!!」

 ついにしびれを切らした櫻子さくらこはじめもついつい。

「ちげーよ! おれはプゥォークポーク(豚肉)! の方が好きなんだよ! バイタミンビタミンビィBゥワンたっぷりのなー !! 」

「いつもそうやってすぐはぐらかす! 男らしくない !! はじめの相手する女の子なんて私くらいしかいないわよ !! 」

「何おー! おれはいつも本気だー !! おれの目を見ろ何も言うなあああ !! 」

 言葉の応酬おうしゅう咲子さくこまおるは体育座りで見物していた。まなぶも。

「あの二人、かみ合ってないわねえ……」

「えー? 夫婦漫才めおとまんざいしてるんだよね? あの二人……」

 まなぶはあきれ切っていた。

はじめサンと櫻子さくらこサンは、コレカラも、ズットああなんでショウかネェ……。気持ちハ通ジテルのにネェ。普通ナラ、トックにはじめサンは振られてマスよ」

櫻子さくらこサンも、ガマンづよイ女の子ですネェ」

 咲子さくこはしみじみ、

「言葉が欲しいのよ、女の子は。好きな人の特別スペシャルになりたいもん。言ってくれるだけで安心するから」

 まもるの目をじーっと見つめる咲子さくこまなぶが気づく。

「アア。〝言霊ことだま〟デスかァ。声ニ出せバそれハ、真実に、特別スペシャルにナル。分かりマス」

 まもるの目をじーっと見つめるまなぶ咲子さくこまなぶの、四つの目がまもるに集中する。

 まもるの目が点になる。冷や汗がブワァッと。彼はハッとなった。

 言ってない。

〝好き〟と、咲子さくこに。

 もうひとつ気づいた。はじめの気持ちが。

 他人たにんの前では言えないこと。言ったらきっと、ずかくてねる。二度死ねる。そういえば以前のはじめ櫻子さくらこのやりとり。いつもまもる咲子さくこがそばで見ていた。

 こりゃ言えねえわ。

 洸壱こういちと目が合う。洸壱こういちは首を縦にブンブンブン! 彼もそういう気持ちだったのね。

はじめ〜。母さんたち、先に帰ってるわー。ごはん用意してるから、櫻子さくらこちゃんも連れてきなさーい。帰るわよ〝洸壱こういち〟。鴨武かもたけ先生も! も !! 」

 壱恵かずえは、分かっていた。二人きりにしないとはじめは前に進めない。邪魔者は、消す! 冗談半分。いやしかし、半分だけの本気で○されちゃたまらん。

「いえ。教師として、遅い時間に生徒を二人だけで残して行くのは」

 空気読めよカモカモ先生。面白いから残りたいだけだろ? まったく、この、人じゃ無い人は。

鴨武かもたけセンセ〜? う・ち・で・ごはん食べて行ってくださいいい(ピキピキピキピキ〝げきおこ〟)」

「ハイ! 喜んでー !! 」

咲子さくこちゃんとまもるちゃんも、うちでごはん食べていきなさい。お風呂も沸かすから。ね?」

『ですよねー』

 息の合った返事をする咲子さくこまもるまもるはコソっと咲子さくこに。

(今日はこれで許して)

 彼女の手を、ギュッと握った。ニコっと咲子さくこは返した。

「じゃあ先に帰ろうか。みんな、うちの車に乗りなさい」

 洸壱こういちがみんなを誘う。

(母さん。はじめを励ますために、みんなの前で俺を〝洸壱こういち〟って呼んだんだね。お手本になったんだね、母さん……〝壱恵かずえ〟。愛してるよ)

 声を出して壱恵かずえに言えよ、洸壱こういち

 六人が乗った車は公園を、二人をあとにして走り去る。プップッ。洸壱こういちが鳴らしたクラクション。父からの、応援。


 みんなが帰った。静かな夕日が二人の頬を夕焼け色に染める。

 あの時の色を——帰り道を二人だけで歩いた、


〝待っててくれて、嬉しいな〟


 の色を思い出させる。

 そして気づかせた。

 櫻子さくらこは、自分はその日から待っていた。

 はじめは、自分がその日から彼女を待たせていた。

〝待たせてしまっていた〟はじめは後悔した。

〝これは、情けない〟と。

 出会ってからわずか半月ほどで、想いは動いていた。

 ここに、いるのは二人だけ。たった二人はずっと……黙ったまま。

 誰もいない公園もずっと黙ったまま。ときおり風が赤い花をらして、かつらの木が励ましてくれてるように聞こえる。(早よ言わんかい)と。

「ごめんな」

 はじめが、

櫻子さくらこ


「おれは・櫻子さくらこ・が・大好き・です……」


 言・え・た。

 ガッチガチになって。はじめの、男の子として生まれて初めての、女の子への、

言霊ことだま

 櫻子さくらこが、

はじめ

「うん。うん。うん……」

 ポタ、ポタ。涙があふれる。櫻子さくらこの、人生最高の瞬間。待っていた、

言霊ことだま

 壱のシャツの裾を、ギュッと。


「I love you…… 」

 

新ためて思う……この想いは六百年間の、二人の……。

 

 赤い花がサワサワれた。かつらの木が二人を祝福している。

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