恋は涙色・真っ赤な色

「ええええええええ!!」

 絶叫するはじめ。盛大なカンちがいだ。そういえば、彼女の前で〝眷属けんぞくだー〟って言っちゃてたね。自分も人間として生まれたことを櫻子さくらこには伝えていない。

「なに言ってるの? 大丈夫なの? どこか打った?」

 咲子さくこと、まもるはポッカンキョットン。 


「好きになっちゃいけないなんてええ! うわあああん !! 」

 泣き声まであげだす。


「ええええええええ!!」

 また絶叫するはじめ。どうする?

「アーアー。聞こえナーイ、見えてナーイ。オヤ? 誰カ呼びマシタ?」

 耳をふさいで、すっとぼけるまなぶ。どこかへ走り去った。

「なんか分かんないけど、ぼくも聞こえなーい」

「同じで分かんないけど、わたしも見えてなーい」

「あとは若い二人にまかせて。行こうさくちゃん」

「だからオヤジくさいってば」

 二人、残される。灰の前でたたずむ二人。結界が消えていく。

 西の太陽が二人を照らす。もう、夕方になっていた。

「違うよ、土御門つちみかど。おれは人間だよ」

「うそ。ただの人が、変身できるわけないじゃない!」

「いや、だから」

「あの姿って、神様そのものじゃないの!」

「だーかーらー!! 眷属けんぞくの魂を持って生まれてきたんだよ、おれも!」

土御門つちみかども変身しただろ! 同じだよ!」

「私に気を使わないで。いいの、決めたの。私、もし別の敵が出たらあなたをサポートして一緒にやっつけていく! ただの仲間でもいいの !! 」

「うそばっかり言うはじめなんて」


きらい !! 」


「うおああっぁああ!」

 三度目の絶叫。胸を押さえてジタバタ。「きらい !! 」っていうつるぎが刺さってる。

「どうすれば信じてもらえるんだよおぉぅあああ!」

 がんばれ、はじめ

 赤い涙目で、スンスン赤い鼻をすする櫻子さくらこ

「……言ってよ」

「ハイ?」


「じゃあ私のこと〝好き〟って言ってよ。それなら信じてあげる」


 ナイスなアイデア。好きになったらダメ、じゃないなら、はじめから〝好き〟と言えばいい。グッジョブ櫻子さくらこ

 はじめの顔が、みるみる真っ赤になる。緋色ひいろよりも赤い。顔から燃え上がる炎。

 ファイト、はじめ。世界が、君の言葉を待っている。全地球を泣かせるのだ。そうすれば丸くおさまる。地球だけに。

OHオオオウNOノオオおおお!!」

「ココハダレ! ワタシハドコ! どうしてこうなったああ!!」

 髪をワシワシ、ワッシワシで四度目の絶叫。


「若いって良いなあ」


「え?」

「え?」

 聞き覚えのある声に、キョロ! キョロ!

「さて、ここで問題です。先生は今どこにいるでしょう、っか!」

 バンザイのポーズで灰の中から飛び出すカモカモ先生。どこかの大阪の、どこかの看板のポーズといっしょ。


「なんで、カモカモ先生が灰の中から出てくんのかしら?」

「てか、いつからいたんだ? 二人から目を離したの、ちょっとだったのに」

 芝生に身を伏せてコソコソ話す咲子さくこまもる。丸見えだけど。

「ったくはじめちゃんの、アホん。言ってあげれば解決するのに。男らしくないわ」

「それがはじめちゃんの、はじめちゃんによる、はじめちゃんだよ。いつも通りでぼくは安心した」

「日本語になってないわよ、まもるちゃん。あと、何か足りない」

 カモカモ先生はスルーする。そんなことよりはじめ櫻子さくらこが気になる。

「長い目デ、見護みまもりまショウ。二人はお互い気持ちが通じ合ッテますカラ」

「おおう! ビックリした。まなぶちゃん、いつ横に来たんだ?」

「カモカモ先生はイツモ余計ナことヲ。最初からワタシたちト戦ってクレレバ良いノニ」

「最初から? って何?」

「それハ……。おいオイ、お話しシテいきマスヨ。まもるサン」

「なによ、気になるじゃない。言っちゃってよ」

「……お楽しみハ、これカラダー。(棒読み)咲子さくこサン」


「先生。聞いた? 見たよね? 今、聞いたでしょ?」

「どこから? どこから !! 」

 先生を問いつめる櫻子さくらこ

「んー。どこからがい?」

 カモカモ先生のイジワルん。

 顔が真っ赤に燃える櫻子さくらこ。こっちも日緋色ひひいろより赤い。

「いーやーあああ !! コイツを○して私も死ぬー!」

「ハハハハハ。そんな人で無しになっちゃあ、いけないなあ」

(先生は人じゃ無いくせに)

 ボソッとはじめ

 櫻子さくらこは両手で顔を隠し、首をブンブン。しゃがみこんでしまった。

「どうしよー! 他人たにんに聞かれちゃった! 生きていけない! ずかくてぬー !! 2回死ぬー !!! 」

 などと、いろいろ一人でわめいてる。はじめは先生だけに聞こえるように、

「どうして死んだ真似したんだよ先生。あんなことしなくても」

「人は、極限の状況まで追い込まれると最大の力を発揮するんだ。なんちて。先生は君たちの可能性にかけて、わざとああしたんだよん。なんちて」

 どこかのブラック企業か? はじめは、もうひとつ気づいたことがある。カモカモ先生に聞いてみた。

まもる護法童子ごほうどうじになって、暴れまわった時だけどさ」

「おれたち五年一組のみんなしか覚えてないのって、先生の仕業? もしかして」

 先生は、てへ。

「あれはちょっと、失敗しちった。結界けっかいを張るの遅れちゃってさ。一組以外の人たちの記憶を塗り替えるだけで、ま、いっか。だよ」

 まあ、五年一組の団結力が強くなったから、OK。

「てか、面白がってない?」

 正解だ。はじめ

「楽しんデるんデスヨ。面白がりヤガッテ。コノ人、性格ガ悪いカラ」

 いつの間にか忍びこんでるまなぶ

「んー? 学君まなぶくん。生意気なことを言う口は、この口かなー? グリグリグリグリ」

 両手をグーにして、まなぶの頬を力っぱいグリグリするカモカモ先生。グリグリグリグリ。

「あダダダだ! ノー! バイオレンス、ノー!(暴力反対!)」

 いや、痛くないだろ。日緋色金ひひいろかねでできてるんだから。

(痛いんデスヨ! カモカモ先生は人ジャないカラ)

 そうか、式神しきがみにも効くんだね。グリグリグリグリ。

 とかやってる間に結界けっかいは、完全に消えた。五人は元いた世界に。

 そこはいつもの世界。憩いの公園に五人と、人じゃ無いもう一人は戻って来られた。

 あっ。まなぶも、人じゃ無い。まっ、いっか。

 すでに、夕暮れ時。昼間にいた人は、全て帰った後だった。淡い夕日が五人を染める。

「あれ? かつらの木が!」

 まもるが叫んだ。彼の視線の先にはりっぱなかつらの木が立っていた。空に向かって赤い花が咲き誇っている。

 結界けっかいの中で、五人が放った電撃で灰になったはずなのに。

「ある。燃えたはずなのに。あ、幹の上」

 咲子さくこが指さしたのは縦にくぼみがあったところ。裂けて、大昔ののろいの藁人形わらにんぎょうが見えていた。

 それを打ちつけていた五寸釘ごすんくぎもあった。かなり錆びて、ボロボロだ。

「どういうこと? 分かる? はじめちゃん」

 まもるが聞く。

藁人形わらにんぎょう怨念おんねんが弾けたんだよ。かつらの木は、浄化しきれなかった怨念おんねんを溜めこんでくれてたんだな。外に出さないように。かなり強いよその怨念おんねん。それを紫豪しごうが利用したのはご覧のとおり」

「ただ、かつらの木の霊力れいりょくがあまりにも強すぎた。紫豪しごうに抵抗したんじゃないかな。そのまま結界内けっかいないに持って行けなかった。そこでこの木と結界けっかい霊道れいどうというパイプでつなげた」

「で、強い怨念おんねんと、かつらの木の霊力れいりょくを持っていって実体化させたんだよ。本物がそのまま結界けっかいにあったわけじゃないんだ」

「分かるかな?」

かつらの木が人間をまもるためにガマンしてたってことは、分かったわ」

 としか言いようがない咲子さくこ

結界けっかいの中では怨念おんねん霊力れいりょくを貯めて、燃料として使うためにかつらの木の姿が必要だった。例えばドラム缶じゃあダメで、同じ大きさで同じ形じゃないと。とか?」

 まもるは彼なりに考えて答えた。

「そう。依代よりしろとして力を最大に発揮するには、ほかの形と大きさじゃダメだったんだ」

「で、結界内けっかいないかつらの木が燃えた時に、霊道れいどうの中を燃料が逆流して藁人形わらにんぎょうの部分が弾けた。

 紫豪しごうが使ったから怨念おんねんはそんなに残ってなかったはずだけど、勢いが強すぎて急に膨らんだ風船が破れたみたいな。と、おれは想像するな。ゼエゼエ、疲れた……」

「やっぱりぜんぜん分かんない」

 咲子はチンプンカンプン。

「じゃ、怨念おんねんが外に出てしまったんじゃ?」

 守が心配する。

「無い。紫豪しごうが使ったから減ってるんだ。それでも残った怨念おんねんはこの木が今抱きしめてる。まったく、すごい霊力れいりょくだよ」

「すごいなはじめちゃん。いつの間にそんな知識を?」

 ほめるまもる

「ただの想像だよ。想像」

 汗をふき出しながら、内心ヒヤヒヤしてたはじめ。うまく言えた。

 これ、カモカモ先生の入れ知恵。咲子さくこまもるに自分の正体がバレないように、言わせていやがった。

 でも実は二人は、カモカモ先生が普通じゃない、とうすうすかんづいている。だって破れ切っていない結界の中に現れたんだから。詰めが甘いなー先生。

「見られた聞かれた。見られた聞かれた。見られた聞かれた。見られ——」

 櫻子さくらこはしゃがんだまま念仏。涙目で。まなぶはその背中をポンポン叩いて慰めていた。

土御門つちみかど。立って」

「おれたちで、まもれたんだ。ありがとう土御門つちみかど

 はじめ櫻子さくらこに手を差し伸べた。

 手を取って立ち上がる。

はじめ! やっと見つけた!」

「みんな! 無事だったのね」

 洸壱こういち壱恵かずえが走って来る。

「父さん! 母さん!!」

 感動の再会だ。二人はみんなをずっと、待っていてくれた。

「母さーん!」

 はじめは両腕をめいっぱい広げて壱恵かずえに向かって走る。

「立派に、こんなに立派になって!」

 壱恵かずえも両腕を広げて走る。抱きあう親子の瞬間。ああ、美しき親子愛。

 スカーー。

 はじめの両腕が空を切った。

 彼をスルーして走り続ける壱恵かずえ。向かった先は。

「ホントに立派になったわね! 櫻子さくらこちゃん !! おばさん、心配したのよ!」

 力いっぱい抱きしめたのは櫻子さくらこの方だった。

WHATワット? WHYホワイ?」

 ポッカンキョットンな櫻子さくらこ

「こんなにボロボロになって、涙まで……。せっかくの美人が台無し。疲れたでしょう? どこかケガは? お腹、空いてない?おばさん、腕によりをかけて美味しいもの、作ってあげるわ。櫻子さくらこちゃんのためにね」

 ハンカチで櫻子さくらこの涙をやさしく拭う壱恵かずえ。マシンガントーク。

「オレハドコー? オレハココダー。ココニイルゾー……」

 自分で自分を抱きしめるはじめ。後ろ姿が、なんか、笑いを誘う。

「いつものおばさんね。Routineルーチン workワーク(絶対繰り返す仕事)よ」

「ぼくたちも、ああやって抱きしめてもらったっけ」

「ハッハッハッ。よくやったぞはじめ。みんなをよくまもったな」

 はじめをなぐさめる洸壱こういち。彼の肩をポンポン。

壱君はじめくんは実によくたたかってくれましたよ。たいした成長ぶりです)

 ヒソヒソヒソ。

鴨武かもたけ先生。やはりはじめたちについていてくれたんですね。あなたがいてくれたおかげで、私達も心強かった)

(ところで小声なのは?)

 ヒソヒソ。

土御門つちみかどさんと木花このはなさんと天童君てんどうくんにはまだ秘密に)

 ヒソ。

 櫻子さくらこはともかく、二人にはカンづかれてるって先生。

 そこにコッソリ忍びこんできたまなぶ。ヒソヒソ。

(ダマされチャいけマセンヨー。カモカモ先生は死んだ真似して——)

まなぶクーン。悪いのはこの口かなー? グリグリグリグリ」

「あダダダだ! ノー! バイオレンス、ノー!(暴力反対!)」

 まなぶも一言多いぞ。グリグリグリ。

「おれだけじゃ、無いんだ」

 ポツリ語るはじめ

「みんなのおかげだよ。土御門つちみかど咲子さくこまもると。まなぶも」

「おれ一人だったら……」

はじめクーン。先生もいたでしょー。困るなあ忘れてもらっちゃ」

 話しに割って入ったカモカモ先生。

「どの口がー! 死ん——」

 両手グリグリでスタンバる、カモカモ先生。

「ノー! バイオレンス、ノー!(暴力反対!)」

「? こら。鴨武かもたけ先生に失礼だぞはじめ

「ハイハイワカリマシター。どこまで話したっけ?」

「タシカ、まなぶクンの大活躍デ。からデス」

 まなぶにグリグリGO。

「あダダダだ!」

「もちろんまなぶもいなきゃ戦えなかったよ」

「あの結界けっかいの中じゃ、土御門つちみかどと二人だけじゃ無理だったかも」

「五人がそろって初めて、一つの力になったんだ」

はじめ。おまえと櫻子さくらこちゃんのところに三人が集まってくれたのは、偶然じゃないよ。きっと」

 洸壱こういちが言う。

「人は、無意識に同じ目標の人を見つけることが出来るんだ。同じ感性と言ってもいい」

「簡単に言えば、気の合う、相性が良い仲間。一生の友達とか、恋人とかね」

「父さんと母さんみたいに。テヘ」

 歳が四十過ぎたおっさんが照れる。それが言いたかったのか?

「おじさん。ぼくが護法童子ごほうどうじの魂を持っているのも?」

「わたしがまもるちゃんと一緒にたたかえるのも?」

「まさに天の、神様の配剤はいざいだよ」

 洸壱こういちはカモカモ先生をチラッチラッ。

 カモカモ先生の顔が、〝それ以上、今は言わないでね(暗黒微笑タダじゃすまないよ?)〟になっている。

「ハイザイってなに?」

 質問するはじめ咲子さくこまもるも知らない言葉だ。

「お薬ヲ配ルことデスヨ」

 グリグリグリグリ。

「あダダダだ!」

 今ではまなぶが一番余計なことをする。当然カモカモ先生からグリグリ。

「ハッハッハッ、難しい言葉だったか。正しくは〝てん配剤はいざい〟天は物事を適切に配するということさ。天と神様は、同じだと父さんは思っているよ」

 納得のはじめ。続けて。

「じゃあ、土御門つちみかどが言ってたDestinyディスティニー(運命)もそうなのかな」

「きっと、そうだな」

 答える洸壱こういちまもるが、

「やっぱり、はじめちゃんと櫻子さくらこちゃんも運命の赤い何とか」

 はじめはスルるるスルー。

「運命か。おれが裏門通うらもんどおりで土御門つちみかどと出会えなきゃ、今日の戦いは終わらなかったんだろうな……ん?」

 今、はじめの背後に異様な影、圧力が忍びよっていた。

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