誕生——日緋色の陰陽児

 かつらの木の真上の雲が回り始めた。結界けっかい全部も回る。

 ミシミシと、音がなり結界けっかいとの境目の芝生と土が盛り上がる。

「芝生が盛り上がってこっちに来てない? やだ! 結界が縮んでる!?」

 櫻子さくらこ緋成あかなの腕をもっと強く握る。

結界けっかいでワタシたちヲ押し潰スつもりデショウか?」

 とまなぶ

「やっぱりまだ、おれたちを諦めないのか……」

 苦しい表情の緋成あかな紫豪しごうの、最後の抵抗。どこまでも怨念おんねんのために怨念おんねんに従う。

「ヒヒイロカネのワタシと緋成様あかなさまナラ平気ですガ……」

「困りマシた。どうシマしょう」

 まなぶは悩む。櫻子さくらこ咲子さくこまもるの三人全員を助ける方法が見つからない。緋成あかなと自分で一人ずつ連れ出すことはできる。しかし、その時間はないかもしれない。

「うーん。大きい日緋色金ひひいろかねの盾があれば」

「ピュリリリ」

 緋成あかなの声に、告曉鳥こくぎょうちょうが応えた。櫻子さくらこ霊感灯れいかんとうともる。

「そうか、錬金術れんきんじゅつ!」

 櫻子さくらこひらめいいた。

まなぶ。あなたを私の錬金術れんきんじゅつで盾にする。その中にみんなで入れば助かるわ!」

「アア! ゆで卵ヲひよこニ変えたアレですネ!」

「見てたの? いつの間に?」

「忍ビこむノハ得意デスって言ったコトあるデショウ?」

 ドヤ顔をするまなぶ。表情は変わらないけど。

Excuseエクスキューズ meミー forフォー a momentモーメント.(ちょっと失礼)」

 櫻子さくらこまなぶの胸に手を当てた。頭の中に盾をイメージする。

Shieldシールド!(盾になれ!)」

 叫ぶ櫻子さくらこ

 まなぶが、大きなドームの形の盾になった。これなら四人が入ることができる。

はじめ? どうしたの。中に入らないの?」

「みんなで待っててくれよ。おれは、ここで決着をつける」

緋成様あかなさま……」

「だめよ! はじめも入んなきゃ! 独りで残るなんて、許さない!!」

 櫻子さくらこが走って緋成あかなのところへ。腕を引っ張る。

「きゃ!」

 緋成あかなは彼女を抱き上げ、まなぶの中へ転がした。

まなぶ、頼む」

「ご武運ヲ、緋成様あかなさま

「いや! はじめ! Noノー !! 」

 盾の入り口は閉じられた。かつらの木に向き直る緋成あかな

 緋色ひいろつるぎを二つ構える。

「これで終わりに」

 ……後ろが騒がしい。ガッコーンゴットーン。

「開けてよ! まなぶ! 開ーけーてー !! 」

「ダメです! ワタシを叩イテも開けマセンよ!」

「ソコ殴っチャいけマセン! 静かニ!」

「開けろー !! 」

 ドカドカドカッ。バキッ。

「なに? あら真っ暗」

はじめちゃんは? どこだ、ここ。櫻子さくらこちゃん?」

 咲子さくこまもるも目が覚めた。

「これがまなぶちゃん? え、はじめちゃんがそんなことに!?」

 櫻子さくらこは二人に説明をしているらしい。

「だめだ! はじめちゃんだけ残せない! 開けて! 開けろ !! 」

 まもるの声が怖い。

 ドカドカッ! ガンガンガンッ !! ガガガがっ !!!

 三人でよってたかって、殴る蹴るの暴行。

「みなサン! ヤメテ下さい! コレ! ヤメンカ! コレ!」

 櫻子さくらこが叫ぶ。

まなぶに戻れー!!」

「ア」

 元のまなぶの姿に戻ってしまった。フンガーな三人。ボケーなまなぶ。三人が怒っている。

「あんたたちゃ、まったく」

 ゲンナリがお緋成あかな。カッコ良く決めたかったのに台無しだ。

 結界けっかいはどんどん縮まってる。

櫻子さくらこちゃんから聞いたよ。紫豪しごうって怨念おんねん……」

「自分でかつらの木をどうにかしようなんて! だめだ!」

 まもるが怒鳴る。

「そうよ! 独りで責任を持つなんて!」

 咲子さくこも怒鳴る。

「あいつをやっつけるなら! みんな一緒よ !! 」

 櫻子さくらこが一番、怒鳴った。

「お願いよ。はじめ……。私も連れて行って……」

 緋成あかなは、いや。〝はじめとして〟、櫻子さくらこの手を握る。咲子さくこまもるの手も取った。

「ありがとう。みんな」

「感動のシーンですネ。ヨヨヨ」

 目にハンカチを当てるまなぶ

 涙は出てないけどハンカチはどこから出した。

咲子さくこまもる。これから何が起こるかわからない。護法童子ごほうどうじになっていてくれ」

 はじめに二人はうなずく。ぎんさくらつるぎに、護法童子ごほうどうじへと変身へんしんした。

土御門つちみかど。あいつを倒せる武器を、まなぶを武器に変えてくれ」

錬金術れんきんじゅつね。OKよはじめ

櫻子さくらこって呼んででいいわよ(いいかげんに、呼べよ)」

 そこは聞こえないふりで。

「頼むよ、まなぶ

緋成様あかなさま。イエ、はじめサ〜ン。素直ニなりナサイよ〜」

「何のことかちらぁ?」

 即答でごまかすはじめ

 護法童子ごほうどうじ咲子さくこまもる)は無表情、だけど。〝櫻子さくらこちゃんに何度も言わせんなよ〟な目をしている。

 緊張感もへったくれも無い。どこまでもChickenチキン heartハート(ヘタレ)。

 こうしている間にも、結界は縮む。

 プンスカの櫻子さくらこまなぶの胸に手を。

「ええと。日緋色金ひひいろかね日緋色金ひひいろかね……」

 武器をイメージする。

「オリハルコン!」

「……」

「……何デスか? コレハ。櫻子さくらこサン?」

 学は、ただの金属の塊になった。端っこがちょっと尖っただけの。

 またゲンナリのはじめ

「オリハルコンって、土御門つちみかど〜」

「それは日緋色金ひひいろかねの別の呼び方じゃん。外国で呼ばれてるやつ」

 オリハルコン。その名は古代ギリシャに登場する。有名なのはプラトンが、紀元前三百六十年頃に出版したクリティアスという本に、〝アトランティスに存在した幻の金属〟としるした。

 日本では日緋色金ひひいろかねと同じ金属とされている。

「テヘぺろ。だって武器のイメージなんて分かんないもん」

 仕草がカワイイ。結界けっかいは縮まってくる。

「鬼丸ナントかっテイウ日本刀ハ?」

 オリハルコンっぽい何かのまなぶが提案。

「実物を知らないから」

「ゲームとかに出てくる、カッコイイ武器とかは?」

 まもるも提案。

「ゲームはしないから」

ほうは?」

 咲子さくこも提案する。

錬金術れんきんじゅつじゃビームはできない」

 波動はどう◯は知ってるのか。わけ分かんなくなってきた。

 だから結界けっかいは縮まってきているっちゅーに。このバカチンどもが。

「こう! 結界けっかいごとはらう物ってイメージできないかな!」

 はじめはしびれを切らした。

きょへい?)

 はじめ以外の全員がボソッ。バカチン。

「ピュリリリリ!」

 けたたましい告曉鳥こくぎょうちょうの声。霊感灯れいかんとうがまぶしい。

「あ!」

 櫻子さくらこひらめいた!

まなぶ! Oneワン moreモア chanceチャンス !! (もう一度 !! )お願い!」

「ハイ」

 櫻子さくらこまなぶに、手を当てる。


草薙くさなぎつるぎ !! 』


 日本神話でスサノオがヤマタノオロチから取り出したと伝わる神剣しんけんのち日本武尊やまとたけるのみことの命を救った、三種さんしゅ神器じんぎのうちの一つである。

 炎をはらつるぎ

 櫻子さくらこが叫ぶと、まなぶ身体からだ日緋色ひひいろに変わった。そして神々こうごうしいかがやきを放ちだす。

 やがてそのかがやきはまなぶ変身へんしんさせた。

 日緋色ひひいろの、りっぱなつるぎへと。つばにはまなぶの丸い目が二つ。その下に、コスモスの模様と、おなかにあった丸い水晶みたいなものが一つ。そこから模様が剣身けんしんへと広がる。

長さは1メートルを超えていた。地面から少し浮いて立っている。

「すごい。これが草薙くさなぎつるぎ……」

 いつの間にかつかを握っている格好の櫻子さくらこがつぶやく。イメージした本人が驚いている。みんなもビックリしているのか、黙ったままだ。

「エーと。ドンナ姿なんデス? ワタシにハ、見えナイんですケド……」

 変身したまなぶは自分の姿がわからなかった。そりゃ、そうだ。

「こ、これで見えるかな?」

 はじめが胸の御神鏡ごしんきょうまなぶの前へ、つるぎの全体が見えるように持ってきた。

「コレがワタシ……。ステキ」

 鏡に映った自分を見て、まなぶはウットリ。この、自分大好きちゃんめ。

「アレ? ワタシの中ガ? マルで、泉が湧クようナ、何かガあふれテきてマス」

 またまなぶ、いや草薙くさなぎつるぎかがやきだした。つかを握ったままの櫻子さくらこを包み込む。

Whatワーット! 何これえええ !? 私にくる!」 

土御門つちみかど!」

 たまらず櫻子さくらこの手を握るはじめ。彼女も握り返す。

 とたんに。

 櫻子さくらこは伝わるものを感じた。つるぎから神の力・大口真神様おおくちのまがみさまの心だ。はじめとつないだ手からも彼の力と心が。それらが、やがて彼女の心と合わさった。

 合心がっしん(合神)? それとも、三心一体さんしんいったい(三神一体)と言うべきだろうか?


 今、櫻子さくらこ変身へんしんげた。青い目に金色の髪は変わらない。身にまとったのは、日緋色ひひいろの戦闘服。額には日輪にちりん。そのまわりから陽射ひざしのように広がる金色こんじきのラインが、彼女の金髪に規則正しく絡む。金色こんじき日緋色ひひいろも、同じ太陽たいよう象徴しょうちょうだ。

 草薙くさなぎつるぎはじめが、櫻子さくらこの、陰陽師おんみょうじとしての本当の能力を目覚めさせたのだ。小学生だから〝陰陽(おんみょうじ)〟と、今からそう呼ぼう。

「……おれたち、五人の戦隊ヒーロー?」

 櫻子さくらこの手を握ってるはじめはポッカン。

「みんなお揃いでいんじゃない?」

 咲子さくこ、揃ってない。みんなの姿形すがたかたちはバラバラだ。櫻子さくらこはじめ以外、人の形じゃ無い。

「フフ。〝復活の緋色ひいろオオカミ日緋色ひひいろ陰陽児おんみょうじの誕生〟。デスネ」

まなぶちゃん、それ採用!」

 ウキウキ顔のまもる

「盛り上がってきたわね! イッキに行くわよ」

 櫻子さくらこつるぎを持ち上げる。

「ふん」

 もっと力を入れてつるぎを持ち上げる。

「ふんヌぬ! 重い……」

 動かない。

錬金術れんきんじゅつハ、等価交換とうかこうかんですカラね。重さハ変わりマセン」

 まなぶが、草薙くさなぎつるぎが喋る。

 どんなに大きく、小さくなっても例え広くなっても同じ対価を必要とするのが錬金術れんきんじゅつ

まなぶは何キロ?」

「おホホホホ。失礼な、櫻子さくらこサン」

 はじめ櫻子さくらこの手に自分の手をそえてつかごと握った。軽々と持ち上げる。

「だいたい50キロ」

「ソレ言っちゃダメェー!! 49・5キロデスよ! 50キロジャ、ありマセン!!」

「ごめんまなぶ。そんなもん四捨五入だ、四捨五入」

「トほほ、デス」

 あやまってないぞはじめ。突き落としてどうすんの。しかし、1メートルを越えてるとはいえ重い。何が詰まっている? なことは今はどうでもいいか。

「この草薙くさなぎつるぎで今度こそ。行くよ、土御門つちみかど

「私も?」

「一緒にって、約束したじゃん」

「がんばって。はじめちゃん、櫻子さくらこちゃん」

「何があってもぜったい、二人の邪魔はさせないよ。ぼくたちにまかせて」

 咲子さくこまもるが応援する。

「ワタシもイマす」

 そうだ、そうだった。はじめは大きな声で、

「五人みんなで、あいつを、紫豪しごう怨念おんねんをやっつける!!」

 二人で草薙くさなぎつるぎを掲げる。力を合わせて結界けっかいに振り下ろした。

 つるぎの閃光が雲を、結界けっかいの壁を切り裂く。縮まる動きが遅くなった。

 一部が開いた! 青空がのぞき、小鳥のさえずりが聞こえる。雲雀ひばりだろうか。

「やった!」

 まもるが声を上げた。

「これなら。はじめ

「うん。これなら結界けっかいを消せる。怨念おんねんってやる」

 はじめ櫻子さくらこ草薙くさなぎつるぎに、もっと強く思いを込める。

「ワタシも思いヲ込めてマスヨ」

 二人の思いを感じて言うまなぶ

「分かってるよ」

「もちろん。咲子さくこまもるの思いも入ってるわ」

 紫豪しごうは、攻撃をしてこない。

はじめ。あいつ、静かね」

「もう力は残ってないから。でもまた、ためているのかも」

 つるぎで何度も結界けっかいはらう二人。引き裂いたところから、だんだん外の景色が現れる。

「公園にいる人たちが見えた!」

 はじめが叫ぶ。

「向こうの人には、私たちが見えないのかしら?」

 こちらにいる櫻子さくらこたちに気がついた様子がない。

「強力な結界けっかいデスからネ。完全に消さナイト、見えナイのカモ知れマセン」

 動きが鈍くなったとはいえ、結界はまだ縮み続けている。あいつからの攻撃は、本当にこれで終わったのか。

 咲子さくこが呼びかける。

はじめちゃーん! 結界けっかいがまた、閉じていくわー!!」

「あいつはまだ、何かを企んでいる」

 櫻子さくらこの直感がそう言わせた。

はじめ、急がないと! あいつはまた攻撃してくる!」

 かつらの木の正面に立つはじめ櫻子さくらこ草薙くさなぎつるぎを真っ直ぐ、木へ向けた。

「いいのね? はじめ

「みんなをまもるって決めたんだ。らないと、苦しみは終わらないから」

 そして天を指し示すようにゆっくりと振り上げる。

 すると、かつらの木の真上の雲から雷鳴が。

 稲妻がはじめ櫻子さくらこまなぶへ走った! ドンッという音が響く。

 全てが真っ白になった。何も見えない、聞こえない。何が起こったか、も分からない。

 時が、止まったようだった。

土御門つちみかど……。ええと今、雷が」

「頭の中が真っ白よ。撃たれたよね。雷に」

「どうナッタんですカ? ワタシたち」

 三人はなんともない。

『?』

「ヤッホー。はじめちゃーん。櫻子さくらこちゃーん。まなぶちゃんもー。大丈夫ー?」

 空からまもるの声が。見上げる二人。と草薙くさなぎつるぎまなぶ)。

 ぎんさくらの剣先で電気がバチバチと鳴っている。護法童子ごほうどうじがいた。咲子さくこまもるが雷を受け止めたのだ。

まもる!」

咲子さくこ! 平気なの!?」

「わたしたちは大丈夫よー」

「ぼく、鬼退治の時に、コツをつかんだよー」

 ドンッ! 次の一撃がまた、はじめ櫻子さくらこを狙った。が。

 護法童子ごほうどうじが稲妻を吸い寄せる。

まもる! 咲子さくこ! 最高に Coolクール!(カッケー!)」

 ほめる櫻子さくらこ

「避雷針かー!!」

 つっこむはじめ

さくちゃんのおかげだよー」

「ステキよー。まもるちゃーん」

 大きな声の護法童子ごほうどうじ咲子さくこまもるは、聞こえるように、わざと大声。

「愛の力デスネ。イチャイチャすんナ」

「なんかムカツク」

 はじめのグチに櫻子さくらこは。

かないの」

「私たちもー! ああなればいいのよー!!」

 櫻子さくらこの大声をはっきり聞いた護法童子ごほうどうじまもる咲子さくこ)がほくそ笑む。うプぷプ。

「さて、雷のみなさん。空に帰りなさい !! 」

 まもるの声で剣先の電気がかつらの木の真上へ一直線に、雲をつらぬく。日の光が注いだ。

 破れた結界けっかい。そこは二度と元に戻らなかった。

紫豪しごうの力を逆に利用したのか。だから破れたままなんだ」

 感心するはじめ

はじめ護法童子ごほうどうじつるぎの先、まだバチバチ光ってる」

まもるー! 咲子さくこー! 雷が残ってるわよー」

 櫻子さくらこまもるが答える。

「半分、残してあるんだー。あいつがまた攻撃してくるかもしれないからー」

「! まなぶ草薙くさなぎつるぎって感電する?」

 はじめは何か思いついたようだ。

「? ワタシの式神しきがみとシテの力を使えバ、電気ハ貯めるコトはデキますが……。アア!」

 まなぶは気づいた。

「そういうことねはじめ!」

 櫻子さくらこがうなずく。

 はじめ櫻子さくらこは、草薙くさなぎつるぎ護法童子ごほうどうじに向けた。

まもる! 咲子さくこ!」

『なるほど !! 』

 まもる咲子さくこも気づく。

 五人の気持ちがそろった。

『いくよ! はじめちゃん !! 』

 雷鳴が鳴った。稲妻が草薙くさなぎつるぎへ飛ぶ。


HEREヒア WEウイ GOゴー !! 』


 五人の声とともに振り下ろされた草薙くさなぎつるぎが、日緋色ひひいろの電撃を放つ。太陽たいよういろをした、電撃。

 五人の負けない気持ちが詰まったいろ

 それは、迷うことなく真っ直ぐに、かつらの木へ。先のはじめの攻撃で、幹の中心にできた亀裂に電撃が駆け巡る。

 その時、はじめ櫻子さくらこは見た。

 かつらの木の中に立つ影。

(人か?)

(人なの?)

 右半分を仮面で覆った顔。二人と目が合う。笑った。その顔は炎に包まれて、そのまま燃え尽きた。最後まで、笑いながら。

『人間! 紫豪しごう !! 』

 二人が声をそろえて叫ぶ。

 燃え上がるかつらの木。残った花から、いっせいに七色の火花が噴き出す。

 その時、櫻子さくらこの記憶が。——遠い昔。むらさきオオカミ紫豪しごうと、あけ緋色ひいろ)のオオカミ緋成あかなの兄弟がいた。神に反乱した紫豪しごうに、緋成あかなはやめさせようと。その彼と一緒に戦った記憶。自分は金色こんじきオオカミの姿で、緋成あかなと同じ眷属けんぞくとして戦った。

 そしてこの戦いが終わったら。あけ緋色ひいろ)と金色こんじき二柱ふたはしらは将来を共に——。反乱は止んだ、紫豪しごうは滅んだ。でも、あけ緋色ひいろ)のオオカミ金色こんじきオオカミも息絶えて、魂は離れ離れに。

 ほんの、一瞬見えた出来事に涙が流れる。

 あっという間に灰となったかつらの木。みんなの目の前には、立派なあの姿は今は無く。

 依代よりしろであったかつらの木が無くなり、結界けっかいがゆっくりと消え始めた。同じく五人も、ゆっくり元の姿に戻っていく。

「勝った?」

「勝った。よね?」

 咲子さくこまもるが確かめ合う。実感が湧かない。

「勝てマシタ。ですヨネ?」

 まなぶも信じられない顔。

「勝てたわよ。私たち。そうでしょ? はじめ

 見えた光景が頭に残る櫻子さくらこ。涙目。フワフワした感覚が邪魔をする。

「これが本当のことか、分かんねえ」

 はじめもボーとしている。


かつらの木は、消え去った。二人で、いや五人でまもったのだ。おめでとう。みんな)


 五人に、言葉が注がれる。

「今の、神様? みんな感じた?」

 咲子さくこが全員に聞いた。もちろん、とみんなうなづく。

 はじめが感じたこの言葉は、カモカモ先生とは違う。きっと、大口真神様おおくちのまがみさまだ。

「勝ったんだよ! おれたち !! ……(さよなら、兄さん)」

「やったああああ!!」

 みんなで飛び跳ねた。咲子さくこまもるに抱きつく。その二人を胴上げするまなぶ

 櫻子さくらこはじめに飛びついた。

「やったわね! はじめ! 私たちで !! 」

「うん。土御門つちみかどのおかげだよ。でさ、見た?」

 我に返る櫻子さくらこ

「見たわ。あれは人間だった。それと」 

「私も……眷属けんぞくだったのね」

「それ、思い出したんだ。どこまで?」

はじめと一緒に紫豪しごうと戦ってたこと。それと私が、眷属けんぞくの魂を持って人間に生まれてきたことも」

「それだけ?」

 白金はっきんオオカミ八咫烏やたがらすのことは思い出してないらしい。

「そうそう! 私たち、夫婦になる約束してた !! どうよ! どうよー!」

 はしゃぐ櫻子さくらこはじめは慌てた。

「そそそそんなことは思い出さなくても」

「ププぷ」

 まなぶには聞こえていた。吹き出す。

はじめちゃん。櫻子さくらこちゃん。ぼくたち二人、見えたんだ。かつらの木の中の人。あれは何?」

 まもるが聞いてきた。

「二人も見たんだ。あいつが紫豪しごうだよ。怨念おんねんの魂だけが復活したんじゃないんだ。紫豪しごうは人間に生まれてた」

「ワタシにも分かりマシタ」

はじめ紫豪しごうも、燃えちゃったの?」

 櫻子さくらこが聞く。

「うん。あいつが燃えたのは見た。ここに怨念おんねんは感じない。土御門つちみかどは?」

「前髪がれないから、いないと思う」

紫豪しごうもいなくったのよね? はじめちゃん」

 咲子さくこはじめはうなづく。

「ふう。気が抜けちゃった」

 櫻子さくらこの顔がほころぶ。安らかな表情。


櫻子さくらこちゃん?」

 びっくりする咲子さくこ

 突然、櫻子さくらこの目に涙が浮かんだ。

 どんどんあふれて、止まらない。涙が次から次へと頬を伝って落ちていく。

「あれ? 私……。ああ、そっか」

 感情が、膨らみ切った。

はじめが……はじめが神様だったなんて」

「私だけ……人間に生まれてきたなんて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る