日緋色の鏡・緋色の剣

「はー」

「ジー」

「めーサーーん!」

 どこかからはじめの名、緋成あかなを呼ぶ声が近づいてくる。

 近づいてくる、というより落ちてくる?

 ドーン!

 まなぶが上から落ちてきた。芝生がおもいっきりへこんだが着地には成功。

「お待タせシマしたー。はじめサ、ではナクテ緋成様あかなさま

 あ。やっぱりまなぶも最初から知っていやがった。彼の姿を見たとたん、呼び変えた。しかも〝さま〟呼び。カモカモ先生の式神しきがみだということが、緋成あかなは今分かった。

 しかし紫豪しごうの顔に背中を向けてていいのか? まなぶ

「うむ、苦しゅうない。てか、なんで空から降ってくるん?」

 いつものはじめのしゃべりかただ。中身は変わってない。

「人目ヲ忍んデ。イヤー、苦労しまシタヨー」

「コノ結界けっかいが思ったヨリ分厚くテ。歩いテタはずナノに、イツの間ニカ空ニいまシタ」

はじめサ、ではナクテ緋成様あかなさまのゴ両親に協力シテいただきマシタ。おかげサマでなんとかココに」

「父さんと母さんが来てくれたんだ!」

「ハイ! 結界けっかいの外デ待ってクレていまスヨ!」

 ジーン。感動するはじめ、ではなくて緋成あかな。涙が出そうになってる。

「ミナさんゴ一緒に、感動ノ再開をハタしまショウ!」

 だから、紫豪しごうの顔に背中を向けてていいのか? まなぶ。カモカモ先生の結界けっかいの外にいんぞ。ほら、牙が押し寄せて来た。

 いっせいにまなぶを襲う牙。全部、が跳ね返された。砕けて消える牙。

「なんで?」

 緋成あかな櫻子さくらこはキョットーン。櫻子さくらこのさっきの戸惑いまで、砕けて消えちゃった。

 キョロキョロするまなぶ

「あレ? カ、」

(しーっ!)

 口に人差し指をあてる緋成あかなまなぶに向かって、

(先生は食べられちゃったんだよ! あいつに! 土御門つちみかどは見てないからシー!! )

 ヒソヒソ。下手に知られると、櫻子さくらこはショックを受けるかもしれない。気をつかう。

(エ。えエッ!? チッ、余計なコトを。マタかよ、デス)

 ヒソヒソヒソ。

「余計なこと?」

「ソウそう。ゴ両親から、コレを」

 絹布に包まれた丸い物を見せるまなぶ。話題を変えた。こっちが本題だ。

「これって!」

 急いでほどく緋成あかな。中から丸い鏡を取り出す。緋成あかなの手にすっぽり収まる、それ。

 御神鏡ごしんきょう。それは御神体ごしんたい依代よりしろとしてまつられる。神様がいつも宿っていてくださる、とても大切な物。

 いや、神様の分身だ。物では無い。

大口真神様おおくちのまがみさまを連れてきてくれたんだ。ありがとうまなぶ!」

「イエ、そんナァ」

 頭をポーリポーリ。牙を跳ね返したけど、紫豪しごうの顔に背中を向けてていいのか?

「冷たい」

 そっとなでた櫻子さくらこはすぐ手を引っ込めた。ヒンヤリを通りこして、氷のように冷たかった。

「ソレはデスね……」

式神しきがみまで邪魔しに来やがってえええ! お前たちはあああ !! ]

 紫豪しごうの顔が、火炎を吐いた。ドロリとした紫色の火。どす黒い紫。言わんこっちゃない。あれほど背中をと。

まなぶ !! 』

 叫ぶ二人。

 火が、まなぶ身体からだをあぶる。ネットリとした灼熱が彼を焼きつく……さなかった。ケロリン。

 平気な顔の様子。表情は文字通り硬いけど。紫色の火はたちまち消え去った。牙も炎も彼には効いていない。なぜ? 二人の頭に「?」が。

 答えるまなぶ

「ソレはデスね。ワタシの身体からだがヒヒイロカネで、できてイルからデス」

日緋色金ひひいろかね !! 」

 櫻子さくらこは驚いた。その金属きんぞくの名を知っている。

日緋色金ひひいろかね……」

 緋成あかなはつぶやいた。彼も知っている。

「ナゼか、結界けっかいのろいハ、このヒヒイロカネには効きマセン。神様のタメの道具、神具しんぐにヨク使われテいまシタ。三種さんしゅ神器じんぎモ、ヒヒイロカネでデキテいますヨ」

 だからまなぶは、結界けっかいを通ることができた。のろいの牙も、のろいの炎をも消す。神様の分身だから?

 ま、いっか。

「ああ。話しガ前後しまシタね。コノ御神鏡ごしんきょうも、ヒヒイロカネで、できてイルからデス」

「イツも冷えヒエですヨ」

 日緋色金ひひいろかね。ダイヤモンドよりも硬く、永遠に錆びない金属。触るとなぜか冷たく感じられる。その材料は何か? どうやって造るのか? 日本では古墳時代こふんじだいを最後に、その技術は失われている。

 日緋色ひひいろ、それは太陽たいよういろ。その名を持った金属。

 太陽たいようのようにあかく、太陽たいようのようにかがやく。

 紫豪しごうの顔のえぐれた部分が、いつの間にか元に戻っていた。時間を取りすぎたか。ずっと火炎を吐き続ける。

 まなぶ身体からだはびくともしなかったが、カモカモ先生の結界けっかいは破れそうになってきた。穴がいて火が少しずつ入って来る。

「急がナイと。コノ御神鏡ごしんきょうは、ここニ」

 緋成あかなの胸の輪っかにまなぶがはめ込む。カチリとはまって日緋色ひひいろかがやきを放った。すると。

 緋色ひいろよろいが現れ彼の身体からだにまとう。肩に腕に、足に胴に。

 顔にはオオカミの口の形をした頬当てが現れた。まさしく〝緋色ひいろオオカミ〟の顔。

 これなら火炎を防げそうだ。緋成あかなを左腕に巻きつける。

「じゃあ、さっそく」

 胸の御神鏡ごしんきょうに右手を当てる。もっと日緋色ひひいろかがやした御神鏡ごしんきょう。そこから、つるぎつかが出てきた。握る緋成あかな緋色ひいろつるぎが姿を現す。構える緋成あかな

咲子さくこまもるは……、まだ眠っているな。土御門つちみかども休んでて」

まなぶ。三人を頼むよ」

「オまかセくだサイ!」

緋成あかな。……ちがう、はじめ。気をつけて」

 櫻子さくらこの目にうなずく。緋成あかな紫豪しごうの顔に向かって叫ぶ。

Let'sレッツ startスタート the partyパーティ !(パーティを始めよう!)」

 結界けっかいを飛び出す。身体からだに牙が命中しても、火炎が命中してもよろいはそれを防ぎ、消し去っていく。さすが日緋色金ひひいろかね

 紫豪しごうの顔の前にたどり着くや、緋成あかなは手に持つつるぎをひと振り! 太刀先が鋭い。

 それより速くかわす紫豪しごうの顔。端を切りつけただけだった。

 やつも顔の両側から、何本も紫色のつるぎを伸ばした。普通のつるぎとは違って、自由に曲がり、しなる。緋成あかながぐちる。

「どこまでも異様な姿なやつ! ダーウィンに文句を言ってやりてええ !! 」

 お前の進化論はなんなんだ、と。

「あ、こいつは生物なまものじゃなかった」

 てへペロ。それを言うならもの、だ。

「もう一つ !! 」

 御神鏡ごしんきょうから、緋色ひいろつるぎを抜く! 二刀流だ。

つるぎだから二剣流ふたつるぎりゅうかな?」

 ドヤ顔の緋成あかな

 紫豪しごうの顔がつるぎを振り回す。何本ものそれがしなって、彼を攻める。

 二つのつるぎで受け止める緋成あかな。睨み合う、緋色ひいろと紫色。

紫豪しごう。お前は強すぎた。自分のためだけに強くなるなんて、弟として情けないよ」

「自分が強いだけじゃ、勝てない……。紫豪しごう。お前は、〝おれたち〟に負ける」

「欲望で! 世界を手に入れられるものか !! 」


[お前はオレより弱い。緋成あかな、何をしても無駄だ。——必ず]

土御門つちみかど櫻子さくらこを]


もらってやるよ】


 それを聞いて、湧き上がるにくしみとうらみ。だが緋成あかなは、一瞬で自分をしずめた。

 目が、緋色ひいろに燃える。もう〝にくみはしない〟、〝うらみはしない〟。

「兄さん……。おれは、櫻子さくらこを〝まもる〟」

邪悪じゃあくな者は、去れ……」

 緋色ひいろの火花を散らして、紫色のつるぎが折れて消えた。

 紫色の目が、うらみに燃える。舌打ちをする。

い子ぶるな……。コッチに来い! オレの所に来やがれ !! 】

 激しい攻防が始まった。

 どちらも引かない。櫻子さくらこまなぶ見護みまもる中、緋色ひいろの火花と紫色の火花が交差する。緋色ひいろつるぎに弾かれて、折れても折れてもえる紫色のつるぎ。動きが見えない。火花だけがうずを巻く。

 勝敗は一瞬。

 紫色のつるぎ緋成あかなの、二つの緋色ひいろつるぎを弾いた。一際ひときわ大きい紫色の火花。


【勝ったな】

 紫豪しごうの顔が笑う。緋成あかなの首へつるぎを走らせようと。


 緋成あかなも、笑う。

『絶対、みんなをまもる !! 』


 緋色ひいろつるぎが、紫豪しごうの顔をつらぬいた。

【なんだ?】

 表情が固まる紫豪しごうの顔。緋色ひいろつるぎを見る。

 御神鏡ごしんきょうから直接、緋色ひいろが伸びて紫豪しごうの顔の後ろまで突き抜けている。

 三剣みつるぎめのそれはかがやき出す。あつかがやき。

「あきらめてよ……紫豪しごう

 緋成あかながもう二つのあつかがやきを頭上にかかげる。——そして振り下ろす。

 ぷたつにされる紫豪しごうの顔。やつの右の目と、左の目がゆっくり離れていった。それは崩れて燃えて灰の山になる。そのあと……。

 そこに、むらさきオオカミが現れた。紫豪しごうだ。

【また? 負けたのか? オレは……】

 弱々しい色。みるみる色が抜けていく。残ったのは、怨念おんねんの色と絶望ぜつぼうの色。

にくいぞ緋成あかな……。オレは負けない。うらんで……や……】

 紫色が、真っ白な灰となって、空へと舞った。訪れた静けさ……。赤い花がしおれてかつらの木がしぼみ始めた。

はじめ。……紫豪しごうって、名前? 誰なの?」

「……」

 櫻子さくらこの問いにだまって首を横に振る緋成あかな

「オカシイですネ? 結界けっかいがマダ消えナイ」

 途中からやって来たまなぶは、まだ知らなかった。ラスボスが何か。

 灰になったむらさきオオカミは、まだ、本体ではない。緋成あかなはわかっている。

「そこにいるんだろう! 兄さん !! 」

怨念おんねんの魂だけになって、どうするんだ! もう、力は残っていないはずなのに !!」

 かつらの木に向かって叫ぶ。

「……そうイウことデスカ。どこマデも〝怨念おんねん〟」

 まなぶは理解した。どこまでもしつこい。

「兄さん? 誰? どういうこと?」

 緋成あかなの腕をつかんで櫻子さくらこただした。

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