復活——緋色の狼

「おーい。狼堂えんどうクーン」

狼堂えんどうはじめクーンってばさ。っちゃだめだー。戻っておいでー」

(いえ! カモカモ先生、授業はちゃんと聞いてました! ……ハイ?)

 はじめはちょっと正気に戻った。ちょっとだけ、まぶたを開く。と。

 ぼやけて見える牛鬼うしおにの一つを、ぼやけて見える誰かの足が踏みつぶした。牛鬼うしおには弾けて霧のように消える。

「なに、踊って……んの? 先生」

 カモカモ先生がいた。ヘロヘロなしゃべり方で、ボケた質問をするはじめ

 実際、カモカモ先生は華麗なステップを踏んでいたけど。牛鬼うしおにも踏みつけていた。次々と消えていく牛鬼うしおにたち。タたんタンタンたんタカタン。

「ダメだよー、狼堂えんどうクーン。これはこう使わないとー」

 軽いなー。

 カモカモ先生は手に持っている大口真神様おおくちのまがみさまのおふだをピラピラさせて、はじめの額にペタッと。キョンシーか! 大口真神おおくちのまがみの文字が、まぶしく強く輝く。

「このおふだー!!」

 櫻子さくらこたち三人のためのおふだ

「ここに貼るなー!!」

 はじめの叫び声でお札がビラビラビララ。

「あれ? 身体からだ、何ともない?」

 腕と足をブンブン振り回す。周りも、はっきり見える。

狼堂えんどうくんいのちが戻っただけだよ。大口真神様おおくちのまがみさまの力もプラスされてね」

「あの子たちにもきみいのちはしっかり伝わってる。いずれ目を覚ますさー」

 カモカモ先生が、太く渋い声で淡々と説明する。たんタカタン。ずーっとステップで牛鬼うしおにを踏んづける。

 やっぱりなんか軽いなー。

「ななな何で先生にそんなこと分かるのー!?」

「どどどどうしてここにいるのー!?」

「ううう牛鬼をやっつけられるのはー!?」

 矢継ぎ早に「!? !? !?」を発射するはじめ。当たったら痛そうだな。

 キラーン。

 カモカモ先生の目が光る。

「それはだね」

 太く渋い声が、キリッ!

 何十匹かの牛鬼うしおにが先生めがけて飛びかかってきた。

「お前たち、うるさい」

 ペシっ。一匹を、片手で軽くはたく。

 全部、消し飛んだ。

「そこも邪魔」

 その手を続けて振って、別の牛鬼うしおにたちを、

「シッシッ」

 数十匹が吹っ飛んで消滅。

 はじめは口をアングリ。

「と、このように。かわいい生徒のためなら、先生は強くなれるんだ」

 も一度、キリッ!

 口アングリでうんうん。いや、説明になってない。

「次はきみが、とっとと片付けるんだ。Nextネクスト Pleaseプリーズ !!(次の方、どうぞー!!)」

「おれが、とっとと? ね、ネクスト?」

 カモカモ先生の言葉にはじめはアワアワ。

 カシャカシャカシャカシャと牛鬼うしおにたちは騒がしく足を鳴らす。憎しみの目でカモカモ先生を睨む。

 かつらの木のもとへと集まりだした。一つの大きな塊となってまた、一匹の牛鬼うしおにに。結界の中に、吼える声が響いた。雷が鳴り風が吹き荒れる。

「怒ってるなー」

 カモカモ先生、のほほん。

「最初よりすっげえ大きくなってる。せ、先生?」

 なんか足が増えて、40本くらいになってる。もっと強くさせてどうする。抗議の目でカモカモ先生を見るはじめ

 まったくどないせえっちゅうんじゃ。

 二人を狙って長い足が振り下ろされる。その先には太く鋭い爪が。

「とりゃ」

 グーで殴る先生。ボッキリ折れた牛鬼うしおにの足。

 今度は横から、しなる別の足が襲いかかってきた。

「ふん!」

 素手でつかみ取り、力を込めてねじる。先生の腕の筋肉が盛り上がった。

 ねじられた足が砕けて消えた。

「先生がやっつけてくれたらいなあ」

 チラッチラッ。はじめは期待を込めた視線を送る。他力本願はみっともないと言ってたのはどの口だ。

「これはきみたち自身が解決しなきゃ。じゃなきゃ先に進めないよ?」

 だから、どうしろと。どこに向かわせるつもりだ。

「危ない! 先生、後ろ!」

 背後から先生に鋭い爪が襲ってきた、その瞬間。

 はじめの足がけり上げた。神社の境内で櫻子さくらこまもった時のように、身体が勝手に動いた。折れてどこかへ飛んでいく爪。

「あ、出来ちゃった」

きみには大口真神様おおくちのまがみさまの力もプラスされてるって言っただろ?」

狼堂えんどうくんはやれば出来る子だ。先生は信じてた、ぞ♡」

 はじめにウインク。キモ。

「ああ、そうそう。土御門つちみかどさんたち三人は、先生の結界けっかいまもってるから」

 次から次へと牛鬼うしおにの爪が二人に降る。はじめとカモカモ先生はそれをへし折って、どんどんもぎ取る。はじめには大口真神様おおくちのまがみさまが力を貸してくれている。心強い。牛鬼うしおにの足はとうとう2本に。

 最後の2本が同時に攻めてきた。グーに思いっきり力を込めるはじめ

「これは咲子さくこまもるの分 !!」

 パンチが根本から2本の足を引きちぎる。粉々に飛び散った足が消えていく。

 足が全て無くなった牛鬼うしおには、芝生の上に這いつくばりながらジタバタ転げ回った。

六根清浄ろっこんしょうじょう! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

朱雀すざく! 玄武げんぶ! 白虎びゃっこ! 勾陣こうちん! 帝久ていきゅう! 文王ぶんおう! 三台さんたい! 玉女ぎょくにょ!—— 青龍せいりゅう!」

 櫻子さくらこと同じ九字くじを切ったはじめ。人差し指と中指を立てて、大きく格子こうしを描く。

櫻子さくらこの分だあ !!」

 格子こうしの光が広がって牛鬼うしおにの顔を、体ごとつらぬく。吼える牛鬼うしおに。引き裂かれ、バラバラになってかつらの木の前に積み上がった。

 そこからブスブス煙がのぼる。燃えて、紫色の炎の山となっていく。

「やった! カモカモ先生!」

「大したもんだよ狼堂えんどうくんきみに惜しみない拍手を送ろう。ついでにウェーブも」

 パチパチパチパチ。拍手で、ひとりウェーブをするカモカモ先生。

 手を打ちながら屈伸運動をするだけの、ただのオッサンになった。こんなオモチャがどこかにあったような、なかったような。

「あれ。結界けっかいが消えない?」

 はじめは不思議な顔。ラスボスを倒せば世界が変わるのが定番なはずなのに。

「うーん、先生も考えが甘かったかな?」

 と、カモカモ先生。

「じゃあ、あのかつらの木……。やっぱり」

 かつらの木は依代よりしろにされている。あの中に、〝紫色のあいつ〟がまだ、いるということだ。

 あいつをやっつけるしかない。でも……。

 はじめは考えたくなかった。〝紫色のあいつ〟とかつらの木をまるごと。

 あのかつらの木は何百年も見護みまもってきてくれた〝御神木ごしんぼく〟だ。この地から無くすことはやりたくない。あいつを引っ張り出せれば一番良いのだけれど、どうすればいいのか。

「焼き払うかい? 方法はある。手助けは出来るよ」

 カモカモ先生がはじめに問う。思っていることを見透かしているようだ。

 どうする、はじめ

 紫色の炎から嫌なにおいが漂ってきた。

 嫌な考えも浮かんでくる。

〝紫色のあいつ〟がこのまま見過ごすはずはない。早く何とかしなければ。

 はじめの額に汗がにじむ。

 炎が突然、舞い上がった。紫色の炎が一気に大きな火炎の玉に。しつこい。

「決めるのが遅いよ、はじめ。どうする?」

 カモカモ先生は静かに叱る。

「あ、あの、先生」

 先生の言葉に、戸惑うはじめ

 紫色の火炎玉に顔が浮かんだ。去年見た、顔。右目の炎がどす黒い。歯をむき出しにしてはじめをあざ笑う。

[どうだい? 勝ったと思っただろう? 昔から生っちょろいなお前は]

 去年、感じた声だ。〝紫色のあいつ〟の声。以前に、まもるの口を利用したきたならしい喋り方。

 今、あいつは初めて自分の声で喋った。

 はじめの中に緋色ひいろの火がついた。

(この顔が、櫻子さくらこと、咲子さくこまもるを苦しめたんだ。きっと、これからもいろんなものを巻き込んで、みんなを苦しめる)


『絶対、みんなをまもる』


 カモカモ先生はしっかり、はじめの言葉を聞いた。

 紫色の顔から、網の目のように腕が突き出た。何百本もの腕が複雑に交差している。

[あの時の再現だ。鴨武かもたけ。またお前を動けなくしてやるよ]

 腕たちがいっせいに向かって来た。速い。

 右の手のひらをかざすカモカモ先生。はじいた。迫る次の腕を左手でたたき切る。

「お前は昔からそうだ。相手を、見下し過ぎる。だからお前はあの時、〝負けた〟。〝もう、はじめは勝っている〟」

 と、先生はあいつに言いながら。べコン! バキバキバキ。

 カモカモ先生は街灯のポールを引き抜いた。つかんだ部分がへこむ。バッキン。2本に折ってうちの1本をはじめに放り投げて渡す。これで応戦しろと。

はじめきみの言葉は、しっかり聞き受けた。好きに振り回せ」

Let'tレッツ startスタート the partyパーティ.(パーティを始めよう)」

 二人が走る。あいつの腕を断ち切りながらかつらの木へ。

 どんなに攻められてもはじめは止まらない。力がみなぎる。みんなを、櫻子さくらこまもるために。

 紫色の顔が紫色の火炎を吐く。はじめの前に立ちはだかる。

朱雀すざく! 玄武げんぶ! 白虎びゃっこ! 勾陣こうちん! 帝久ていきゅう! 文王ぶんおう! 三台さんたい! 玉女ぎょくにょ! 青龍せいりゅう!」

 九字くじ格子こうしが火炎に穴を開けた。はじめは突撃する。かつらの木をめがけて念を込めたポールをかまえた。意識を集中する——。

「これで、どうだあ!!」

 放たれたポールは幹にある縦のくぼみに突き刺さった。のろいの藁人形わらにんぎょうが埋まっている場所。かつらの木の幹の中心に亀裂が入る。バキバキバキッと、悲鳴をあげた。

はじめ!」

 カモカモ先生がはじめを抱えて飛んだ。あいつの腕が空を切った。

「気を抜くなよ。後ろから狙われたぞ」

「ごめん先生。かつらの木は?」

 痛みで震えてるように見える。赤い花が散る。紫色の顔もしぼんで小さくなっていく。

 無数の腕は芝生の上にパタパタ力無く落ちた。

「これで——」

 言いかけたはじめちゅうに放り投げ出された。先生が張った結界けっかいの中に、櫻子さくらこたちのそばに落ちる。

「イタたた。先生?」

 顔を上げて先生を見るはじめ

「先生も気を抜いちゃったな」

 彼がよろけながら立つ。

「まだまだ、終わってなかったよ。そうとうな〝怨念おんねん〟だ」

 右胸に、あいつの腕が刺さっていた。こいつからはじめを助けるために放り投げたのだ。

 カモカモ先生の身体中からだじゅうにあいつの腕が巻きつく。腕と足を引っ張り出した。

[動けなくしてやるって、言っただろ? これから心臓も動けなくしてやるよ]

「先生!」

「今、助けにいくから! 武器! 何か武器は!」

 あわてて見まわすはじめ

 先生の後ろに、小さい紫色の顔が。口を開けながらまた大きくなっていく。口の中にたくさんの牙が伸びてくる。

「待て。そこから出るな」

狼堂えんどうはじめ土御門つちみかど櫻子さくらこ道標みちしるべになれ。助け合え」

「こんな時になに言ってるんだよ先生!」

 牙を生えそろえた紫色の顔。

「お前たちがここにいる、この世界に生まれてきた理由はすぐに思い出すさ」

 がんじがらめになった手で、首から錆びたを引きちぎった。

 それを、ゆっくりはじめにかかげる。


うらむのではい。まもるのだ。二人ふたりで』


 を、はじめに向かって投げた。と同時に。

 紫色の大きな口が、カモカモ先生を飲み込んだ。声も出さずにいなくなった先生。

[なんだ、もう終わりか。つまらん。あんまり美味くないな]

 紫色の顔が、でっかい舌で口のまわりをベロン。きたならしい態度でバカにした。

「先生 !!」

 おとも無くはじめの足元に転がる

 ただ立ちつくす。何度も感じた、聞こえたあの声。はじめを導き、櫻子さくらこと、咲子さくこまもるを助けてくれた。

「カモカモ先生だったんだ」

 彼は最初から知っていた。見ていてくれた。はじめ櫻子さくらこの行く末を、咲子さくこまもるを含めた四人をまもり続けていてくれた。

狼堂えんどうはじめ土御門つちみかど櫻子さくらこから食ってやるよ。ありがたく思え]

 ヘラヘラ笑う紫色の顔。完全に見下している。

 に触れるはじめ

 リン

 鳴ることのなかったが広がる。緋色ひいろかがやきと一緒に。

 を拾って握りしめる。

 リリン リリン

 止まることなく広がる緋色ひいろかがやき。やさしい音色ねいろかがやきはあたたかく、はじめ櫻子さくらこ咲子さくこまもるを覆っていく。

 ずうっとつづけ、かがやつづける。

 リリン リリン リリン——櫻子さくらこが、目を覚ました。

 こころ身体からだが安らいでいた。つらさも苦しみも、消えていた。最初に聞こえたのは、。見えたのは、やさしいかがやきと、はじめの後ろ姿。と、紫色の顔。

 やさしい音色ねいろかがやきが、はじめと自分たちを包んでいる。つぶやく櫻子さくらこ

はじめ……)

[今さら無駄だよ]

 そう言うと紫色の顔が、牙をはじめに向けていくつも飛ばした。

 リリン!

 ひときわ大きい緋色ひいろかがやきがそれをはね返す。

 を見つめるはじめ。思い出す。

(そうか……。どんな祝詞のりとだったっけ。もっと練習しとくんだった)

 小さい頃から洸壱こういちに教え込まれた祝詞のりと

(えーと。たしか、ちょっとだけ変えるんだったな)

はらたまい きよたまへ(はらいおきよめください)」

おいもり大口真神おおくちのまがみよ」

われ大口真神おおくちのまがみともにともうしますことを」

われえて瑞穂國みずほのくにをおまもりしますともうしますことを」

「おとどけくださいませとおそおおくももうげます」

はらたまい きよたまへ(はらいおきよめください)」

 を持って大きく柏手かしわでを打つ!

 リリリリン !!

 緋色ひいろひかりが輪となってはじめ身体からだを通り抜ける。

 指先から腕、身体からだへ。そこに現れたのは。

 緋色ひいろの髪に緋色ひいろの目。額に、日輪にちりん

 胸には首飾りに見える輪っかを備えた、緋色ひいろの服に身を包む者。

 変身へんしんしたはじめだった。

 見つめていた櫻子さくらこは、ただ。

はじめ……。はじめが……」

 はじめは思いっきり、叫ぶ。

われは、あけ緋色ひいろ)のオオカミは、緋成あかな! かみ眷属けんぞくである !!」

 はじめは、いや緋成あかなは全てを思い出した。

 夢で見た、

 白金はっきんオオカミ

 八咫烏やたがらす

 紫色のあいつ。は、紫豪しごうむらさきオオカミかみ眷属けんぞく

 自分のこと。は、緋成あかなあけ緋色ひいろ)のオオカミ、同じくかみ眷属けんぞく

 紫豪とは〝兄弟きょうだい〟。

 そして、金色こんじきオオカミであり、かみ眷属けんぞくであった櫻子さくらこのこと。

 二人は、その魂が人となって生まれてきた。

 はじめはもう一度、眷属けんぞくとして生まれ、櫻子さくらこ陰陽師おんみょうじとして生まれた。

 紫豪しごうの〝怨念おんねん〟を断ち斬るために。

 櫻子さくらこはこのことを、まだ知らない。

邪悪じゃあくな者は、去れ!」

[お前はあ! どこまで邪魔をするうううう !!]

 紫豪しごうの顔が緋成あかなに向けて牙を撃ち出す。〝怨念おんねん〟に満ちたみにくい姿。

 リリン!

 結界けっかいの外に伸ばしたを持つ右手が消し去る。

邪悪じゃあくな者は、去れ!!」

[滅ぼしてやるううあああ !!]

 紫豪しごうの顔は、その口と、牙を一気に延ばす。結界けっかいごと噛み砕こうと、緋生あかなのいるところまで。

はじめ! 危ない !!」

 カモカモ先生の結界けっかいがはじく。ガリガリとおとが鳴り、火花が散る。

 緋成あかなは顔色を変えず、を握ったこぶしで殴る。あいつの顔の一部がえぐれた。

土御門つちみかど。起きてたんだ」

 立ちつくす櫻子さくらこ

はじめが、神様だったなんて……」

 戸惑っている、櫻子さくらこの目。大好きな男の子が……。

 えぐれた部分にダメージがあったのか、紫豪しごうの顔は動きが鈍った。しかし牙を乱射し続けた。牙は鳥の大群のように自由に飛び回り、さっきの腕より複雑で激しい動き。

 〝怨念おんねん〟で狂った動きだった。

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