四色の光・十二色の切り札

 手? 足? 八本ある。それの先に、太く、長い爪が一本づつ、のびている。

 地面をはうように走ってくる。クモの姿だ。顔は、鬼。

 体の長さは2メートルほどか。

牛鬼うしおに!」

 壱がマンガで読んだ妖怪に似ていた。思わず口走る。

「ムッキーィィィィ!」

 櫻子さくらこの声が、そう聞こえた。怒りの金切り声。はじめはボソリ……。

「あ、壊れた」

○hitシッ○ !!(ク○が!!)」

Son of aサノバ ○itchビッ○ !(この、○ソ野郎!)」

Don'tドント disturbディスタああアブ !!(ジャマするなああああ!!)」

 悪口を牛鬼うしおににぶつける櫻子さくらこ。良い娘も悪い娘も、マネしちゃダメだぞ。特に、〝 Son of a ○itch 〟を詳しく聞いちゃダメだぞ。絶対だ。

はじめの、はじめのぉおおおお! 良いとこだったのにぃいいい!!」

 これは怨念おんねんではない。乙女のほんの、ささやかな恋心をジャマした牛鬼うしおにが、悪い。

 おお怖……。

式神しきがみ!」

 式札しきふだを2枚、放つ。2匹の赤い蛇となり2匹の牛鬼うしおにをしめ上げる。

 ミシミシ形がゆがむ。しかし、平気な顔で蛇を引きちぎった。

 式札しきふだはあと16枚。

 赤いアゲハ蝶はまだ四人をまもってくれているが、いつまでつかわからない。

 牛鬼うしおには不気味に笑う。

 はじめがワナワナふるえる。拳に力をこめて、

「腹が立ったあ! なに笑ってんだっっっよ!」

 やつの顔めがけてグーパンチ。

「お前もだよ!」

 もうひとつにパンチ。ヤツたちは吹っ飛んだ。でも効いてない、むっくり起き上がってはじめ櫻子さくらこにせまって来る。

りん! ぴょう! とう! しゃ! かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」

 何回も光を放つはじめ手印しゅいん。全てが命中しても、ただよろけるだけだった。ケロリとした顔で向かって来る。

「おれじゃダメなのか!」

 最後の一体いったいのおまもりを握りしめた。

 突然、芝生がはがれた地面から泥が吹き出す。また2匹が出現した。

 櫻子さくらこは赤いアゲハ蝶を、4匹の牛鬼うしおにたちへ向かわせた。少しでも動きを止めるために、盾となってくれる蝶たち。

「多分、すぐ消されるはず。残念だけど」

 式札しきふだを4枚、手にする。

 櫻子さくらこの思った通り、牛鬼うしおには長い爪で蝶の盾をどんどん引き裂いていく。次々と消えていく赤いアゲハ蝶。あっという間にいなくなった。

 櫻子さくらこが4枚の式札しきふだを放ち、叫ぶ。

天之四霊てんのしれい!」

 式札しきふだはそれぞれ霊獣れいじゅうへと変化へんげする。ひがし青龍せいりゅう西にし白虎びゃっこみなみ朱雀すざくきた玄武げんぶ。日本でもおなじみだ。四神しじん四象ししょうとも呼ばれている。

 四対四でにらみ合う。青龍せいりゅうが大きく吼えたのを合図に、戦いが始まった。

 その光景が、すさまじい。互いが互いに噛みつき、けり上げ、なぎ倒す。

芝生はちぎれて舞い、泥が飛び散り地面は地震のように激しくゆれた。

 霊獣れいじゅう大進撃だいしんげきはじめは、ボーゼンとなった。行く末を見守るしか、ない。

「これでGOZILLAガッジィラ呉爾羅ゴジラ)がいれば完璧……ね……」

 冗談を言う櫻子さくらこ。の、様子がおかしい。肩で息をし始め、フラフラしている。

 ガクッとひざを着いた。

土御門つちみかど!」

 あわてて支えるはじめ

「大丈夫? どうした急に」

「ごめんなさい。こんな時に」

式神しきがみを使うと、けっこう疲れるのよ。私はまだまだ修行が足りないわね」

 式神しきがみを操るには体力だけではダメだ。精神力も必要になる。特に位の高い式神しきがみには。これは陰陽師おんみょうじとしての能力がものをいう。今の櫻子さくらこではこれが、限界か?

「ごめん。おれが頼りないから……。横になる?」

「大丈夫、気にしないで。まだ油断できないから」

 ひどく辛そうだ。はじめはそうっと、櫻子さくらこを抱き上げた。お姫様抱ひめさまだっこで。

「これで少しは楽かな?」

 腕の中ではじめを見つめる櫻子さくらこ。微笑む。

「ふふ。ありがと」

 彼の首に両腕をまわしてギュッ。

「これでFullフル ofオブ powerパワー.(元気がみなぎるわ)」

「いや、まあ、そのあのなんだ……。Meミー tooトゥー(おれもだよ)」

 青龍せいりゅうがひときわ高く、強く、吼えた。牛鬼うしおにたちがかつらの木へと後づさりする。

 天之四霊てんのしれいが、いっせいに櫻子さくらこはじめを、見る。

 目が合った二人はうなずく。

(お願い)

(頼む)

 輝く天之四霊てんのしれい

 青龍せいりゅうは、あおひかりに。

 白虎びゃっこは、しろひかり。 

 朱雀すざくは、あかひかり

 玄武げんぶは、くろひかりへ。

 四つの光はかつらの木の前の牛鬼うしおにたちに突進する。四色の残像が、まるで道を標しているみたいに見えた。

 牛鬼うしおにはさけきれなかった、いや、よけなかったのか? 目を見開いたまま、光をくらって燃え上がる。やつらは塵となって消え失せた。力を使い果たしたのか、天之四霊てんのしれいも消えていった。

 残った式札しきふだは、12枚。

 はじめは気づいた。

「終わった。けど……」

「……土御門つちみかど。あいつら、ずっとかつらの木の前にいなかった?」

「なんか、かばってるような……」

「えーと。ラスボスは、実は御神木ごしんぼくってこと? Noノー wayウェイ …….(まさか……)」

 櫻子さくらこは、おそるおそるかつらの木を指さす。

 風が強く騒ぎだして、木が震え出した。幹も枝も花も激しく狂ったみたいだ。

 BINGOビンゴ!(当たり!)幹と枝と花から、勢いよく黒い粒が噴き出す! 

 黒色に近い紫色の粒だ。ブンブンとけたたましい音が響く。

「なにあれ。ハエみたい。キモ悪!」

「〝紫色のあいつ〟は、御神木ごしんぼくを〝依代よりしろ〟にしてたのか」

 かつらの木はこの地と人を見護みまもってきた、とうとい存在。いきなりはじめたち四人だけをねらって襲うとは思えない。と、なると。〝紫色のあいつ〟が。

 粒は集まって一つの大きな塊になっていく。長い角が生えた。

 それはやがて、牛鬼うしおにに。

 さっきの奴らとは大きさも、形も違う。クモの姿だがかつらの木よりも大きく、足が——20本ある。目はやっつ、牙は何十本あるだろうか。口のまわりも中も太い牙が密集している。

 その姿を見たら普通の人はきっと、あまりの恐怖で動けなくなるだろう。

「で、デカすぎる。腰が抜けそう」

 思わず声をもらすはじめ。足が震えた。

 櫻子さくらこが残り12枚の式札を、手に。

「やらなきゃ」

 疲れ切っている櫻子さくらこ式神しきがみを操れるか、彼女には自信がなかった。でもやるしかない。

「……土御門つちみかど式神しきがみに、おれの力も込められない?」

 はじめのその発想に、櫻子さくらこはちょっとびっくりした。——そうか。今のはじめとなら……。

「一緒に?」

 うなずくはじめ式札しきふだを持つ櫻子さくらこの手を、彼は自分の手で包む。願いを込める。

はらたまい きよたまへ(はらいおきよめください)」

われの力を。土御門つちみかど櫻子さくらこへ。お願い申し上げます」

 櫻子さくらこの手が熱くなる。はじめの願いと思いを感じる。力を与えてくれる。注ぎこまれて、くる。

 彼女は大きく息を吸いこんで、叫ぶ。

十二天将じゅうにてんしょうー!!」

 十二天将じゅうにてんしょうは、陰陽師おんみょうじが操る最高・最強の式神しきがみ

 騰蛇(とうだ)・朱雀(すざく)・六合(りくごう)・勾陣(こうちん)・青龍(せいりゅう)・貴人(きじん)・天后(てんこう)・太陰(たいいん)・玄武(げんぶ)・太常(たいじょう)・白虎(びゃっこ)・天空(てんくう)。

 かつて安倍晴明あべのせいめいが自由に操ったとされる伝説の、十二じゅうに精霊せいれい。12枚の式札しきふだ変化へんげして現れた。先ほどの天之四霊てんのしれいも再登場だ。

 ちなみに、仏教の十二神将じゅうにしんしょうとは全くの別物。

 大きな牛鬼うしおには一瞬、動きを止めた。表情がゆがむ。十二天将じゅうにてんしょうの出現は、予想もできなかったのだろう。

 土御門つちみかど櫻子さくらこと、狼堂えんどうはじめが、〝これほどまで〟とは。

 牛鬼うしおにが先に攻撃をしかける。戦いの幕は、切って落とされた。

 相手がいくら大きくても、1匹。こちらは十二じゅうに精霊せいれい。十二対一ならまず、負けることはない。はず。

 竜巻がおこり、稲妻が走る。炎が踊り、氷が弾丸のように飛ぶ。割れる大地。引き裂かれる雲。天之四霊てんのしれいの時より激しい。

 十二じゅうにの力が絶え間なく牛鬼うしおにを攻める。苦しまぎれにうなる牛鬼うしおに

「これなら勝てるかな」

 はじめは期待した。

「お願い、よ。勝っ……て」

 櫻子さくらこの声は、途切れ途切れに。うつろな目で両手を合わせる。これはもう、彼女に力が?

土御門つちみかど! おい!」

 牛鬼うしおにが吼えた。機会を伺っていたのか、ここぞとばかりに分裂を始める。

 1匹が2匹。2匹が4匹に——体は小さくなっていくが、数は増え続ける。

 十二天将じゅうにてんしょうの動きが鈍った。

「しっかり! 土御門つちみかど !! あれ?」

 はじめは、めまいがした。

「何だコレ」

 よろける足。櫻子さくらこを抱いたままでは立てなくなりそう。腕と足の力が抜けていく。

 実感した。やっと。

式神しきがみを使うと、けっこう疲れるのよ〟

 櫻子さくらこの言葉が頭をよぎった。はじめの力も櫻子さくらこを通して式神しきがみへとつながっている。十二天将じゅうにてんしょうを操っているのと同じだ。

 扱う陰陽師おんみょうじが弱まれば 式神しきがみの力も弱まる。その逆もある。下手をすれば、式神しきがみが負けると陰陽師おんみょうじを待つのは、〝死〟

「クッソおおおお!」

 自分の弱さに声を荒げる。足をふんばる。

「大丈夫、よ。私は……大丈夫……。無理しないで——はじめ

 はじめの頬に手をあてて、とうとう、櫻子さくらこが気を失った。

 数え切れないほど分裂した牛鬼が、十二天将じゅうにてんしょうを覆う。そして——その身体からだむしばみだした。十二じゅうに精霊せいれいたちの姿がだんだん透明に、消えていきそうに。

 はじめ身体からだに痛みが。力が奪われていく。こんな辛さを、櫻子さくらこは一人で——。

「! ! ! !!」

 絶叫するはじめ。声にならない。もっと力があれば、もっと強ければ !!

「決めた」

 決断する。

 腕の中で気絶している櫻子さくらこを、咲子さくこまもるのそばに寝かせる。最後の一体一体のおまもりを、大口真神様おおくちのまがみさま咲子さくこまもるの手の上にそっと。そして櫻子さくらこの手を重ねる。自分の右手も重ねた。

 左手で櫻子さくらこの頬をなでる。愛しい目で。

はらたまい きよたまへ(はらいおきよめください)」

くちしてご尊名そんめいもうげるのもおそおおい」

おいもり大口真神おおくちのまがみよ」

われいのち大口真神おおくちのまがみもとへともうしますことを」

われいのちえて土御門つちみかど櫻子さくらこ木花このはな咲子さくこ天童てんどうまもるを、おまもりくださいともうしますことを」

「おとどけくださいませと、おとどけくださいませと、おそおおくももうげます」

はらたまい きよたまへ(はらいおきよめください)」

 大口真神おおくちのまがみの文字が、淡く輝く。はじめの願いが届いた。

〝自分のいのちと引き換えに、三人をまもってください〟という願い。自分のいのち大口真神様おおくちのまがみさまに使っていただく。

 いのちは、受け入れられた。

 目がかすんできた。ヨロヨロと座りこむはじめ。なんとか牛鬼うしおにの方に向き直す。

「ああ。大口真神様おおくちのまがみさまに先に渡せて良かった」

 牛鬼うしおにたちはたった今、十二天将じゅうにてんしょうを滅ぼしつくした。

「おれ、父さんと母さんに、ここにいること言ってたかな」

 たくさんの牛鬼うしおにはじめを睨む。無数の濁った紫色の目が光る。

「助けに来てくれないかな」

 もう、見る景色がぼやけている。カシャカシャ、カシャカシャと地面をはう音が聞こえた。牛鬼うしおにたちがはじめたち四人に向かって来ているのがわかる。

「うん……。他力本願だ。みっともないな、おれ」

 意識が遠くなるはじめ。少しずつ頭が下がる。まぶたがゆっくり、閉じてられいく。

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