俺は怪異

ふさふさしっぽ

俺は怪異

 夜八時。二人組の若い男女が浜辺を歩いていた。女の方が、浜辺に何か打ち上げられているのに気がつく。大きめのボールかな? と思って両手で持ち上げると、なんとそれは、


「な、生首!」


 何と男の生首! ところどころに赤黒いものがこびり付き、舌をだらりと垂らしている。突然の恐怖にそのままの姿勢で固まる女。すると、生首の白目を剥いた両目が、ぐるんと一回転して、女の顔をしっかりととらえた。

「うわああああ」

 隣にいた男が女を置いて逃げ出す。ざまあないな。

「ちょっと――! 待ってよ! このチキン野郎! 臆病者!!」

 女は男をなじり……え?

「なんなのこれ! 気持ち悪い!」

 生首を、海に、投げた! 思いっきり!

「待ちなさいよ!」

 男を追いかける女。おいこら、待てはこっちのセリフだ、ちゃんと俺を浜辺に戻してくれなきゃ困るだろ! 俺は「浜辺の怪異」なんだから!

 海にぷかぷか浮かびながら俺は叫ぶ。もう浜辺には誰もいない。驚かす相手がいないのでひとつ自己紹介しよう。俺は怪異。浜辺に転がり、浜辺にやってきた人が「何だこれ」と思って拾ったら、なんと生首だった――! そういう怪異だ。

 なぜ自分で自分を「怪異」と言うのかというと、俺が俺自身のことをよく分からないからだ。なぜ俺はこんな首だけの姿になったのか。ここから移動できないのか。いつからこんななのか。何一つ分からない。気がついたらこうだった。俺はここで死んで地縛霊ってやつになったのか? それとも、人のうわさ話によって作り上げられた存在なのか? 分からない。分からない。

 分からないけれど、なぜか浜辺に来た連中を繰り返し驚かして楽しんでいる。それが俺だ。

 幸いこの近くに観光客用の旅館があり、人間は定期的にここに訪れるので、そうそう退屈はしない。

 俺も少しは有名になったかな。


 ……と思ってたら今度は犬の散歩をしてるやつが来た。大型犬だ。観光客じゃなくて地元の人間か? 真夏の今、日中は暑くて犬の散歩できないもんなー。

 ……なんだ野郎か。十五・六の子ども。俺も男だから、できれば驚かすのは若い女がいいんだけどな。さっきみたいにぶん投げられるのは嫌だけど。波に揺られながらうまい具合に浜辺に打ち上げられるの大変なんだぞ。

 ほーら、ゆーらゆーら、ゆーらゆーら、

 全然浜辺にたどり着かねー! あの女! こんな遠くまで俺を投げやがって!


「あ、ジャック! 待つんだ!」


 大型犬を散歩させていた少年が叫んだ。見ると犬が少年の手を離れ、こっちに向かってくる。波間に漂う俺に気がついたのか?

「わん!」

 犬は嬉々として俺にじゃれついた。犬にとって生首もボールも一緒なのだ。

「わん! わん!」

「いてっ。いてて。やめろって俺はボールじゃない! 上に乗るな! 沈めるな! やめ……ごぼぼぼ」

 まずい、このままじゃ怪異なのに溺れちまう。

「ジャック! ダメじゃないか、ほら帰るぞ」

 少年が海に入ってきて、ジャックと言う名前らしい、この大型犬を制した。ジャックはちゃんと言うことを聞き、俺を沈めるのをやめ、嬉しそうに少年に飛びついた。まったく、ちゃんとリードを持ってなきゃダメだろ、少年。

 俺は上向きで、すうっと水面に浮かび上がる。

「ジャック、あはは、やめろって……え? うわああああああああ」

 少年は突如水面に現れた生首を見て仰天し、後ろにひっくり返った。ばっしゃーん! と大きな水しぶきが上がる。

 ははは、驚いたか。ちょっと驚かせ方の予定が狂ったが。俺は器用に回転し、少年の方に向き直った。……ん? 起き上がってこない? こいつ、倒れたまま気絶した?

 それとも頭でも打ったか? まずい、浅いとはいえ、倒れたままじゃ、少年は窒息死だ。

 どうするどうする? ジャックは海水に浸かったまま、動かないご主人を不思議に思って、クーンクーン鳴くばかり。

 どうする、怪異の俺。ただの首でしかない俺は浮くことしか……、いや、そうだ、できることがある。


「誰かー! 誰か来てくれー! 誰かー!」


俺は四方八方に向かって、あらん限りの声で叫んだ。

「子どもが溺れてるーーーー!!」

「わん! わんわん!!」

「誰かーーーーーー!!」

「わおーん!!」

 ジャックの協力もあってか、誰かがこっちを指さして近づいてくるのが見える。よかった観光地で。

 何人かの大人のグループが海水に浸かる少年に気がつき、救助する。

 その間、俺は息止めて下を向いてボールのフリ。生首じゃないよ、ボールだよ。ただのボール。まあみんな救助に必死で俺なんか見ちゃいないけど。

 浜辺にたどり着いた少年は、息を吹き返したようだ。よかった。俺みたいにまだ怪異になるのは早いぜ。って、俺が驚かしたせいか。反省反省。やっぱり俺は浜辺の怪異でいいんだな。海中は危険だ。


 月でも眺めて浮かんでれば、そのうち波がまた俺を浜辺に戻してくれるだろう。え? このまま太平洋に流れていくんじゃないかって? 怖いこと言うなよ。まあ、そんなことにはきっとならないさ、なんたって俺は浜辺の怪異なんだから。浜辺でちょっと驚かすくらいが、多分、ちょうどいいんだよ。

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