第52話
僕は手錠をかけられて連れていかれた。細い腕には、重すぎる枷だった。
道中警察の人が無言だったのは、僕が話を聞いてもらいたかった事を悟ったからかもしれない。僕は司法に則った刑罰以外でも罰せられたのである。
その後は住処が転々と変わり、取調べを受けたり裁判に出て晒者になったりした。けれど僕の話を聞いてくれる人はいなかった。警察の人は刺した状況ばかりを知りたがり、関係のない話をしようとすると怒鳴り散らして話を遮った。僕は相手の望むままに供述をする他なかった。
「本当は話したら駄目なんだけれど」
そんな前置きの後、警察官は僕が世間でどういわれているかを教えてくれた。同僚を殴り解雇となった事、工場派遣で食い繋いでいた事、お酒を飲み、木内と赤提灯を回っていた事、女を買っていた事。全てが不道徳で、許されないと断じられているのだそうだった。
僕を庇ってくれる人は誰一人いないと、中年女もインタヴューで、「とんでもない男」と評していたと聞いた。僕は「そうですか」と答え、口を噤んだ。
誰も彼も僕を理解してくれなかった。
誰も彼も僕を悪者に仕立て上げた。
積み上がっていく恨み。しかしそれは誰にも彼にも届かない。誰もが僕の言葉を掻き消し、僕一人に罪をなすりつけるのだった。「人殺し!」と。
果たして彼らに僕を非難する権利があるだろうか。僕を無視し続け、僕を殺していった彼らに、僕を断罪する資格があるというのか。いや、あるのだろう。彼らの作った社会は、彼らのためにある。僕のためじゃない。実に勝手に、実に不条理に作られた世界に僕はいらなかった。僕がいなければ自分達の誰かが割を食うと知っていながら素知らぬふりをして僕を非難するのだからいい面の皮である。
とはいえ殺してしまった女性には申し訳なく思う。彼女は僕に何をしたわけでもなく、そこに居合わせたというだけで死んでしまった。僕自身、取り返しの付かぬ事をしたと考えぬわけではない。
彼女は女という理由で死んだ。僕を見下し、蔑ろにしてきた連中の仲間というだけで僕に殺された。被害者である事は確かであり、命の尊さを考えれば僕のやった事は許されるものではないだろう。
だが、やらねばならなかった。
僕は殺さざるを得なかった。
その気持ちだけは今も根強く、この手記を認めていても変わる事はなかった。彼女の冷たくなっていく血が僕に安堵を与えた。僕に、束の間の解放を、女に対して抱くコンプレックスを忘れさせてくれた。僕自らの手で女に対する復讐を果たし、女への依存から解き放たれたのだから!
四角い部屋で、夜になるまで待つ。
冷たく寒く、居心地は悪かったが、悩みはなかった。手を枕にして眠ると熱い血潮を確かに感じる。それが嬉しく、面白かった。これから先の事は分からない。けれど、少なくとも今この瞬間は、これまで以上に満たされている。
あぁ、暖かい……
血は冷たく流れ 白川津 中々 @taka1212384
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