完全犯罪を目指す者たちへ

恵喜どうこ

完全犯罪を目指す者たちへ

 これは私の完全犯罪達成までの記録である。それと同時に、これは私と同じく完全犯罪を目指す多くの者たちへのエールでもある。

 私がいかにして完全犯罪を成しえたのかがわかれば、今後私と同じ苦しみを味わう人は激減していくに違いない。


 だがしかし、敵もさるもの引っ搔くもの。一筋縄ではいかないし、私が完全犯罪を達成したと知れば、警戒を強めるに違いない。現に私は彼らの徹底した犯罪抑圧に頭を悩ませた。さらに言えば、今は完全犯罪と言えるけれど、一週間後、半年後、または一年後に私の犯した罪が露見しないとも限らない。


 もちろん、この手記と共犯者以外に自分の成した偉大なる犯罪を知らせてはいない。だが、どこでどう漏れるか、わからないものだ。

 もしかしたら、私の完全犯罪に嫉妬した誰かがこの手記を目にし、真実を日の下にさらし、私を罪人にしようとするかもしれない。その可能性は大いにある。誰だって最初に大成した人間に嫉妬するものだからだ。


 ゆえにこの手記も最初に誰に見せるか――そこが肝心なのだが、それは追々考えるとしよう。今はまず、私がいかにこの偉業を達成したかを話し終えるが先であろう。


 さて、まずはどうして完全犯罪を行わねばならなくなったのか。それは私の命綱(飯炊き掃除などの家事全般)を握るひとりの女性の頼み事からだった。彼女の名は仮に真紀子さんとしておこう。真紀子さんは四六時中家で仕事をしている個人事業主フリーランスの私に向かって、一枚の紙を差し出した。


「これ、今度こそあなたに頼むことにするわ」


 真紀子さんは浮世絵のようにつりあがったきつね目を細めながら不敵に笑んだ。彼女はとても聡明で美しい女性なのだが、ちょっとばかり意地が悪い。彼女が赤い小さな唇の端をくいっと持ち上げて笑うときは、必ずなにかしら悪いことを考えているときである。今回もまったくそのとおりで、私はいやな予感しかしなかった。『読め』と顎でくいっと示されて、致し方なく上体を起こしてから紙に目を走らせた。


「ええっと。これをぼくが?」

「そう。あなた、こういうの得意でしょ?」

「得意か不得意かと問われれば、たしかに得意の部類ではあるだろうけど……しかしこれをぼくがやるというのは問題が大きいんじゃないかなあ」

「あなたにこそうってつけじゃない。だって人をだまくらかして金儲けしているんだから」

「だまくらかしてなんて人聞きが悪いこと、言わないでおくれよ」

「なによ、本当のことじゃない。いつもどうやってだますかを考えて実行するのがあなたの仕事じゃない」


 その通りである。私は常に他人の目を、思考を誤解ミスリードさせることばかりを考え続けている。それもより多くの人をだまさねばお金にならない。そしてだますことに私自身が至上の喜びを感じるのだからろくでもない人間である。


「それにね、そうやって居間に陣取られると掃除もできないし、第一、私がくつろげないじゃない。あなただけならまだしも、夏休み期間中はさゆりもずっと家にいるのよ? どこで私の息が抜ける時間が持てるって言うのよ。だからこそ、あなたは私の役に立つべきなの。三百六十五日、二十四時間休みのない私に休息を与える義務があなたにはあるわよ」

「なんで?」

「夫だからよ」

「でも、ぼくもちゃんと働いて、多くはないけど不自由ないくらいは稼いでいるじゃないか」

「あら? ずいぶん偉そうに言うじゃない。じゃあ、言わせてもらいますけど、あなたが働けるのは誰がご飯を作り、洗濯をし、掃除をしているからなの? 自分ひとりでできることなの? ねえ?」


 返す言葉もない。真紀子さんはと言えば、普段よりもさらに目がつりあがっている。まるで鬼だ。赤鬼だ。手にしているはたきがとげ付きの金棒に見えてくる。このまま彼女の機嫌を損ねては、私の命は風前の灯火となろう。


 情けない話だが、私は家事がめっぽう苦手なのである。以前、彼女が所用で実家に帰省中、カレーでも作って帰りを待とうとチャレンジしたことがあった。しかし結果は散々なもので、なにか異臭のするドロドロしたものができただけで食べられたものではなかった。実際、そのカレーの匂いを嗅いだ愛猫のみーたんが白目をむいて倒れたくらいだ。それ以来、二度と台所に立たないでくれと真紀子さんにきつく言われてしまっている。


 それならばカップ麺でも食べればいいと思うだろう。私もそう思ってチャレンジしたことがある。だが、私はここでも天才的な能力を発揮した。カップやきそばを作ったのだが、湯切り専用の穴があるのを見落として、蓋をすべてめくってしまったのである。さらに不幸なことに、ダイニングテーブルの脚に蹴躓けつまずき、勢い余って排水溝に中身をそっくりそのままぶちまけてしまったのである。以来、怖くてカップ麺系は食べられなくなってしまった。


 ずいぶんと話が横道にそれてしまったが、ともかく、生き残るためにも真紀子さんの命令には逆らえないのだ。ちなみに私は飯どころか、お小遣いも彼女にしっかり握られているので、不要な買い食いをしようものなら来月分から、その代金をきっちり差っ引かれてしまう。となると、やはりお代官様、真紀子様には逆らえないのである。


 だが、このときひらめいた。仮に私が真紀子さんの望む以上の成果を出したらどうなるか。真紀子さんは私を尊敬するだろう。もしかしたら、私のすばらしい仕事ぶりに涙し、来月の小遣いを大幅アップしてくれるかもしれない。そうなれば、私がずっと我慢しているガンプラやマンガも手に入れることができるのではないか――

 そう考えた私は「やります。やらせていただきます」とありがたく真紀子さんの命を受けることにした。


 完全犯罪を目指す動機がくだらなすぎると言いたくなっただろう。しかし、完全犯罪をしようと思う動機など、所詮その程度だ。大義名分を振りかざして犯罪に走るものなど、いまやほとんどいないのだから。


 さて、十畳ほどの(私の仕事場である)書斎に戻ると、真紀子さんから受け取った紙に再び目を落とした。


「しかしひどいな、これは」


 自然に眉が寄った。箇条書きにされた部分には思わずうなり声が出た。あまりにも厳しい条件が書かれているからだ。これに従って正攻法でクリアするなんて途方もないことのように感じられた。それと同時にこの文面から、敵となる彼らの並々ならぬ強い意思を感じ取ることができた。


『不正はいっさい認めない』


 そう叫んで、こちらののど元をぐうっと押さえ込んでくる彼らの生霊を見た気がした。あまりの生々しい感触に、私は思わず「げえっ」と口元を抑えた。これは相当の覚悟を持って行わなければならない。生半可なやり方では、彼らに手口を暴かれてしまう。暴かれるだけならまだいいが、呼び出され、その場で切腹を命じられるような事態に陥ったら――私の不名誉は未来永劫語られることになる。その瞬間を想像したら、全身にぶるりと震えが走った。それは絶対にダメだ。私の仕事にも大きな影響を及ぼすことになる。完全犯罪以外に私の生き残る道はありえない――そう思った。

 そこで私は完全犯罪を成すためのルールを箇条書きにしていった。


(1)自我を捨て、完璧な別人になりきること。

(2)彼らの疑う余地を残さないこと

(3)彼らのルールの抜け道を探すこと

(4)ウソの中に本当をちりばめること


 これさえ守ればいいのだ。簡単なことである。ならば材料を集めねばならない。そこで私は隣の部屋にいる小学六年生のさゆりの部屋をノックした。


「どうぞぉ」


 返事をするのもだるそうなさゆりの声が飛んでくる。私は静かに彼女の部屋の扉を開けると、すき間から白いもやが廊下へ流れ出てきた。冷凍庫から出てくるような冷たい風にぶるっと身震いしながら部屋に入る。さゆりは片方の耳にイヤホンをつけてスマホで動画を観ているらしい。こちらにチラッと視線を向けたかと思うとすぐに画面に戻って「何か用?」とぶっきらぼうに聞いた。

 思春期に突入してしまったらしいさゆりはここ最近、ますます真紀子さんにそっくりになっている。彼女譲りの勝ち気でしっかり者。その上美人であるのだが、恐ろしいほど口が悪い。


「ちょっと一緒に映画を見ないかい?」

「どうして?」

「その……ちょっと新しいインスピレーションがほしくて」

「一人で見れば?」

「いやあ、その。さゆりの素直な感想を聞かせてもらえたらなあって」

「ふ~ん。で、なに見るの?」

「えっとね。殺人ミステリーか、青春ファンタジーか、恋愛戦争ものか、動物感動ものか。どれがいいかな?」

「選択肢多すぎ。だるい」

「ああ。ええっと……困ったなあ」

「動物感動ものはパス。悲しくなるやつは特にダメ」

「そうか。そうだよな。楽しいほうがいいよな。じゃあ……青春ファンタジーかな」

「それ、おもしろいの?」

「えっと。父さんも映画は見たことがないんだよ。原作はおもしろかったけど」

「つまんなかったら殺す」


 そう言いながら、さゆりはゆっくりと起き上がった。

 覚悟はしていたものの、さすがに真紀子さんの血を引いているだけあって、さゆりの言葉には切れがある。もしもつまらなかったら、本当に私は殺されてしまうかもしれないという凄みが声に宿っている。


 おっかなびっくりしながら彼女のあとについていく。居間の三人掛けのソファでどっかりと側臥位の姿勢をとる彼女の脇を通って、私は自分用の座椅子に腰を下ろした。それからテレビをつけて、ネットチャンネルから、おススメの青春ファンタジーをつけた。


 彼女の反応をちらちら横目で伺いながら、私も映画を見た。二時間弱。彼女はと言えば無言で映画を見ている。ときおりつまらなそうにスマホをいじる。彼女の感情の波がいっさいわからない。それでも最後になにか感じたものがあるのではないかと見終わったあと「どうだった?」と尋ねると、彼女は私をきつく睨んだ。


「クソ面白くない」

「だよね」


 手にしたコーラの缶を投げつけられなくて済んだことにホッと胸をなでおろしたものの、これではルール(4)の材料が見つからないと思い、映画鑑賞での道は断念することにした。


 さゆりが自室へ戻り、私もすごすごと自室へこもった。映画でいけると思ったが、そう簡単にはいかないものだと痛感した。彼女の好きそうなものをチョイスしたつもりだったのに残念である。となると、もっと簡単な方法がいい。映画だと少なくとも二時間、集中力を要することになる。それでは彼女も飽きてしまう。ならば時間がかからないけれど、なにかを訴えかけてくるものにすればいいだけの話だ。


 私は自分の書斎の本棚をざらりと見回した。壁という壁に作られた棚にはびっしりとすき間なく本が並んでいる。その中からおあつらえ向きな一冊を見つけた。これならばルール(3)が当てはまる。私は再びさゆりの部屋の扉をノックした。


「いったいなんなの?」


 真紀子さん譲りのつり目が厳しく私をねめつけている。私はハハハと乾いた笑いを立てるとさゆりに本を差し出した。彼女はいぶかしげに本を見た。


「バカにしてんの?」


と言った。とにかく読んでみてと促すと、彼女は表裏をしげしげ見つめたあと開いた。


「うわあ、なにこれ。気持ち悪い」「いや、そうだけど」「たしかに」「なんでこうなるのよ」「やめて。本当にやめて」と、彼女は手足をばたばたさせながら、感情を垂らし続けた。私はしめしめと内心ほくそ笑んだ。


 読み終わるまで三分ほど。彼女は本を閉じると、私に差し出した。「どうだった?」と訊くと「まあまあだった」と答えてくれた。


「で、なんのためにこんなことさせたの? どうせ裏があるんでしょ?」


 逆にさゆりに突っ込まれ、私は正直に全部話した。さゆりは私の計画を黙って聞いていた。そして聞き終わると「なあんだ」とつぶやいた。


「それ、私が協力しなくてどうやってやるつもりでいたのよ?」

「ぼくが完璧に君になればいいだけの話だよ。そういうのは得意だから」

「はあ? パパが私になりきるなんて草生えるわ」

「草生える?」

「ほら、もうわかんないじゃん。それじゃむりだよね?」

「口頭ならそうかもしれないけど、文章だったらそんな言葉遣わないでしょ?」

「パパ、私が国語苦手なのは知ってるよね? 私の作文がどんなんか知ってるよね? 先生たちにも呆れられるレベルなんだよ?」


 たしかに事実、さゆりの国語力は小学校六年生とは思えない残念さはある。


「だけど算数が得意だからいいじゃないか」

「私、本当にパパの子なのかなあ?」


 さゆりの何気ない一言に私はつま先が冷たくなった。恐ろしいことを言う。さゆりが生まれてからずっと私の頭の片隅にある疑惑だ。男親は誰もがそういう疑念に囚われる。確実に自分の子供だと胸を張れる父親がこの世の中にどれだけいるだろう。彼女に恐ろしいほどの文才があったなら、私の疑いも消えてなくなっただろうが。


「と、とにかく。ぼくが初稿を作るから、さゆりは素案になる感想を箇条書きにしてくれないかな? あと清書作業は……」

「感想をいくつか書くのはやるけど、あとはパパがやりなよ。私、あいうえお表も作ってあげるから」

「え? だって協力するって」

「だから協力するんじゃない。でも、これってパパが考えた完全犯罪だから、最後までパパがやるべきよ。他のみんなをだませるか、私も見たいしね。小学校最後の思い出にもなるし」


 がんばってねとさゆりに背中を叩かれた。彼女はまたスマホで動画を見始める。

 なんだか良いようにさゆりに丸め込まれた感じがしなくもない。しかし、これで最低限の彼女の協力は得られることになったのだから、前向きに喜ぶべきなのかもしれない。


 翌日、さゆりはちょっとした感想とあいうえお表を作ってくれた。箇条書きの感想はおよそ300字。これを使うことでルール(4)をクリアできるわけだ。

 私はさっそく作業に取り掛かった。彼女のくれた300字の感想を6倍の1800字まで増やす。規定文字数が1800字以上だから、最低ラインを目指す。あまり多くなりすぎては彼女らしさが出ないからだ。

 これは造作もない作業だった。彼女の言葉を幹だとすれば、それに関することを枝のように増やしてやればいい。ここで重要なのはいかにリアリティを持たせるか、だ。彼女の思考の仕方や普段の好みの通りに練り上げねばならない。彼女になりきること。つまりルール(1)はこういったことで成り立つわけだ。


 さて、実際に初稿が出来上がると、私はさゆりを呼んだ。彼女に私の作ったものを見せ、赤ペンでチェックを入れてもらう。この推敲作業で、とんでもなく赤ペンが入った。彼女曰く『オヤジ臭がすごくする』のだそうだ。


「そんなことないだろう? ぼくは君になりきった。完璧に君になりきった」

「そんなこと言うならこれ見なよ? 自分のクセ、出まくってるから」


 彼女にめちゃくちゃに赤を入れられた部分を見て、すぐに過ちに気が付いた。ハッとした。


「ら抜き……できていないとは」

「あと、い抜きね」

「どうしても、そこらへんに抵抗が」

「まあ、パパは昭和の人だからね」


 さゆりは『わかるよ、昭和の人はみんなそうだもん』と繰り返した。ぐぬぬと奥歯を噛みしめる。昭和だが、昭和初期ではない。昭和も終わりのころなのに、平成生まれにとってははるか昔の人のように扱われる。それが少し悔しかった。私がそういった書き方ができないのは仕事柄なのに。


「あとは……『の』を『ん』に変えるのか……」

「そうだよ。私がそんな文、書くわけないじゃん。あとは『だから』っていうのを『なので』にしたほうが私らしくなるね。パパはさ。尚子ちゃんみたいな優等生の子の使う言葉で書いてるんだよね。尚子ちゃんならそれでいいけど、私だかんね?」


 ぐうの音も出ない。たしかにさゆりの友達の池柴尚子いけしばなおこちゃんなら、ら抜きもい抜きも、『の』を『ん』に変えなくてもいいだろうし、『だから』『でも』という接続詞で間違いはないだろう。我が子ながら文章模写のハードルが激烈に高い。


 そしてさゆりは私にもっと漢字を開くように(実際は『こんなの読めないし、書けないからひらがなにしろ』と指摘されたのだが)命じると、部屋に戻っていった。

 とりあえず彼女のおかげで原稿は完成した。これから清書作業が待っている。ここでひとつ問題に気づいた。筆圧である。


 もらった感想とあいうえお表をじっくりと見る。字の濃さから、使われているのはBの鉛筆だろう。シャープペンはまだ持たせていなかったはずだ。実際に同じ濃さの鉛筆で書いてみる。あきらかに私の筆圧のほうが高い。となると、もっと柔らかく握って、力を抜く必要があるが、慣れていないので妙な力のかかり具合になる。さらに言えば、パソコンで文字を打つことに慣れすぎていて、文字を書くという作業が実にたいへんなのである。自分の字ならまだしも、娘の字をマネるというのは非常に集中力が要る。根気も要る。かなり疲れるから、一行書き終えるだけで一〇分もかかる。これをあと八〇分やり続けなければならない。ただし、一度もしくじらなければの話だ。

 途中でなんども鉛筆を放り投げて、頭をガシガシと掻きむしった。


 なぜ、私はこんな途方もない作業をしているのだろう――と不意に我に返る。

 だが、すぐに頭を振った。完全犯罪のためなのだ。これは私の人をだますプロとしての意地である。現実社会においても完全犯罪を達成できれば、これからはどんな人でもだませるような気がした。そうだ。泣きごとを言うな。書け、書くんだ、蓮太郎はすたろう


 ひたすらに向き合うこと四時間。書き損じを合わせて使用した原稿用紙は200枚を超えた。そしてようやく完成した原稿を、私は真紀子さんに見せた。

 一通りの家事を終えた真紀子さんはダイニングテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。私がやってくると嫌なものを見るように一瞬顔を曇らせたが、原稿を差し出すと静かに受け取って読み始める。五分後、彼女は探るように私を見て原稿を返した。


「どこまでがあなた?」

「素案と推敲はさゆりだけど、他はぜんぶぼくだよ」

「清書まで?」

「もちろんだ」


 私は書斎に取って返すと、書き損じの原稿を彼女に差し出した。


「涙ぐましいわね。まさに努力の結晶ね」

「完璧だろうか」

「完璧ね」

「だまし通せるだろうか」

「母親の私すら、これをさゆりに見せられたら完璧に信じちゃうわ」

「そうか」

「そうよ」

「ぼくは天才かな」

「天才じゃなくて職人よ」


 私はにこりと笑んだ。真紀子さんも同じく笑った。それから真紀子さんは私に紅茶を入れてくれた。ダージリンだった。

 私はできあがった原稿をさゆりに託すと、彼らに突っ込まれたときにどう答えるかを念入りに練習することにした。あらゆる質問を想定し、抜け目ない答えを用意する。繰り返して練習するとさゆりはすっかり自分の言葉で答えられるようになった。


「完璧だね」

「楽しみだね」


 私たちはだまし終えたあとのことを空想して、ふたりでほくそ笑んだ。

 夏休みが終わり、学校が始まった。なかなか出ない結果にそわそわして、来る日も来る日もさゆりに尋ねていたら、口をきいてもらえなくなった。真紀子さんにはおかずを一品減らされた。こうして待つこと一週間。ついに結果がもたらされた。


「先生たちは完璧に信じたよ」


 私が想像していた通り、彼らははじめ疑いを強めていたらしい。さゆりからほころびを見つけようと様々な質問を繰り出したが、彼女はそのことごとくをつかえることなく答えきった。できることなら、その様子を直に見たかった。きっと彼女は立派に演じ切ったに違いない。もしかしたら、彼女には演劇の才能があるのかもしれない。文章が苦手でも演技ができるなら、そういう道に進んでみてもいいだろう。これは思わぬところで良い拾い物をしたと、内心うふふと笑った。


 こうして、さゆりが提出した『読書感想文』を書いたのが私こと、ホラーミステリ作家であり、彼女の父である『田辺たなべ蓮太郎れんたろう(ペンネームは『祟田たたりだ蓮太郎はすたろう)』だとは気づかれなかった。それどころか、校内で『特別賞』をもらい、読書感想文発表のクラス代表にまでなったらしい。ここまでくると少しやりすぎた感も否めないが、私のお小遣いが大幅アップしたのでよしとしよう。誰かを不幸にしたわけではない。それどころか家族はみなハッピーになったのだから。


 最後に、学校側が提示した条件を記載しておく。私がこの制約からどんな抜け道を見つけ出し、その穴をついたのか。じっくりと考察していただければいい。もしかしたら、私には見つけ出せなかった完全犯罪までの別ルートを見出せるかもしれない。

 完全犯罪を目指すすべての者たちへ。心より健闘を祈る。


                          祟田蓮太郎


〇対象課題については自由(フィクション・ノンフィクションは問わない)

〇以下のようなものは選んではならない

 ・いわゆる「古典・名作」およびそれに類するもの

 ・辞典・年鑑・図鑑等の参考図書

 ・ライトノベル、携帯小説など

 ・教科書、副読本、読書会用テキスト類またはこれに準ずるもの

 ・雑誌(別冊付録を含む)、パンフレット類

 ・映画、ドラマを小説化したもの(ノベライズ本)



(了)

 

 



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

完全犯罪を目指す者たちへ 恵喜どうこ @saki030610

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ