天使のたまごづまり

第6話 光あれ

「ニークー！　ニークー！　ニクヨコセー！！」

「調子はどうだ？」

　黒衣の男――オリバーは僕の背中をバシバシと翼で叩くハーピーを見て、口に微笑を浮かべた。

「……ご覧のとおり、めちゃくちゃ元気です」

　あれからハーピーは順調に回復し、術後二日目には本来の食べ物である肉を口にした。そしてその翌日には肉をよこせと催促（さいそく）するようにまでなった。

「食欲旺盛（しょくよくおうせい）になったのはとても喜ばしいです。ただ、食べ物を食い散らかすのはどうにかなりませんか」

「ハーピーだからな。無理だろう」

「ニクー！　クレナイナラ、ウタウゾー！　ハーレルヤー！！」

「あと、歌が超絶下手くそなんです」

「ハーピーだからな。耐えろ」

「ウンコはものすごく臭いし！」

「ハーピーだからな。他の生き物が食べ物を食べている時に、その臭いウンコを撒き散らして退散させ、置いていった食べ物を横取りするそうだ」

「げぇ……」

「でもそんなことしていないだろう？　お前を家族だと思っているからだ」

　相変わらず、ハーピーは僕をつついて肉を催促（さいそく）している。

　さっきもあげたばかりなのに底なしの胃袋だ。仕方なくおやつがわりの肉を取り出せば嬉々（きき）として食いつき、すぐにぺろりとたいらげた。

「……家族というより給仕では？」

「かもしれないな」

　オリバーは笑った。

「それで手術費のかわりのものは完成したか？」

「ええ。でも本当にこれでいいのですか？」

　机の上に、絵画を並べる。

　ハーピーの腹部が膨れている絵。

　皮膚の下から現われた子宮に卵がつまっている絵。

　卵を取り出している絵。

　そして、卵を取出し終わり、しぼんだ子宮の絵だ。

　あの後、オリバーは、部屋に散らばっていた紙束を見て、僕に治療費がわりに手術中の絵を求めた。

　僕にとってはお安い御用だった。こんな絵がハーピーを助けてくれたお礼になるなんて思えなかったが、オリバーにとって違うようで感心したように眺めていた。

「ただの無知で詐欺師に騙されやすいボンボンかと思っていたが、お前の絵はすごいな。これほどたまごづまりを緻密（ちみつ）に再現した絵は他に見たことがない。なあ、もしよければ俺の専属の画家になってくれないか？」

　オリバーの思わぬ提案に嘘ではないかと思ったが、彼は真剣な顔をしていた。

「こういう記録を残すためなら写真家を雇った方がいいのでは？」

「いやだめだ。写真は瞬間を切り取れるすごい技術だ。けれどいかんせん、のっぺりしていて立体性が伝わりにくく、こういう場面を撮ってもごちゃっとして何がなんだか分からないんだ。それに写真が得意とするのは個性を写すことだが、俺が必要としているのは普遍性（ふへんせい）だ。誰が見ても理解できる分かりやすさだ。特徴をつかみ表現できる絵は何より必要なんだ」

「必要？　一体何に？」

「人ならざる者たちの図鑑にだ。テラ・アウストラリアの発見以来、ハーピーのような今まで発見されてこなかった生物がこの国に続々と来訪している。その一方で彼らについての情報が圧倒的に足りない。俺は彼らと生きていくために必要な情報をつづった本を作りたいんだ。食べ物は何か。どんな生態なのか。どんな病気にかかりやすいのか。人は正体の分からないものに多大な恐怖を示す。今回のように、たまごづまりを起こしたハーピーの苦しみを取り除くための手術を提案しても、体を裂くなんてと怖がって拒絶する人間の方が多い。お前にハーピーを売りつけた詐欺師がそうだった。必要なのは情報だ。どうしてこうなったのか、体の中で何が起きているのか。正しく伝えるために文字だけじゃだめだ。パッと見て分かる絵が欲しい。そのためにお前の力が必要なんだ」

　肉を食べて腹が満ちたのかハーピーは僕の膝に寝っ転がり始めた。

　その頭をなでれば満足げな笑みを浮かべる。

　僕はハーピーのことをまったく知らずに買い、間違いを犯し続けた。

　そういう人が他にもいるなら。苦しむハーピーがいるなら。

　彼らを救いたい。僕が救われたように。

「お願いします。ぜひとも協力したいです」

　目の前に真っ白なキャンパスが広がっていた。

　ここに道しるべを描こう。人と人ならざる者たちの光となるように。

　それが僕のこの力でできることだ。