番外編、兎めづる少将

このお話は一年以上前にTwitterで公開したものなのですが、投稿サイトには掲載していなかったので2022/08/02のバニーの日にかこつけて掲載します。

糖度控えめのほのぼの日常話です。


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「主上ーーーっ!」


 今朝も早くから清涼殿に、鈴のような声が響いた。


「此度なにやら目出度めでたき儀があったとのこと。祝いにウサギを捕らえてまいりました!」


 今夜は鍋です! と仔ウサギ片手に参内したのは蔵人少将のいつきだ。そのままずかずかと東庭から上がり込もうとするのを、何者かが制した。


「このバカ! 内裏にけがれを持ち込むな!」


 後ろからあわてて斎の衣を引っ張るのは頭弁とうのべん藤原ふじわらの真成まさなり。この時代の人々は死に敏感である。宮中に死の気配を持ち込むなどもってのほかだ。


「ご心配なく! 生け捕りにございますれば!」

「余計悪いわ。無官位の者を主上に拝謁させるわけにはいかぬ」

「ええ〜!? ウサギですよ!?」


 帝のおわす清涼殿に出入りするには少なくとも五位以上の位階が必要だ。これは動物も例外ではない。


「――ならばそのウサギに従五位下をやろうじゃないか」


 しばらくふたりで言い合っているところに、朗々たる声がした。御簾の奥に姿を現した花琉帝かりゅうていである。斎と頭弁はあわてて平伏した。


「今日も今日でずいぶん元気だね、斎」

「はっ。主上の善き日をお祝いしたく! 何か献上をと思いまして!」

「それは殊勝な心がけだけど、鍋にしてしまうのはさすがに可哀想だろう? 善き日に殺生は避けるべきだし、元いたところに返して来なさい」

「……はい。申し訳ありません……」


 斎は素直に聞き入れて、しょんぼりとウサギを抱いて去ってゆく。その後ろ姿を見ながら、帝はうずうずした調子でつぶやいた。


「ああでもちょっと、撫でてみたかったなあ」

「わざわざ五位をお授けになったのでしたら、手元に置けばよろしかったのでは」


 今後斎が何か生き物を拾ってくるたびにほいほい官位をやられてはたまらない。ちくりと嫌味を言う頭弁に、帝は笑った。


「ふふふ。清涼殿うちには既に可愛らしい小鳥がいて、いつも賑やかだからね」


 ◇


「あ〜あ。失敗しちゃったなあ」


 斎はウサギを胸に抱えたまま、とぼとぼと内裏の南を歩いていた。その右手には、小さな野の花が握られている。


「最初から花の方を先に渡せばよかったかな。でも、武官の献上品が花なんて女々しいと思って……」


 朝露に濡れて輝く名もなき花を見つけた時、斎は帝にも見せたいと思った。きっと帝もお喜びになるはずだと、ウサギと一緒に差し上げるつもりだったのだ。だが結局気後れしてしまって、どちらも渡せないまま。


「しょうがない。お祝いは何か別のものを考えよう! お前も殿上人てんじょうびとになったのだから、きっと親御さんに喜ばれるよ!」


 切り替えの早さは斎の長所だ。柔らかい栗色の背を撫でて笑いかけると、仔ウサギはきょとんとしていた。



 結局、帝には「元いたところへ返せ」と言われたものの、斎はこのウサギに情が湧いてしまったらしい。元いた森に返すことも鍋にすることもなく、蔵人別当でこっそり飼っていたそうな。

 後に彼女が中宮として入内する際にこのウサギも飛香舎ひぎょうしゃに移り、以降、斎とともに清涼殿にも出入りするようになる。


 叙位されてすぐに放逐されたにもかかわらず、堂々と清涼殿への帰参を果たしたこのウサギは、人々から「かえ殿上てんじょうのおとど」と呼ばれるようになったと後に伝わっている。


〈了〉

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