終、これが愛というもの


 こうして、前代未聞の宮中妻問ひ三番勝負は幕を閉じた。


 斎は左大臣の養女となり、後ろ盾を得て中宮として入内することが決まった。

 左大臣も、他人のために誠実に役目を果たそうとする斎の人柄にほだされたらしい。もちろん、これで義理とはいえ天皇の外戚となるわけで、政治的な打算もあろう。

 後宮に入った「セイ姫」は、帝の清涼殿からもっとも近い飛香舎ひぎょうしゃを与えられた。少数ながら優秀な女房達も配されて、今も左大臣家が選りすぐった調度や宝物が溢れんばかりに運び込まれている。



「これですべてはあなたの計算通りというわけですか」


 帝の最も私的な空間である朝餉間あさがれいのま。花琉帝と頭弁はその日、朝から向かい合って碁を打っていた。


「最初の歌競べをセイさまに譲ったのは、左大臣どのから物言いが付かないようにするためだったのですね」


 頭弁は白石を掴み、ぱちんと置く。互いに盤面を見ているので目は合わない。


「少しくらいあちらの顔を立てておかないと、後から何とけちを付けられるかわかったものじゃないからね。歌は一番恣意的に勝敗を決められるから、残りの二番で文句なく勝利すれば良いと思っただけだ。……まあ、セイに弓をど真ん中に射られた時は、さすがの私も寿命が縮んだけれどね……」


 帝は碁笥の中で黒石を握って、くつくつと思い出し笑いをした。


「五年前、彼女を強引に後宮に入れずに今回の機会を待ったのも計算のうちですか。少なくとも当時の身分のままでは、セイさまは中宮にはなれなかったはずだ」

「ふふふ。それはどうかな」


 帝が碁盤の右隅に石を置いたその時。


「主上ーー! たっ、大変です!!」


 斎に代わって新しく五位蔵人となった若者が北の渡殿から飛び込んできた。頭弁が非礼を目でたしなめると、蔵人はその場に平伏して奏上しはじめる。


「ちゅ、中宮さまが……! 今度の主上の行幸に随身ずいじん(※帝の護衛)として付いて行くのだと言い張って、嬉々として弓の手入れをおはじめに……!」


 蔵人が真っ青になって冷や汗を垂らすのを見て、帝は噴き出した。


「あはははは、それはしょうがない。なにせ願い事を折半したせいで、“女に戻れ”という私のもうひとつの願いは反故ほごになってしまったからね」


 このところ花琉帝はよく笑うようになった。これまでの腹の内を押し隠すような笑みではなく、心からの朗らかな笑みを。


「今度は行幸に付いていくかどうかを賭けて、また三番勝負でもなさいますか」

「いいや。私が彼女に勝てることなどこの先ひとつもないだろうね。だって私は――それくらい、あの娘を愛してしまったのだから」



 後に歴史は伝えている。


 希代の賢君と謳われる花琉帝と、時に勇敢に太刀を振るって帝をお守りしたという逸話の残る中宮・斎姫。

 ふたりは互いを比翼の伴侶として、末永く睦まじく暮らしたのだ、と。


〈了〉

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