下村智恵理の新境地

最高の青春を描いた短編だ。

作者が得意なのはサスペンスだ。報われない愛、インモラルな愛、それから終る愛。
そんな彼が清冽な青春小説を描く。まっすぐな恋愛を、抑えきれない好意を、好きという気持ちが昂るあまりすれ違ってしまう十代の恋を。芸風が広い作家・漫画家が最高だと思っているので、作者のことをもっと好きになった。
いや、サスペンスが得意だからこそ、本当に自分のことを好きなのかという宙ぶらりんにされた気持ちが書けるのだろうか。

それはさておき、もう彼氏が自分を愛していないんじゃないかという不安と対比させるような、五感で味わえそうなツーリング描写の爽やかさもいい。バイクに興味のなかった自分も思わず免許を取って聖地巡礼したくなった。
山道も、川沿いの道も、風のにおいも、まるで目の当たりにしているかのようだ。
コロナ禍で忘れかけていた旅をする喜びを思いだした。

折りに触れて読み返したくなる、愛すべき作品だ。