第38話 エピローグ

兜を机の上に置き、剣を剣立ての場所に鞘ごと立てかける。

鎧を脱ぎ捨て、鎧掛けに預けて腕をくるりと回し、身体をほぐした。


「ふう」


ため息をつく。

一体、どうしたものだろうか。

もちろん、悩んでいるのはロクサーヌの件だ。

アルバート王がゴリ押ししてきたら、抵抗は無意味だ。


「ふざけやがって! あの糞眼鏡!!」


ゼスティはロクな事しない。

いや、そもそもはマーガレットの案だというが。

採用したのはゼスティに違いないので糞眼鏡と内心で罵る。


「えーと、私はどうしたらいいものか」


悩む。

懊悩する。

この先どう動けばいいものやら。


「結婚する? それしかないよな」


自分で自分に問いかける。

もはや抵抗は無意味だ。

結婚するしか無かろう。

でもなあ。

本当にロクサーヌは娘としか思えんのだ。

あの子を引き取ったのは6歳の頃だぞ、6歳。

それから10年だ。

ほぼ本当の子供と変わらん。


「道義的な面から訴える。……駄目だ、通用せん」


というか何をほざいても通用せんだろう。

そもそもこの年まで嫁を取らないのが拙かった。

私でさえ他人の立場なら、どこか近しいところから嫁を貰えと言うだろう。


「嫁にもらうしかないか……」


頭をごちん、とベッドの上にぶつける。

諦める。

それも一つの手だ。

というか、それしかない。


「いやいやいや」


首を振る。

それもロクサーヌに失礼な話だ。

嫌々嫁に娶るというのは如何なものか。

せめてお互いが納得いく形で結婚したい。


「そもそもロクサーヌはそれで……いいんだろうなあ」


そこまで鈍いわけではない。

ロクサーヌの気持ちぐらいはわかっている。

私が故意にそれを無視してきただけの話だ。

それを先延ばし先延ばしにしてきた。

いつか諦めるだろうと思っての事だ。


「あの子の本心はそれでいいんだろうか」


ここは田舎だ。

ド田舎だ。

村民200人全員顔見知りで、新たな出会いなんぞない。

本当なら年頃の男と出会って恋をして、そういうのが彼女に与えられるべき環境なんじゃないだろうか。

閉鎖的だからこうなってるだけではないのか。

うん。


「やはりロクサーヌは世間を知らなければならない」


そういう意味では王都に引っ張られたのは正解だったのかもしれない。

王都は煌びやかな都市だ。

この歳になってすら、王都を歩く際は胸がワクワクすることがある。

ロクサーヌにとってはよい環境ではないだろうか。


「王様も、いきなり結婚しろとは言うまい」


どこぞの貴族の養女にするにせよ、その親の選考と行儀見習いの期間というものがある。

おおよそ一年はかかるだろう。

その間に――内心の決着を付けよう。

ロクサーヌが他の男に心を動かせばそれでよし。

そうでなければ。


「……責任とるか」


それもいいかもしれない。

何せ、私の気持ちさえ無視すれば何の問題も無い。

全て事は片付く。


「そうだな、ここは男らしく行こう。その場合は責任をとる」


もう一度口に出す。

領主としての義務と責任だ。

嫁を迎え入れて子を為す。

そして次代に繋ぐ。

一人、静かに頷いた。


「何もロクサーヌが嫌いというわけでも……ないしな」


事はもっと重要な点で忌避しているのだが。

まあ、今回それは横に置いておこう。

私はため息を吐き、大きく欠伸をして寝間着に着替える事にした。











「膝をつく必要はない。そのまま立っていていいぞ」

「は、しかし……」

「女性にはそうしてるんだ。大人しく立っていてくれ」


アルバート王は私が膝を崩すのを止めながら、コツコツと歩み寄る。

その表情は優し気で、なんだか顔を見ているだけでこっちまで楽しくなってきそうだ。

世間の――つまり、カーライル様の。

まるで肉食獣のようなイメージがすると聞いていたが、それとは大分違う感覚だ。

男性と女性とで接し方が違うのかしら。

ロクサーヌはそんな事を考えた。

――そうしている間にも、アルバート王は私の周りをぐるりと一周し、全身を眺めた。


「うむ。良い子供が産めそうな体つきをしている。安産型だな」

「問題発言ですわよ、お父様」


横から姫君の言葉が飛ぶ。

その美貌は凄まじいの一言で、アルバート王には似ていない。

世間に聞くところによれば母親譲りだとか。

性格が半分台無しにしていると聞くが、今の私にはそうは見えない。

ただ金髪の縦ロールが王女っぷりをアピールしていると思うくらいか。


「重要な事だぞ。お前の母親は出産時に死んでしまったからな」

「お母様は……そうですわね、重要な事ですわね」


アルバート王と姫君の、親子の会話が続く。

そこに口をはさむ余地はない。


「そうそう、先に聞いておくことがあった」


アルバート王がぎゅるりと首をこちらに向けて、こう尋ねられた。


「ロクサーヌ、今すぐカーライルと結婚したいか? それとも一時考え直したいか? どっちだ? 今すぐ選べ」


アルバート王の真剣な声。

私はそれに、ただ望み通りの言葉を答えた。











私は地面に突っ伏しながら、声を挙げる。


「どうしてこうなったのか」

「カーライル様の読みが甘いからです」


ウエディングドレス姿で馬車から降りて来たロクサーヌ。

その口から、私の甘さを指摘する声が終ぞとして出た。

こんな事を言われるのは初めてだ。

これも嫁の強さか。


「アルバート王の行動の速さを甘く見るからこうなるんですよ」


ゼスティがしたり顔で呟く。

黙れ糞眼鏡。


「普通は親の選考とか、行儀見習いと言うか――花嫁修業とかで時間がかかるもんじゃないのか?」

「アルバート王は必要ないと判断されたようです。第一騎士団長殿の養女となることに、その日のうちに決まりまして。あとはそのまま――」

 

こんな姿に、と。

ロクサーヌがドレスの裾を、顔を赤らめながらつまみあげる。

ドレスは姫君からのプレゼントらしい。

金持ってんな王家。

そこにロックが後ろから忍び寄る。


「ダンジョンから獲れた鉱石で指輪を造ったんじゃが……似合うかのう?」

「有難く頂きます」


ロクサーヌは拒否することなく、ロックから指輪を受け取った。

何時もなら、自分には勿体ないと断りを入れるところだ。

それがロクサーヌの性格だ。

なんか今日のロクサーヌは私の知っている彼女と違うぞ。


「カーライル様」


地面に突っ伏している私の目の前で、ロクサーヌが仁王立ちする。

そして厳かに――少なくとも私にはそう聞こえるように呟いた。

そうしてロックから受け取った二つのリング。

その片方を私に渡そうとする。


「御観念を」


私の頭の中に、その言葉が響いた。


「……うん」


私は観念した。

ああ、空が青い。

まったく――今日は吉日にふさわしい日和だった。






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ビンボ―村の領地にダンジョンが湧きました 道造 @mitizou

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