第37話 ビンボー貴族と四階層
ダンジョン四階層。
薄暗い洞窟の中で、マーガレットの握る松明の灯だけが辺りを照らす。
「うっわ、アイアンタートルがうようよいる」
アイアンタートル。
文字通り、甲羅が鉄の塊の亀。
その噛みつきの力はすさまじく、人の指や腿肉ぐらいなら簡単に食いちぎってしまう。
「今日は2、3匹狩るだけにしておきましょう。というか持ち帰るのも大変なので、その辺りが限界ですね」
モンゾ辺りは間引きで殺すだけで放置してるみたいですが。
ゼスティが眼鏡の蝶番をなぞりながら喋る。
アイアンタートルの甲羅の鉄はかなり良質と聞くが、やはりまだクリーピングコインの方が効率が良い。
まあ四階層に来るまでに遭遇したので、倒してきたから懐は温かいんだが。
ゼスティが矢をつがえ、弓を振り絞る。
「現在、各パーティーの進行状況って把握してますか? カーライル」
放たれた矢は、アイアンタートルの頭をくし刺しにした。
アイアンタートルの噛みつきの動作は素早いが、その足は酷く鈍重である。
ゼスティに全部任せて遠距離攻撃するのが無難だな。
「モンゾが6階層を探索中、イモータン殿のパーティーが現在5階層、マグワイア殿のパーティーが2,3階層でクリーピングコインと肉を漁っているくらいか」
「なるほど。皆順調なようですね」
ゼスティがうんうん、と頷きながら二本目の矢を放つ。
それは当たらず、急に首をひっこめたアイアンタートルの眼前を通り過ぎる。
ちっ、というゼスティの舌打ち。
2匹目からはさすがに学習されるか。
「しゃーねーな」
マーガレットが食べかけのパンくずを投げ捨てると、それにかぶりつくアイアンタートル。
すかさすマーガレットのロングソードが一閃し、アイアンタートルの首を刎ねた。
「これ首も持って帰るのか」
「頭が美味しいそうですよ。精がつくのも特に頭の部分だそうです」
ゼスティが何故かこちらの肩をポンポン、と叩きながらマーガレットに解説する。
「カーライル、今夜こそロクサーヌを襲いましょう」
「いきなり何言ってんだお前は」
「ギルドも完成しましたし、もういいでしょうよ」
何がいいんだ。
ロクサーヌの事は娘としか思えんと言っとるのに。
それにだ。
「そういえばギルドが完成したら、アルバート王が嫁の世話をしてくれると言ってたな」
「なんと」
ゼスティが驚きの眼で私を見て、続いてニヤリと笑った。
「だがもう遅いですよ。私の計画は発動しています」
「計画?」
「おい、ロック、荷台にアイアンタートル乗っけるの手伝ってくれよ」
マーガレットとロックが、リヤカーに仕留めたアイアンタートルを放り込むのを横目にしながら。
ゼスティが眼鏡を光らせながら呟く。
「目安箱に投書しておきました。経緯の詳細を書き入れた「ロクサーヌとカーライルを結婚させてほしい」投書をアルバート王に届くように」
「何やらかしてんだ。クソ眼鏡」
私は思わずゼスティの首を絞めそうになりながら、まだダンジョンの中である事から思い留まる。
「帰るぞ、二人とも。喧嘩は帰ってからにしろ」
「言っときますけど、考えたのはマーガレットですからね」
「騒動を拡大させるな。ダンジョン内だぞ」
……言いたいことは山ほどあるが、マーガレットの言う通りダンジョン内だ。
今日のクエストが終わり次第、ゼスティとマーガレットを問い詰めよう。
私はそう決意し、とにかくダンジョンから早く帰還することを試みた。
◇
「何故ロクサーヌが酒場に居ない!!」
「お、王都から出迎えの馬車がありまして、すぐに来るようにと……」
執事が家紋入りのハンカチで汗を拭きながら、返事をする。
「さすがアルバート王。行動が早いですね」
「ゼスティ! 貴様なあ……」
もうぐうの字も出ねえ。
完全に嵌められた。
今頃はどこぞの貴族の養女とする話が持ち上がっている頃だろう。
アルバート王の行動は早い。
今更、到底対抗できるものではない。
私はテーブルの上に顎を乗せて突っ伏した。
「カーライル、覚悟を決めなよ。何がそんなに嫌なんだよ」
エールを飲みながらマーガレットが呟く。
「何度も言ってるだろう。ロクサーヌの事は娘としてしか見ていないと!!」
「ロクサーヌの気持ちも考えてやりなよ。あの娘はアンタ以外と結婚なんかできやしないよ」
嫁に出すなんて不可能だよ。
そこらへん理解してるのか。
マーガレットが私には理解したくない事を口にする。
「これが一番いいんだって。まあ何だ、覚悟を決めなよカーライル」
「他人事だと思ってなあ」
「他人事だったらここまで深入りしてないよ」
「そうですよ。それに……」
乙女の純情とオッサンのこだわりならどっちが優先されるべきか?
それを勘案したにすぎない。
ゼスティは冷たく私の懊悩を袖にする。
「とにかく、ロクサーヌが帰ってきたら一度話し合いなよ」
「帰ってきたらもう結婚する以外ないじゃないか!?」
「そうだよ。でも話し合えよ。せめてカーライルが納得できるようにさ」
マーガレットがエールを煽る。
私はテーブルで項垂れながら、執事に私の分のエールも持ってくるように要求した。
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