第36話 ビンボー貴族の冒険者ギルド開業
「ついにここまで来た!」
モロゾフ大司教が建築魔法でブロックを積み重ねるごとに、我が屋敷がギルドに変化していくのを眺める日々であった。
それも今日で終わりだ。
「後は看板を掲げればOKですね」
ひょい、と鉄製の看板「カーライル領冒険者ギルド」と記されたそれを宙に浮かしながら、モロゾフ大司教はやや疲れた顔で、それをギルドの屋根へと溶接しながら接続した。
「これで完了です」
「有難うございます。モロゾフ大司教」
「いえいえ、満足いく仕上がりとなったでしょうか?」
「不満があれば建築中に言ってますよ」
さすがに王都のギルドやダンジョン最奥のギルド本部には劣るが、各地のギルド支部にも引けを取らない立派な建物が出来た。
これからギルドを運営していく上で申し分ないだろう。
「カーライル、わざわざ三階層まで行って肉狩ってきましたよ」
「ご苦労、ゼスティ」
頭を矢で射抜かれ、首筋を斬られて放血の済んだ「肉」を引きずってくるゼスティ達。
早速買取の初業務だ。
「コンコルド君」
『ちゃんと外側の買取受付カウンターまで持ってきてくださいね。ギルド内のカウンターだと折角の新居が血で汚れますから』
コンコルド君がホワイトボードを抱えながら、そっけない回答を返す。
「ゼスティ、旧馬小屋側を回ってくれ」
「あっちに外側の買取カウンターがあるんですね、判りました」
よっこらせ、とゼスティとロックが一度置いた肉を再び担ぎ上げ、カウンターに向かう。
あの肉は酒場のメニューとして注文されることになるだろう。
「全ては順調に回っている……」
「宴会しようぜ、宴会」
マーガレットがすでに酒を入れる気満々なのか、新設の酒場に乗り込む。
そしてロクサーヌを捕まえてエールを一杯頼んでいる。
「設立記念パーティーぐらいはしてもいいかもな」
「そうしろ」
グビグビとエールを飲み干していくマーガレット。
お前パーティーやるって話の前から飲んでんじゃねえよ。
「しっかし、よくここまで来たよな。正直駄目だろと思ってたが」
「無理だと思ってたのか?」
「冒険者ギルドの支援なしだろ、そりゃ無理だと思ってもおかしくないだろ」
厳密にはスズナリ殿からの支援はあったのだがな。
スズナリ殿に紹介されたイモータン殿のパーティーはすでに先日到着し、今日から冒険に励んでいる。
帰り着くのは恐らく夜だろう。
「マグワイアもそう思うだろ」
ギルドが出来上がる様子を興味深げに見ていたコボルトの一団も、少々ためらいがちに頷く。
『正直言ってしまえば、むしろこれからが問題ではないかと』
ホワイトボードに書かれた文字は、今の現状ではなくこれからの事を示唆する。
そうだ。
まだギルドが出来上がっただけとも言えるな。
気を引き締め直していかねばならん。
それはそれとして。
「まあ、今日はとりあえずここまで辿り着いたことを祝おう。宴会の準備だ」
「酒はいいけど肉の準備は?」
「この後買取して調理してからだから夜になるな」
「それまで待てねえよ。パンでもスープでもいいから用意しろよ」
マーガレットは追加のエールを注文しながら、私にグチグチ言う。
私はそれを無視しながら、ロクサーヌが買取った『肉』の調理準備を始めたのを眺めながら、ガーベラ嬢への使いを出すよう執事に命令を飛ばした。
◇
「すっごいモフモフしてますわ」
イモータン殿の娘、マリエル嬢が酔っぱらってコボルトパーティーの一人を捕まえながら呟く。
「どれくらいモフモフしてるんだ」
ガーベラ嬢が興味深げに呟く。
あわよくば自分もそれに混ざる動作――ワキワキと動かす手を見せながら。
止めてやれよ。
「そりゃもうすっごいモフモフしてますわ。冬毛だからかしら」
もう季節は冬だ。
コボルトの毛皮も最高にモフモフしている季節である。
まあそれはどうでもいい。
「モロゾフ大司教はいつ頃帰られるのですか?」
「明日には。8ヵ月も教会を開けてしまいましたからね」
この期間、いろんなことがありましたし。
そうモロゾフ大司教は呟く。
そういえば王都ではいろんな事が起きたらしいが。
何分田舎町であるここには関係ない話だ。
「カーライル殿」
「何ですか」
「とりあえずギルド完成までこぎつけましたが、何分油断されないように。まだあのダンジョンに関しては最深部も判っておらず、謎が多いのですから」
そういえばそうだな。
今、ガーベラ嬢の様子を緩んだ顔で眺めているあのモンゾの調査した階は5階まで。
そこから先は依然として不明だ。
気を緩めたつもりは無いが、正体不明のダンジョンを探索しているのは未だ変わらんのだ。
注意して物事を進めていかねばなるまい。
「御忠告、感謝します。モロゾフ大司教」
「いえいえ、老婆心と言う奴ですよ」
モロゾフ大司教はエールをあおりながら、肉に手を伸ばして、ふとその手を止める。
「――ついでに、もう一つ。ホードの危険性についてですが」
「ホードですか」
ホード。
文字通り、大群、大群衆の意で、普段真面目に間引きを行っているダンジョンでも時折発生するモンスターの大量発生。
それが村に流れ込んできたとしたら。
「何か、対策は打てていますか」
「いいえ、村人を教皇領に逃がすくらいが精一杯ですね」
50人のダークエルフ一党が森で守勢を維持すれば、アルバート王の支援が到着するまでは持つはずだ。
「まあ、滅多に起きる事ではないのですが……」
「それでも、危険性は常に考えておかなければならないと」
冒険者時代、一度だけホードが起きた村の増援に向かったことがある。
……悲惨な物だった。
まるで戦場跡のように、そこら中に死体が転がっていた。
あんな目にこの村を合わせたくはない。
まあ――
「前回のホードって何年前でしたっけ?」
「……知る限り、この10年は起きていませんね」
滅多に起きることではないのも事実だ。
「避難計画だけは立てておきます」
「それがいいでしょうね」
私はエールをぐいと飲み干し、とりあえず懸念を頭から追い払う事にした。
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