第35話 ビンボー貴族とアルバート王②
王の間。
いつも通りアルバート王は玉座に座りながら、私の領地運営日誌の写し書きを受け取る。
そして私に向かって言葉を紡ぐ。
「お前馬くらい買えよ。何未だに乗合馬車使ってるんだよ」
「経費削減ですよ」
「そのフリューテッドアーマーは貸した金で買ったんだろうが。鎧よりは安い。買え」
維持費がかかるんだよなあ。
いや、鎧だって維持費はかかるが。
まあ騎士だし、馬の一つも持っていなければ恰好はつかないだろうが。
そんな事より聞きたいことがある。
「アルバート王、一つお聞きしたいことが」
「何だ」
「教会領の森に、魔女が一人」
「魔女?」
訝し気な顔を浮かべるアルバート王に詳しく内容を説明する。
だが、聞き終えたアルバート王の、その反応はそっけない。
「放っておけ。本人の言うとおりにしろ」
「スズナリ殿の知り合いと言うところが気になりまして」
「では気にするな」
まるで興味なさげに――いや、むしろその話題を避けるようにして。
アルバート王は話を断ち切ろうとする。
こういう場合は。
「では、気にしないでおきます」
「うむ」
言うとおりにするのが処世術というものだ。
おそらく、アルバート王はあのボケ魔女っ娘について何か知っているのだろうが。
触れると怒りそうなので知らないままでよいのだろう。
それに、私に関係がある事なら説明してくれているだろう。
「それよりお前、未だに独身なのか。もう36だろ」
「それを言わないでください」
ロクサーヌを屋敷に迎えた頃から、何かが枯れてしまったように女性への欲がなくなってしまった。
性欲より父性が優先されたというか。
いや、そもそもビンボー貴族なので嫁が来なかったのが最大の原因なのだが。
「もういいですよ。養女みたいな子もいますし、このままその子に婿でも取りますよ」
私は投げやりになりながら、アルバート王に向かって呟く。
「養女? どっかの貴族から引き取ったのか?」
「いいえ? 領民からですが」
「領民からって。あのなあ」
領民から嫁を娶るのならまだしも、領民を養女にして婿を取る貴族の話なんか聞いたことないぞ。
そうアルバート王がブツブツと呟く。
自分だって元冒険者だろうに。
「その養女みたいな子って幾つだ」
「もう16になります」
「いや、じゃあそれを嫁に娶れよ、もう」
アルバート王があきれ顔で呟く。
王まで私を犯罪者にしたいのか。
「ウチの領民たちみたいなこと言わないで下さいよ」
「誰だって事情を聞けば同じこと言うわ。その養女の気持ちとやらはどうなんだ、うん?」
ロクサーヌの気持ちは私に向かっている。
だがそれを言えば終わりだ。
アルバート王は喜んでロクサーヌと私を結婚させるだろう。
「貴族と平民の立場の領分は守っているつもりですよ」
「無理やり話をそらしたな」
アルバート王が興味深げに口元を緩める。
――これは危険なシグナルだ。
話を全力でそらそう。
「どのみち、ダンジョンの運営が回らない内は嫁の来てもありませんよ」
「ギルドが開業するまであと1か月か。うまくいったら嫁の面倒も見てやる」
よし、話はそれた。
嫁は今更もういらんという気になっているが。
「いよいよダンジョンギルド開業となる。少々感慨深いな」
「アルバート王はお金貸してくれただけじゃないですか」
「お前の運営日誌を読んでるんだぞ? 多少は苦難を分かち合った気にもなるという物だ」
そうやって何かニヤニヤとしながら、先ほど渡した運営日誌の写しをひらひらと手で翻す。
「それに何度も言うが、これは国家事業だ。必ず成功させろよ」
「こだわりますね」
「こだわるとも。もう冒険者ギルドは不要となっていい時代が来る」
いや、国家のひも付きで無いギルド(互助会)自体がもはや不要だ。
吟遊ギルドなんぞに独立独歩の独自性を持たせていることなんぞ、危険にしか感じない。
アルバート王がどこか遠くを見据えた顔で呟く。
要するに、アルバート王は冒険者という暴力装置も、吟遊ギルドという情報機関もコントロール下に置きたいのだ。
私はそんな事を考える。
どちらも王に逆らう気等ないだろうにな。
だが、随分と国家の先を見ているのだろう。
私には何が正しいのかわからない。
仮に判ったとしても、アルバート王に何か進言が受け入れられることはないだろう。
だから口を噤んだ。
「さて、要件も済んだし帰ると良い。俺はこれでも忙しい」
「はい」
だから続けてのアルバート王の言葉にも、ただ了承の意を口に出し従った。
「御父様、話終わった? 他国の件で問題が」
「またか」
すれ違いに出くわした、アルバート王の一人娘である姫様。
その美貌に驚きながら。
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